あれが夢だったのか、それとも現実だったのか。
いまだによく分からない。
ただひとつ確かなのは、あの店はもう、地図のどこにも載っていない。
☆
私の故郷には、不思議な玩具屋があった。
「☆屋」と呼ばれていた。いや、正確には「☆」としか書かれていなかった。
星型の、金色に塗られた錆びたブリキ看板がぽつんと掲げられているだけ。
読み方すら誰にも分からなかった。
私は勝手に「ホシヤ」と呼んでいた。
店主に訊いたことがある。
「このお店、“ホシヤ”で合ってるんですか?」
店主は首をひねり、「どうなんだろうねえ。前にあった古い店の名残らしくてさ、看板はそのまま使ってるんだ」と笑った。
「でも、オレも“ホシヤ”って読んでるから、それでいいんじゃない?」と付け足した。
そんな曖昧な答えが、なぜかすごくしっくりきた。
☆
☆屋は一見して普通の店には見えなかった。
ガラス窓にぎっしり貼られたポスターやら、何年も前に発売されたゲームの販促ステッカーやらで、外から中はほとんど見えなかった。
入り口の戸も古びていて、開けるたびに重たい音がする。
にもかかわらず、子どもたちはよくそこに通っていた。
理由はシンプルだった。壊れた玩具を持っていくと、店主が奥から「まったく同じ」新品の玩具を持ってきて、格安で交換してくれるのだ。
しかも、どんな玩具でもいい。
古いプラモデルでも、ゲームボーイのソフトでも、ベイブレードでも、ミニ四駆でも、何でも。
なければ取り寄せてまで対応してくれる。
ほとんどタダみたいな金額で。
私はその店の雰囲気が好きだった。
だから高校二年のとき、放課後にバイトを始めた。
最初は、ただの興味本位だった。
どう考えてもビジネスとして成立しないのに、なぜこんなことができるのか。それを知りたかった。
給料はなぜか破格だった。
週三回、夕方から閉店までのたった数時間の勤務で、同級生の誰よりも稼げた。
子どもたちに喜ばれて、店主は優しくて、仕事もラク。
完璧だった。
……少なくとも、最初の半年間は。
☆
冬のはじめ、夕方五時の空がすっかり暗くなる頃だった。
その日は妙に客が少なくて、私はカウンターでぼんやりしていた。
レジの奥の棚に、壊れた玩具が並べられているのが見えた。
どれもひどく使い込まれていて、ボロボロになっていた。
汚れた人形。バラバラになったラジコンカー。
半分だけのルービックキューブ。
見ているだけで、妙な気分になった。
そこで私は、思い切って店主に尋ねてみた。
「このお店って、修理じゃなくて交換ですよね。あの……利益って、どうやって出してるんですか?」
店主は私の顔をじっと見た。
しばらく黙っていた。
長い沈黙のあと、やっと言葉を吐いた。
「玩具にはね、子どもの純粋な感情が宿るんだよ」
「とくに、お気に入りだったものほど、強く……愛情や、寂しさが、染み込んでる」
「その力には、利用価値があるんだ」
私は笑ってごまかした。
オカルトやスピリチュアルにはまったく興味がなかった。
だが、店主の顔には冗談のかけらもなかった。
それどころか、どこか怖がっているようにも見えた。
「……売るんだよ。壊れた玩具を、ある団体に」
「燃やしたりして使ってるらしい。呪詛とか……詳しいことは、知らない」
「でも、値がつく。高く買い取ってくれる」
「そういうものなんだ。君も長くここにいると……分かってしまうからね」
その夜、私はほとんど眠れなかった。
頭の中で、ボロボロの人形が焼かれる様子が何度もよぎった。
☆
次の日、私は店に行かなかった。
電話で辞めることを伝えた。
店主は特に引き止めることもなく、「そうか」とだけ言った。
あれから十年以上が経った。
私は都会で事務職をしている。
同窓会で地元に帰ったとき、懐かしさから☆屋を探してみた。
けれど、あの場所には何もなかった。
空き地になっていて、看板も、建物の痕跡すらなかった。
近くの人に訊いても、「そんな店、昔から無かったと思うけど」と言われた。
……本当に、あれは現実だったのか?
いまでもふとしたときに、思い出す。
あの夜、レジの奥に並んでいた壊れた玩具たち。
あれらはもう、どこにもないのか。
それとも……いまもどこかで、何かに使われているのか。
私の部屋の押し入れには、小学生のころ壊れてしまった小さなフィギュアが一体、今も残っている。
それだけは、なぜか捨てる気になれないでいる。
[出典:456:☆屋:19/12/02(月)00:11:44ID:0xi×]