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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

呼ばれていない飲み会 nrw+231-0108

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今でも、あの夜の匂いを思い出す。

焼き鳥の脂が焦げる匂い。甘いタレの粘つき。人の体温を吸い込み続けた畳の湿り気。それらが混ざり合い、鼻の奥に沈殿して、何年経っても剥がれない。

大学の仲間で久しぶりに集まろうという話が出たのは、年が明けてすぐだった。社会人二年目。仕事の流れにも慣れ、緊張が少しずつ摩耗し始めていた時期だ。集まったのは私、B、C、そしてA。四人で顔を合わせるのは、本当に久しぶりだった。

駅前の小さな居酒屋。赤提灯は色褪せ、裂け目が風に揺れていた。扉を開けると、古いエアコンの唸りと煮込みの匂いが一気に流れ込んでくる。外の冷気と混ざり合い、温度の境目が分からない空気が肌にまとわりついた。

「久しぶり」
「仕事どう?」
「相変わらず忙しいよ」

他愛のない会話が、畳に吸い込まれていく。その中で、Aだけが少し浮いて見えた。

乾杯のとき、グラスが触れ合った瞬間、彼女の指先が異様に冷たいことに気づいた。氷に触れていたわけでもない。陶器や金属に触れたときのような、体温を拒む冷たさだった。Aは笑っていたが、その笑顔はどこか遅れていて、表情を思い出しながら動かしているようにも見えた。

「A、元気だった?」
声をかけると、彼女は一拍遅れてこちらを見て、「……うん」と答えた。その声は、すぐ隣にいるはずなのに、遠い部屋の壁越しに聞こえてくるようだった。胸の奥に、理由の分からないざわつきが生まれた。

それでも酒が進むにつれ、Aは少しずつ話すようになった。大学時代の馬鹿話、仕事の愚痴、将来の予定。ふとした拍子に笑う。その笑顔に頬の色が戻るのを見て、私は勝手に安心した。最初に感じた違和感を、酔いと久しぶりの再会のせいだと片づけ始めていた。

テーブルの上には、現実を証明するものが揃っていた。グラスの縁に残る口紅、手羽先をつまむ指の脂、橙色の照明に照らされた皿の影。すべてが確かにそこにあった。Aも、当然のようにそこにいた。

終電が近づき、会計を済ませて店を出る。夜風が酔いを切り裂くように頬を刺した。湿った空気の向こうで、信号機の灯りが滲んでいる。

「また集まろう」
「次は誰の家にする?」

そんなやりとりの途中で、Aが急に足を止めた。

「あれ……?」

街灯の下で、彼女の顔が不自然なほど青白く見えた。

「どうしたの」
そう聞くと、Aは首を小さく傾げて言った。

「……私、この飲み会に呼ばれてた?」

一瞬、冗談だと思って笑いかけた。だがAは笑わない。BとCも言葉を失い、顔を見合わせた。

「何言ってるの。Aが日程決めたでしょ」
「一番最初に行くって言ってたじゃん」

私はスマホを取り出し、グループLINEを開いた。そこには、私、B、C、そしてAの名前が並んでいる。少なくとも、私の画面にはそう見えた。

Aもスマホを取り出し、震える手で画面をこちらに向けた。その画面には、Aの発言は一つもなかった。それどころか、彼女はそのグループに最初から存在していなかった。

BとCも自分の履歴を確認する。二人の画面には、確かにAがいる。「行く」「楽しみ」と、自然な流れで会話に混ざっている。

誰の画面が正しいのか、分からなかった。どれが異常で、どれが現実なのか、判断する材料がなかった。

Aの唇が小刻みに震えた。

「……おかしい。私……死んでるはずなのに……」

その言葉は、夜気よりも冷たく、皮膚をなぞった。誰もすぐに否定できなかった。Cが思わず手を伸ばしたが、Aの肩に触れる前で止まった。触れてはいけないものに、直感的に気づいたような動きだった。

Aはゆっくりと後ずさりしながら、「やっぱりおかしい」と繰り返し、人気のない路地へ向かって歩き出した。靴音がアスファルトに乾いた音を刻む。その音は妙に現実的で、規則正しく、どこまでも冷たかった。

私たちは声を出せなかった。ただ、Aが闇に溶けていくのを見送るしかなかった。

翌朝、スマホの通知音で目が覚めた。Bからのメッセージだった。

「ニュース見た?」

Aは、昨日の朝、自宅マンションから飛び降りて亡くなっていた。警察の発表では、死亡推定時刻は夕方。私たちが居酒屋でAと飲んでいた時間には、もうAはいなかった計算になる。

スマホが手から滑り落ちた。床に当たったガラスケースの冷たさだけが、異様に確かな感触として残った。

午後になっても、居酒屋の匂いが消えなかった。焼き鳥の焦げ、醤油の湯気。頭の中では、Aの笑い声が何度も再生される。あの夜、確かにグラスを合わせた。氷が鳴り、液体が揺れた。あれを幻覚だと片づけるには、感触が生々しすぎる。

LINEの履歴を見返しても、Aの発言はどこにもない。私の画面からも、いつの間にかAの名前だけが消えていた。最初から三人だったような並びに、違和感なく収まっている。

けれど、カメラロールには一枚だけ写真が残っていた。

四人で撮ったはずの、あの夜の記念写真。写っているのは、私とBとCだけ。Aが座っていたはずの席には、グラスが一つ置かれている。中の氷は、まだ溶けきっていない。

レンズ越しに見るそのグラスの中に、何かが映り込んでいるような気がした。輪郭の定まらない影。笑っているようにも、泣いているようにも見える。

その瞬間、指先に冷たい感触が走った。スマホが、誰かに掴まれたように、わずかに動かなかった。

写真の中のグラスが、微かに曇っている。まるで、内側から息を吹きかけたように。

私はスマホをテーブルに置き、両手で顔を覆った。視界の奥で、橙色の照明がちらつく。昨日と同じ明るさ。昨日と同じ匂い。耳の奥では、あの乾杯の音が、まだ続いている。

Aは、今もどこかの席に座っているのかもしれない。

自分が呼ばれていないことに気づかないまま、
誰かが用意した席に、当然のように座り続けている。

[出典:54 :本当にあった怖い名無し ハンター[Lv.10][新] (ワッチョイ 634c-zKn+):2025/02/09(日) 01:13:07.75ID:W48e1CDX0]

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