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人格が変ってしまった退職者の話 r+2844

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私の職場に、突然人格が変わってしまった者がいる。

私たちの会社では、年次有給休暇に加えて、一週間の特別休暇がある。ただし、一週間連続で取得しなければならないため、役職が上がると周囲の目を気にして取得する者はほとんどいない。

彼はその特別休暇に有給休暇をつなげ、二週間の海外放浪に出ると言っていた。以前イタリアを一人で旅したことをきっかけに旅行に魅了されたらしく、今回もヨーロッパを巡る予定だと言っていた。

今回もヨーロッパを巡る予定だと言っていたが、二週間を過ぎても会社に連絡がなく欠勤が続いていた。彼が出勤予定だった日の午後、心配になった係長が彼の一人暮らしの自宅に電話をかけたが、誰も出なかった。翌日も連絡が取れず、不安が募っていった。

「まだ帰国していないのか、それとも何かあったのか」と、皆が不安を募らせていたが、係長が彼の実家に電話をかけると、母親が出て「おとといに帰国の連絡があった」とのことだった。連絡は国内からで、彼の自宅からだという。

「なんだ、問題ないじゃないか」と皆が一息ついたが、本人からの連絡は依然としてなく、このままでは上層部から何か指摘が入るのも時間の問題だった。特に業務を彼の代わりにしている同僚の不満がそろそろ爆発しそうな状況だった。

翌日も彼は出勤せず、係長の表情には焦りが浮かんでいた。しかしその日の夕方、すでに日が暮れた頃、彼はふらりと出社してきた。手ぶらで。(いや、お土産を期待していたわけではないが)

「いやー、体調を崩してまして」と言った。その様子は普段の彼と明らかに違った。普段ならこのような状況では、こちらが気の毒になるほど謝罪して頭を下げる性格の彼だったが、その日は妙に落ち着いており、どこか自信に満ちた雰囲気すら漂っていた。彼のオーラが違って見えた。一回り大きくなったような印象だった。

係長も私たちも、文句の一つや二つは言おうと頭の中でシミュレーションしていたはずだが、なぜかそれが全く出てこない。それは彼の雰囲気があまりにも変わっていたこと、そして何より彼の顔色が悪すぎたことが原因だった。顔色は真っ白で、まるで紙のようだった。「もう、大丈夫か?早く帰れよ」と言いたくなるほどに。

「それで、誠に急な話で恐縮ですが、本日をもって退職させていただきます。すいません」

そう言うと、彼は懐から「辞表」と書かれた封筒を取り出した。私は生まれて初めて、本当に「辞表」と書かれた封筒を目にした。それはまるでドラマの一場面のように感じられた。

係長は慌てて「いやいや、もっと話し合おう」と言ったが、彼はそれを聞き流すように、小気味良いステップで軍人のように回れ右をし、そのまま出て行こうとした。

彼が私の横を通り過ぎる際、私は肩に手を置いて「おいおい、大丈夫かよ」と声をかけた。彼は「大丈夫、大丈夫、生きてて一番大丈夫」と冗談めかして言った。彼は私より三歳年下で、会社でも後輩だったため、普段は敬語で話していた。

その瞬間、彼の息が鼻を突いた。生臭い匂いが異様に強く、私はたじろいだ。彼は不気味な笑みを浮かべていた。それは今まで見たことのない表情だった。

そして彼は大股で出て行き、それっきり会社には来なくなった。

三日後、驚いたことに彼の私物を業者が引き取りに来た。なんでも屋のような業者で、彼の印鑑が押された依頼書を提示して、彼のロッカーとデスク周りを整理していった。何の連絡もないまま業者が訪れたため、職場の誰もが困惑した。

その業者はツナギを着た二人組で、二人とも顔色が異常に真っ白だったのを見て、私は何とも言えない不安感に襲われた。まるで彼と同じ異変を共有しているかのような、得体の知れない連帯感を感じたのだ。

それ以来、私が彼と関わることはなかった。しかし、彼と同期で入社し、仲が良かった二人の同僚が、休みの日の昼間に彼の部屋を訪ねたという。

電話で「別に来てもいいよ」と言われたのに、実際に訪れてみるとドアには鍵が掛かっており、いくら呼びかけても誰も出てこなかったそうだ。彼の部屋は一階で、そのアパートの敷地に面した掃き出し窓を開ければそのまま外に出られる作りだったが、その窓にはシャッターが降りていた。

携帯から彼の家の電話に連絡すると、部屋の中で着信音が鳴っているのがかすかに聞こえた。しかし誰も出ず、留守番電話に切り替わってしまった。「おーい、起きてるかあ」と大声で呼びかけても、全く反応がなかった。

そのため二人は近所でお茶をし、夜に再度訪れてみると、窓に灯りが点いていた。しかし、ドアチャイムを鳴らしても電話をかけても依然として反応はない。しかし、明らかに部屋の中には人の気配があり、それも一人ではなく複数の人がいるような感じだったという。

二人は恐怖を感じ、そのまま帰ってしまったが、深夜にそのうちの一人の携帯に彼からメールが届いた。

「また海外に行きます。帰ったら会おう」

そのメールは短く、どこかぎこちない印象だった。まるで彼自身の言葉ではないように感じられた、とその同期の同僚は語った。

それ以来、誰も彼と連絡を取っていない。私は何度か係長に「彼の実家にもう一度電話して様子を探ってみましょう」と提案するが、係長は全く乗り気ではない。むしろその話題になると、係長は目を逸らし、微かに震えているようにも見えた。

「なんか、触れてはいけない気がするんだよ」と係長はつぶやいた。

あれから時間が経ったが、彼のことを口にする者はいなくなった。彼の名札は会社のどこにも見当たらない。ただ、ふと夜中に会社に残っていると、廊下の奥からあの日の「魚市場のような」臭いが漂ってくることがある。誰もいないはずなのに、その匂いだけが確かに存在している。

私はそのたびに、もう一度だけ彼に会って話をしたいという気持ちと、絶対に会ってはいけないという直感の間で揺れている。

(了)

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