俺が小学生だった頃、近所の小さなそろばん塾に通っていた。
毎年クリスマスの日になると、塾での特別な催しを楽しみにしていた。先生が授業を短縮して、8ミリフィルムの映画を子供たちに見せてくれるのだ。映写機から流れる映画は、ディズニーやチャップリン、アニメの「がんばれタブチ君」など。映画が終わるとお菓子が配られ、楽しい時間が過ぎていく。それが恒例だった。
しかし、小学六年生の年、その日は違った。
十畳ほどの狭い教室に十三人の生徒が座り、いつもと同じように映写機がセットされた。教室の照明が落ち、機械のシャーッという音が響く。そして、スクリーンに光が映し出される――が、期待していた映画は始まらない。
「あれ? おかしいな……」
先生はそう呟くと、何かを取りに行くと言って教室を出て行った。
その間も、映写機は白い光を放ち続けていた。次第に、そのスクリーンに何かが映り始める。遊具のある公園、そしてそこで元気に遊ぶ一人の少女――。
全員が息を呑んだ。映っているのは先生の娘だったのだ。鮮やかな記憶がよみがえる。あの子は、ちょうど一年前に亡くなっている。病気だった。
普段はふざけてばかりの生徒たちも、その時ばかりは誰も声を上げなかった。うつむき、目を伏せる。映像の中の少女は明るく笑っていたが、その光景は異様に思えた。やがてフィルムは終わり、映写機も静かになった。真っ暗な教室に戻り、誰もが息をひそめていた。
前の席に座っていた生徒の一人が、耐えきれなくなったのか席を立つ。「スイッチどこだろ?」と呟きながら、教室の照明を探す。その時だった。振り返ったその顔が、恐怖に歪んでいる。彼は後ろを指さし、叫び声とも泣き声ともつかない音をあげた。
一瞬の静寂の後、生徒たちは一斉に席を立ち、出口へ殺到した。争うようにして廊下へと飛び出していく。その混乱の中、最後に教室を出た友人は、塾の出口で先生に腕をつかまれたという。
「逃げるんじゃない!」
先生の形相は異常だった。その一言が決定打となり、俺は塾を辞めた。
あの日見たものは、集団ヒステリーだったのかもしれない。だが、スクリーンの少女、振り返った友人の絶叫、そしてあの先生の顔――。それらが未だに頭を離れない。そして今でも、あの塾は営業を続けている。
(了)
[出典:398 :クリスマス特別企画 :2001/09/26 17:46]