1992年(平成4年)頃、奥多摩日原の雲取山に登ろうとしたときの話だ。
夜の登山で山頂から朝日を見ようと計画していた。
俺は山登りには慣れていたから、夜間でも特に気にせず登ることが多かった。夕方、東日原のバス停に到着したときには、しとしとと雨が降っていた。それでも山の天候は変わりやすく、上に行けば雲を抜けて晴れていることがよくある。だから、そのまま登山を開始した。
日原の集落を過ぎると、街灯は一本もなくなる。昔も今も変わらない。そして雨が降っている時は雲が空を覆い尽くすせいで星明りさえ頼りにできない。ライトがなければ、周囲どころか自分すら全く見えない。いや、それ以上だ。視界を奪われた空間にいると、闇が質量を持ったかのように自分を包み込んでくる感覚に陥る。
ライトで足元を照らしているにもかかわらず、光の向きによっては、手や足が自分の体から消えたように感じることすらある。そんな状況は慣れていると言っても、やはり怖い。普段は晴れていると東京の光が微かに届いて輪郭がぼんやり見えることもあるが、こういう真っ黒な「闇」の中では何一つ頼るものがない。
とにかく慎重にライトで自分の手足を確認しながら林道を進んでいた。その時だった。
「あれ?」
自分の手首を照らしたライトの光の先に、何もないように見えた。驚いて長袖の先をもう一度照らし直す。やっぱり無い。
「ええっ!?」
恐怖というより、目の前の現実が理解できなくて、その場に尻餅をついた。雨カッパのズボン越しに冷たい雨水が染みてきて、かろうじて我に返った。しかし、今度は立ち上がろうとした時に異変に気付いた。
「……?」
ライトで足元を照らすと、足首が消えている。
「!?!?!?」
全身にぞっとする感覚が走ったが、どうすることもできず、その場に腰を下ろして一夜を明かすことにした。折りたたみ傘をザックに差していたおかげで、雨はある程度しのげたが、寒さでほとんど眠れなかった。
やっと朝になり、周囲が明るくなると、信じられない光景が目の前に広がった。手首も足首も、何事もなかったかのように元通りになっていた。
「あれは一体なんだったんだろう?」
140 :本当にあった怖い名無し:2007/09/17(月) 01:37:34 ID:37y6TRpk0
雲取山の話を聞いて、昔同級生から聞いた恐ろしい話を思い出した……
これは、東京都奥多摩に近い雲取山で起きた話だ。語り手がまだ学生だった頃、友人の間で密かに囁かれていた出来事だという。
二十年ほど前のこと。中学生三人が、親に内緒で計画を立てた。雲取山の山頂で朝日を見るため、夜の山を登ろうという無謀な挑戦だった。準備といえば懐中電灯程度。それでも少年たちは胸を弾ませ、夕暮れ時に山道を歩き出した。
しかし、夜の山は彼らが思っていた以上に過酷だった。木々の影が迫り、星明かりすら頼りにならないほどの深い闇。足元もろくに見えず、聞き慣れない動物の鳴き声がどこからともなく響く。少年たちの笑い声は次第に消え、代わりに互いの息遣いだけが聞こえるようになった。
やがて、恐怖に耐えかねた三人は途中で見つけた農作業小屋のような建物に身を潜めることにした。薄汚れた木の扉を開けると、狭い室内には古びた農具や藁屑が散らばっていた。安全な場所とは言いがたかったが、あの闇に戻るよりはましだと思えた。
ところが、そこで状況がさらに悪化した。
小屋に入ってからしばらくして、一人の少年が奇妙な行動を取り始めた。最初はぶつぶつと独り言をつぶやく程度だったが、次第に声を荒げ、壁を叩くようになった。「ここ、何かおかしい…誰かいる…」そう呟いた次の瞬間、彼は荷物に忍ばせていた鉈を掴み、突然振り上げた。「やめろ!」という叫び声が響く。もう一人の少年に襲いかかろうとする様子に、残った一人は咄嗟に襲撃者を突き飛ばし、小屋を飛び出した。
荷物も靴も捨てて、暗闇の中を無我夢中で駆け下りる。木の根に足を取られながらも、ただ逃げることだけを考えていた。どうにか人里へたどり着いたときには、もう夜が明け始めていた。
通報を受けた地元の住民や警察とともに、少年が駆け込んだ農作業小屋に向かった。しかし、そこには奇妙な光景が広がっていた。鉈を振り回した仲間も、襲われたはずのもう一人も、誰もいなかった。寝袋や荷物、靴までもがその場に残されたまま、二人の姿だけが消えていたのだ。血痕ひとつ、荒れた形跡もない。
徹底的な捜索が行われたものの、二人の行方は今も知れないという。滑落した形跡も、動物に襲われた痕跡も見つからなかった。最後にその場所にいたという少年の証言だけが、今も地元で語り継がれる。
恐怖と共に闇を駆け下りた彼の中に、あの夜の記憶は深い闇のように残り続けているそうだ。
(了)