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社長の名前を出した夜 rw+3,000-2012

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別の寺から頼まれて法事に出たのは、雨がぱらつく夕暮れだった。

本堂に入った瞬間、わずかに匂いが違うと感じた。線香の種類が変わったのかもしれない。あるいは自分の体調のせいか。だが胸の奥に、理由のない引っかかりが残った。

法事の後の会食で、土建屋の社長と隣り合わせになった。恰幅がよく、日に焼けた顔に深い皺が刻まれている。酒のせいか饒舌で、阿弥陀如来と地蔵菩薩の違いは何か、供養に本当に意味はあるのかと、矢継ぎ早に尋ねてきた。

軽く受け流すこともできたはずだが、妙に真剣な目をしていた。気づけば、こちらも真面目に答えていた。別れ際、「また話を聞きたい」と手を強く握られた。

その後、何度か会社の近くへ行く用事があり、立ち寄った。だが社長はいつも不在だった。現場だ、出張だと理由はさまざま。代わりに応対したのが事務長だった。四十代後半、穏やかな口調だが、笑うと目の奥に何か濁りが残る男だった。

三度目に顔を合わせたとき、自然な流れで連絡先を交換した。

ある晩、九時を少し過ぎたころ、事務長から電話が入った。経営の相談と言いながら、内容は愚痴だった。資材費が上がる、人が集まらない、下請けが値をつり上げる。社長は表に出ない、と。

自分は門外漢だ。ただ「焦らないほうがいい」といった、誰にでも言える言葉を返していた。

ふと、事務長の声が低くなった。

「そういえば、〇〇土建の社長って覚えてますか」

思い出すまで時間がかかった。以前、金の受け取りに来ていた、一人親方の男だ。

「首を吊ったそうです」

言葉がすぐに理解できなかった。

理由は複雑らしかった。仕事の減少、金銭の揉め事、家族との不和。小さな綻びが重なり、最後に切れたのだろうと、事務長は淡々と語った。

そのとき、窓から「コン」と音がした。

虫かと思ったが、厚手のカーテンは閉めてある。続けて「コン、コン」と二度。一定の間隔。ためらいのない音だった。

気のせいだと流そうとしたが、事務長が故人の名を口にした瞬間、また鳴った。

「……話題を変えましょう」

自分でも驚くほど低い声が出た。

「どうしました」

「こちらに、来ています」

沈黙が落ちた。電話の向こうで、浅い呼吸が聞こえた。

「……そうですか」

それだけ言って、通話は切れた。

音は止んだ。止み方が、扉の前から足音が遠ざかるようだった。

翌朝、本堂で経を唱えた。名は出さなかった。ただ、昨夜の話題に上がった者たちすべてに向けて。

その日の午後、再び事務長から電話が入った。

「今朝、うちの社長が倒れました」

現場で突然、崩れるように膝をついたという。救急搬送され、意識は戻らない。

昨夜、故人の話をしたのは自分と事務長だけだ。だが社長の名も、事務長は何度か口にしていた。

あの音は、誰の名に反応していたのか。

それ以来、会社には行っていない。事務長とも連絡を取っていない。

ただ、夜に電話が鳴ると、一瞬ためらう。出る前に、窓のほうへ目が向く。

名前を口にした瞬間、向こう側に届くのだとしたら。

いま、これを読んでいるあなたは、誰の名を思い浮かべただろうか。

窓の外は、静かだろうか。

[出典:763 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2017/07/31(月) 23:43:01.80 ID:gx7qudFn0.net]

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