1992年(平成4年)頃、奥多摩日原の雲取山に登ろうとしたときの話だ。
夜の登山で山頂から朝日を見るつもりだった。雨が降っていたが、この山では珍しいことではない。雲を抜ければ晴れることもある。そう信じて、夕方の東日原バス停から登り始めた。
集落を抜けると、光は完全に消える。街灯も星もない。ライトを消せば、自分の輪郭すら分からない闇だ。闇が空間ではなく、重さを持った塊として身体にまとわりついてくる感覚がある。
ライトで足元を照らしながら林道を進んでいた時だった。何気なく自分の手首を確認しようとして、光を向けた。
そこに、手首がなかった。
長袖の先は宙に浮いて見え、続くはずの部分が闇に溶けている。慌てて角度を変えて照らし直す。それでも、ない。恐怖というより、理解が追いつかず、その場に尻餅をついた。
立ち上がろうとして、さらに気付いた。足首も、消えていた。
ズボンの裾から下が闇に吸われている。触覚はある。冷たい雨も、地面の感触も確かにあるのに、視界の中では身体の一部が存在しない。
動けば、このままどこかに落ちていく気がした。歩くことを諦め、その場で腰を下ろした。傘をザックに差し、夜が明けるのを待った。
寒さでほとんど眠れなかった。
朝になり、霧が薄れてくると、手首も足首も元通りになっていた。傷も違和感もない。何事もなかったかのように、身体は完成していた。
あの夜のことは、幻覚だったのだろう。そう自分に言い聞かせて下山した。

それから何年か後、雲取山の話題が出た時、同級生から別の話を聞いた。
二十年ほど前、中学生が三人で夜の雲取山に登ったという。山頂で朝日を見るつもりだったらしい。途中、恐怖に耐えきれず、山中の古い作業小屋に逃げ込んだ。
小屋の中で、一人が急におかしなことを言い始めた。「ここ、誰かいる」「身体が変だ」と。次の瞬間、彼は鉈を振り回した。もう一人が突き飛ばし、残る一人は裸足のまま闇へ逃げた。
夜明け後、警察と共に小屋を確認したが、そこには誰もいなかった。寝袋も靴も荷物も残っているのに、人だけが消えていた。
唯一戻ってきた少年は、こう証言したそうだ。
「二人とも、途中から手と足の位置がおかしかった。暗いのに、そこだけ欠けて見えた」
山では、人が消えるのではない。人を人として成り立たせている境目が、先に消えることがあるらしい。
(了)
