もう14、5年も前のことだ。
当時、僕の家の裏には小さな山があって、2階の自室の窓からその裏山が見えていた。
裏山には小道が一本あり、僕の部屋のすぐ脇を通っていた。
学生だった僕は、深夜になるとラジオを小さな音で流しながら机に向かうことが多かった。
ある夜、ふと気づいた。ラジオの音とは別に、何か微かな音がどこからか聞こえてくる。それは耳を傾けなければ気づかないほど小さな音だったが、確かにそこにあった。
気になってラジオの音量をさらに絞り、耳を澄ませた。すると、裏山の小道を歩いて下りてくる足音と、子どもたちが話しているような声が聞こえてきたのだ。
深夜に子どもが山を下りてくるなんて現実的じゃない。そう思いながらも音を追った。小道を踏みしめるジャリジャリという砂利の音や、転がる小石が擦れる音。それに混じって、2人ほどの子どもが何かを話しているような声。
しかし奇妙だった。その足音や話し声は、一向に小道を下り切る気配がない。部屋の横を通るはずなのに、どれだけ耳を澄ましても音は近づかないままだった。声の内容を聞き取ろうとしても、それも叶わない。ただ、何か話しているという気配だけが続いている。
僕は怖くて身体が固まった。ただその場で、じっと音を聞き続けるしかなかった。しばらくそうしているうちに、音は次第に遠ざかり、やがて完全に消えてしまった。
翌日、父親にこの話をしてみた。
父は少し思案した後、裏山について語り始めた。昔、この山には流行病、例えば結核にかかった人々を隔離するための小屋があったという。その中には子どももいたそうだ。そして、小屋で亡くなった人たちの中には、家族に会えないまま息を引き取った者も少なくなかった。
「家が恋しくて、山を下りようとしているのかもしれないな」と、父は静かにそう言った。
奇妙な足音と声の正体は、今も分からないままだ。だが、それを聞いたあの夜の記憶は、僕の中で今も鮮やかに残り続けている。