これは、学生時代の知人から聞いた話だ。
5年ほど前の夏、彼は学校が休みの日、母親と二人でひまわりが美しく咲き誇る観光スポットに行くことになった。目的地は少し遠く、数時間かかる道のりだったが、彼にとっては退屈するようなドライブではなかった。母と二人で話しながら、気ままに車を進めていたところ、道中で「縁結び」にご利益があるという神社があると看板が目に入った。
「カップルがたくさん来ているってさ」と母が言い、急に寄り道することに決まった。少し照れながらも、好奇心が勝ってその神社に向かった。
神社は海沿いの断崖にあり、観光名所らしく駐車場に車を停めてからしばらく歩くと、カップルたちが賑やかに写真を撮っている姿が目に入った。いくつもの南京錠が飾られていて、恋人たちが互いの名前を刻んで錠をかける場所があり、それを見た母も少し嬉しそうに笑っていた。彼は「縁結びかぁ」と少し場違いな気分になりながらも、その景色を楽しんでいた。
そして、神社の境内に続く階段を下ると、そこには狭い足場が海を見下ろすように設けられていた。足場から見えるくぼんだ岩に向かって小銭を投げ入れると願いが叶うと言われており、カップルたちは楽しそうに硬貨を投げ入れては歓声を上げていた。
母と二人で並んで立ちながら、10円玉を岩に投げてみたが、波にさらわれたのか、入ったのかどうかも分からず「入ったのかな?」と笑い合っていた。その時、ふと母が「あれ...何か変なのがあるね」と、低い声で彼に囁いた。
振り返ってみると、彼の目にもそれはすぐにわかった。階段の途中、足場と境内の間に小さな空間があり、荒削りの石台がぽつんと置かれていた。そして、その上に立つものがあった。薄汚れた和服を着た日本人形。髪はボサボサで、顔には土埃が付いている。人形の表情は暗く、目は遠くを見つめているようでありながら、何も見ていないかのようだった。
その日本人形は、観光スポットの明るく賑やかな雰囲気とはまるで異なる冷たさを放っていた。しかし、周囲にいたカップルたちや観光客は気にする様子もなく、皆楽しそうに写真を撮り、笑い声を響かせている。
「なんであんなところに...誰か置いたのかね」
妙に興味を引かれ、彼はポケットからスマホを取り出してその異様な日本人形を撮影しようとした。だが、その時だ。母が軽く叱るように「やめなさい、そんなもの撮るもんじゃないよ」と、階段を上りながら彼を制した。
「何だよ、せっかく珍しいもの見つけたのに」と内心不満を感じながらも、母の言葉に従ってスマホをしまった。しかし不思議なことに、よく考えれば自分でも不自然なことだと気が付いた。普段はオカルト好きとは言え、なぜあの瞬間だけ無防備に「撮りたい」と強く思ったのだろうか。自分から進んでそんなリスクを犯す性格ではなかったはずなのに。
母が声をかけてくれなければ、おそらくその日本人形の写真を撮っていたかもしれない。そう考えた途端、冷や汗が背筋を伝った。無理にでも撮ろうとしていた自分が、急に気味悪く思えた。
帰りの車の中、母は何もなかったようにドライブを楽しんでいたが、彼はあの人形が気になって仕方がなかった。あれはただの飾り物なのか、それとも誰かの置き忘れか。いや、どう見てもただの偶然にしては不気味すぎる。それに、あの場所に置かれていた理由が分からなかった。
「...あれは、今まで誰も気にしていなかったけど、気にしちゃいけないものだったのかもしれない」
そう独り言のように呟いた時、母がちらりとこちらを見て一言だけこう言った。
「気にしたらついてくるんだよ」
それから家に帰り、何事もなく日々が過ぎていったが、彼の心にはあの時の違和感がずっと消えなかった。そして数週間後、何気なくSNSを見ていた彼は、一枚の写真を目にした。そこには、あの時の日本人形が写っていた。写真には「縁結びの神社にこんな人形がありました、怖すぎる」というコメントと共に、見る者の目を引く人形がどこか無理やり笑顔を浮かべているように写っていた。
胸騒ぎがした彼は、撮影者のアカウントを何気なくチェックしてみた。だが、そこには不穏な内容が並んでいた。「体調が悪い」「変な夢を見た」など、連日不調を訴える投稿が続いていた。そして、ある日を境にぱったりと投稿が途絶えていた。
彼は息を詰めたまま、しばらくスマホの画面を見つめていた。あの人形を写真に収めた者には何かが起こるのかもしれない。もし母が止めてくれていなければ、自分も今ごろ何かを抱えていたのかもしれない。しばらくして、スマホを置き、深く息をつきながら、あの日の母の言葉が耳の奥で響くような気がした。
「あんなもの、撮るもんじゃないよ」
そして、それ以来彼は、何があっても奇妙なものに手を出さないと決めたという。
[出典:959 :本当にあった怖い名無し:2021/07/26(月) 09:33:45.07 ID:RjoJUKr10.net]