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神の子と呼ばれた島の兄 r+8,457

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私が生まれ育ったのは、地図にやっと載るくらいの小さな島だ。

海は澄んでいるが、底の暗がりはいつも濁って見える。
幼い頃、島の人々が「神の子」と呼ぶ中学生がいた。私の家のすぐ近くに住む、背の高い、日に焼けた兄さんだ。特別な光が差しているわけでもなく、笑えば歯が白く光る程度の、普通の漁師の息子。
それでも道端で出くわした大人たちは、必ず彼に向かって掌を合わせ、一礼してから去っていった。その光景が異様だと気づくには、まだ私は幼すぎた。

小学一年のある日、友達と三人で兄さんと遊んでいる時、同級生のひとりが口を開いた。
「タケ兄ちゃんは、なんで拝まれとるん?」
兄さんは一瞬だけ眉を寄せ、笑いに似た顔で答えた。
「ぼうのこと、神さまか何かと勘違いしとる人がおるんや。変な人らや」
それ以上の説明はなかったし、私たちもそれ以上は聞かなかった。

しかし帰宅してからもその言葉が頭にこびりつき、夕飯のとき、両親に聞いた。
父も母も「知らん」とだけ言い、箸を動かす手を止めなかった。
けれど祖父は違った。湯呑を置き、口元を緩めて教えてくれた。

数年前のことだという。兄さんは父親の漁に同行し、早朝の海に出た。だが島を離れて間もなく、巨大な波が船を叩き、木っ端みじんに砕いた。漁師十名ほどが海へ投げ出され、必死に泳ぎ、流され、やがて十キロ先の無人島に打ち上げられた。奇跡的に全員が生きていた。島には湧き水も果実もあり、一週間後、砕石を運ぶ大型船が通りかかって彼らを救出した。
ただ一人、兄さんの父だけが息子の姿を見ていなかった。溺れた漁師の中には「脚にヒレが生えた子どもを見た」と言う者もいた。別の者は「観音様を見た」、さらに別の者は「人魚に抱えられた」と言った。みな半分夢の中のような声で語ったらしい。

父はそんな話に耳を貸さず、帰還後も顔色は青く、何かを呟き続けていた。だが帰宅すると、そこには失ったはずの息子が、いつも通り食卓についていた。
兄さんは、救助された漁師たちより三日も早く、百キロも離れた本土のリゾート地で発見されたのだ。釣りをしていた中年男性が、海から歩いて上がってくる彼を見つけ、警察に届けた。身元確認の連絡を受けたはずの母は「そんな電話は受けていない」と言い張った。
そして兄さんは、助かった理由をこう話した。
「海の底が歩けるようになっとって、歩いてたら陸に着いた。足が重くて寒くて、陸に上がったら動けんようになった」

さらに、時折別人のような口調で話すようになった。私は一度だけ、それを思わせる場面を見たことがある。子供会の祭りの帰り道、兄さんがビーチから三百メートル先の孤島の神社まで、息継ぎもせずに歩くように海中を進んでいったのだ。その神社は漁師たちが水難避けを祈る場所だった。

やがて兄さんは高校生になる頃、島を出た。出ていったとたん、島の人々は彼の話をしなくなった。まるで最初から存在しなかったかのように。唯一、港近くのタバコ屋の老婆だけが覚えていて、時折私に話してくれた。

一年も経たないうちに、兄さんの母は言葉が不明瞭になり、父は漁で碇に左腕を絡め取られ、肘から先を失った。老婆は言った。
「あの夫婦は、息子を神の子に仕立てて、島から貢ぎ物を集めとった。祈祷をしたのに事故に遭った漁師たちに責められたんや」

そして兄さんが島を出る直前、島民の夢枕に立ったという。「私のことは語らないでください。さもないと皆に不幸が訪れます」と。夢を見た者は何人もいたが、老婆は見ていないと言った。夫婦の不幸の後、その話題は誰も口にしなくなった。

今でも老婆は生きているかもしれない。だが私は、確かめに行く気はない。
海は相変わらず澄んでいるが、その底に足を踏み入れたら、もう戻ってこられない気がするのだ。

[出典:495 :2016/05/22(日) 20:46:37.96 ID:whQIhQFV0.net]

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