ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

隣室の壁 r+7,420

更新日:

Sponsord Link

あれは数年前、まだ学生上がりのバイト生活をしていた頃だった。

当時住んでいたアパートの隣にいた、ひとりの女のことを思い出すと、いまだに息苦しくなる。

俺の部屋は一階の一番端。隣には、二十代後半くらいの女性が住んでいた。いつも薄いベージュのカーディガンを羽織っていて、うっすら化粧をしていたが、なにかこう、色味が足りなかった。青白い顔。細く長い腕。目だけが妙にぱっちりしていて、じっと見られると、内臓を覗かれているような気がした。

初めて顔を合わせたときから、あの女は俺に気があるようだった。ドアの前で鉢合わせすると、にこっと笑って「こんにちは」なんて、無理に明るい声を出す。ある晩、突然インターホンが鳴って出てみたら、彼女が手作りのクッキーを持って立っていた。なんでも「多く作りすぎたから」とのことだったが、焼き加減がまだらで、ところどころ焦げていた。しかも、妙に湿っていた。

正直、気味が悪かった。でも、あからさまに拒絶するのも面倒だったから、適当に受け流していた。

あの女を最初に見たとき、俺はてっきり療養中の人かと思った。昼間に出かける気配はまるでなく、夜になるとたまに笑い声が漏れてきた。テレビの音じゃなかった。誰かと話してるみたいに……それも、誰もいない部屋で。

ところがある日を境に、朝の七時過ぎ、俺が出勤しようとすると、ぴたりと同じタイミングで彼女も出てくるようになった。濃紺のスーツ、きっちりと結んだ髪。どこかの事務職だろうか。最初は違和感を覚えたが、毎日続くと、そういうものかと思えてくる。

だが、不思議なことに、その生活が始まってからのほうが、彼女のやつれ具合は加速していった。頬がこけ、手足が骨みたいになっていく。ある日、道端で会ったときなど、風に吹かれて倒れるんじゃないかと心配になったほどだった。

けれど、部屋からは今まで以上に笑い声が聞こえてきていた。狂ったような、くぐもった笑い。心配すべきか迷ったが、他人のことに首を突っ込む気はなかった。

そして、ある日、ふと気づくと……その女の姿を見なくなっていた。

一週間ほど過ぎた頃だ。夜遅く帰宅したとき、玄関のあたりが妙に生臭いことに気がついた。腐った雑巾のような、金属が錆びたような匂いが風に乗って漂ってきていた。翌朝、管理人に伝えると、すぐに大家が合鍵を持ってきて、俺も付き添う形で隣の部屋に入った。

目を疑った。

床一面に雑誌の切れ端、段ボール、毛髪、黒ずんだティッシュが散らばっていた。部屋にあったはずの備え付けの家具はひとつ残らず撤去されていて、壁の石膏は剥がれ、床板まで無くなっていた。

目を背けたくなったのは、その部屋の奥の壁だった。壊された壁の向こうに、俺の部屋のクローゼットの裏側がむき出しになっていた。そこに……貼ってあったのだ。大量の、俺の似顔絵らしき落書きと、毛の束。陰毛だった。

糊で丁寧に貼りつけられていた。墨で書かれた「縁」「愛」「結」などの文字が周囲に円を描いていた。まるで、なにかの儀式かまじないのように。

死因は餓死。冷蔵庫にはペットボトルの水と、カビの生えたパンしかなかった。病気でも精神疾患でもなく、ただただ、自ら飢えて死んだのだと説明された。

仕事? あれは全部、見せかけだった。出かけるふりをしていただけだった。彼女は家にあった家財を次々に売り、収入の代わりにしていた。誰も知らないうちに、笑いながら、身を削り、何かを捧げるようにしていた。

あの女の手には、一枚の紙が握られていた。染みだらけで、端が破れていたが、表に「ゆいごん」、裏に「Aさん」とだけ記されていた。Aとは、俺のことだ。

内容はなかった。ただ、白紙だった。……いや、白紙だったからこそ、何かが書かれているような気がしてならなかった。

どうしてあんなに俺に執着していたのか、理由はわからない。顔も中の下、性格も普通、学歴も金もない。なのに、あの女は、命を削ってまで、俺の隣に居続けた。

今でも、夜になると、クローゼットの中を覗けない。たとえ裏が塞がっていても、あの壁の向こうから、紙と髪と、湿った眼差しが這い寄ってくる気がする。

恋って、ここまでいくと、もう病だ。いや、病よりもっと深い……底のない穴みたいな、何かだ。

もう一度、言っておくけど、これは聞いた話じゃない。俺が体験したことなんだ。

信じるかどうかは、任せる。

[出典:271:本当にあった怖い名無し:2006/07/04(火)18:12:10ID:O6J0udrC0]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間
-,

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.