北海道の昭和炭鉱での話。
かつて炭鉱で栄え、多くの人が住んでいたその町も、俺たちが訪れた時には完全に廃墟と化していた。夏休みの悪ふざけが発端だ。言い出しっぺは定岡で、俺は乗り気じゃなかったが、強情な田村が「行く」と言い張ったせいで、俺たち三人は昭和炭鉱の廃墟で一泊キャンプをすることになった。
自転車での移動は、片道二十三時間以上かかる長旅だ。俺がこの場所に気乗りしなかったのには理由がある。親父に連れられて一度来たことがあったのだ。別にお化け話を聞いたわけじゃない。ただ、その時の嫌な胸騒ぎと、金縛りにあった記憶がどうにも引っかかっていた。
ともかく、夏休みのちょっとした冒険――そのつもりだった。現地に到着したのは昼の二時頃。そこには団地や平屋の共同住宅が点々と並び、窓ガラスが割れている家もあれば、まだ住めそうなものも多く残っていた。俺たちは石を投げて遊んだり、家の中を探検してはしゃいだ。廃墟になって数十年経つはずなのに、カレンダーや古いポスターが貼られていて、妙に生活感が残っていた。
町外れで見つけたのは、何とも奇妙な建造物だ。小さな祠のようにも見えるが、鳥居らしきものの形が歪で、どこか異様な雰囲気を漂わせていた。定岡が面白がって扉を開けると、内部は紙垂らしきもので装飾されていたが、それはくすんだ赤黒い色をしていた。さらに奥の紙には、見慣れない文字――今思えばたぶんハングル――が書かれていた。
その瞬間、三人とも何とも言えない寒気を感じた。定岡が慌てて扉を閉めようとしたが、朽ちていた左の扉が崩れ落ちた。定岡は焦って元に戻したふりをし、その場を離れたが、俺たち全員が後ろを振り返れないほど気味が悪かった。
夕方になり、最初は楽しかった探検もだんだんと恐怖に変わっていく。風と虫の声だけが響く静寂の中、俺たちはある住宅の比較的きれいな和室を見つけ、テントではなくそこに泊まることにした。
暗闇が深まると、無条件に恐怖が湧いてくる。トランプで時間をつぶしていたが、定岡が「トイレに行きたい」と言い出した。嫌な予感がしつつも、定岡は一人でトイレへ向かった。そして数分後、玄関の方から悲鳴が響き渡った。
「ぐぅわぁぁぁっ!」
定岡が顔面蒼白、ズボンを半分下げたまま戻ってきた。聞けば、トイレの小窓から男がじっと睨んでいたらしい。しかも、ここは二階だ。田村が「馬鹿野郎、ここは二階だぞ!」と叫んだ時の定岡の顔は今でも忘れられない。
「帰ろう」。俺はそう言ったが、帰るにも夜の山道は恐怖でしかなかった。その時だ。ドンドン、ドンドンと玄関を叩く音が聞こえた。俺たちは息を潜め、ただ手を握り合った。ドアの隙間から見える玄関に、人間らしき影はないが、音は確かにそこから聞こえる。
定岡は震えが止まらず、ついには痙攣のように「ヒッ、ヒッ、ヒャッ」と奇妙な声を漏らし始めた。俺と田村は混乱しつつも、定岡を抱えてここを出る決意をした。
だが、いざ玄関の引き戸を開けると、そこには恐ろしい形相の男が仁王立ちしていた。俺たちは後ろへ吹っ飛び、土下座しながら「すみません、すみません」と繰り返した。男が消えた後、定岡を抱えて階段を降り、自転車に飛び乗った。
外へ出てからも、左手の祠の方からざっざっと人の足音のような音が追いかけてくる。定岡は突如「カエサン」と呟き、異様な形相になったが、田村がビンタを一発食らわせ、俺が背中を叩くと、定岡は元に戻った。
俺たちはとにかく自転車を漕ぎ続けた。田村が「南無妙法蓮華経」を叫び始め、俺も合わせて叫んだ。途中、校歌に切り替えながら、振り返ることなく走り続け、やっと外灯のある場所に辿り着いた時は涙が出るほど安堵した。
その後、駐車場のような場所にテントを張り、俺たちは疲れ果てて眠り込んだ。朝、目が覚めた時には、昨夜の出来事がまるで夢のように思えた。
あれから時が過ぎ、俺は北海道を出て今は神奈川にいる。定岡と田村とは会っていない。あれが何だったのか、真相はわからないが、間違いなくあれは実話だ。
(了)
[592 本当にあった怖い名無し 2013/07/31(水) 00:01:14.81 ID:AjY77547P]