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海鳴りの糸 r+1,927

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これは、私の母に起きた出来事を、私の視点から語る話です。

半年前の七月から九月の終わりごろまで続いた長い顛末。思い返すたび、まだ胸の奥がざわつくのです。

七月某日。結婚を控え、私はそれまで住んでいたアパートを引き払い、実家へ一時帰ることになりました。父は仕事の繁忙期で来られず、代わりに母が有給を取って手伝いに来てくれました。

母は体が弱いくせに、とにかくじっとしていられない人です。去年は持病で寝込んだかと思えば、その数か月後には海外旅行に行くような、そんな奇妙な生命力を持っていました。さらにおっちょこちょいでもあり、私のアパートに来た当日も、玄関のわずかな段差で派手に転んで尻もちをついていました。

私のアパートがあった町は、山と海に囲まれたのどかな地域で、車を飛ばせばすぐに熊野や伊勢まで行ける場所でした。母がその立地を聞いて目を輝かせたとき、嫌な予感がしました。

「もえさん! 熊野古道めぐりに行きたい!」

案の定です。こちらは引っ越し荷物で手一杯だというのに、母の興味は観光に向いてしまう。反対すれば後々まで文句を言われるのは目に見えていたので、渋々承諾しました。結局、私は荷物を積んだまま熊野古道と那智大社を巡るはめになりました。

母は膝を痛めていましたが、登山用の杖を突きながら平然と那智の滝も大社の石段も制覇してしまいました。私は翌日筋肉痛に泣かされましたが。

夕暮れ時、私たちは海辺に張り出すように建てられた古い宿に着きました。窓からは沈む夕日が海面を赤く染めていて、母は夢中で写真を撮っていました。ところが、彼女は急に言葉を止め、ばさりとカーテンを閉めてしまいました。

「どうしたの?」

問いかけると、不自然な笑みを浮かべて「疲れたから温泉行こう」と言うのです。その笑顔が妙に引きつっているように見えましたが、そのときは深く気にしませんでした。

夜になって、布団を敷き電気を消した頃、母が急に「あなたのバッグを貸して」と言い出しました。「添い寝するから」と。意味不明でしたが、強く求められたので差し出すしかありませんでした。

私が眠りかけた頃、浴室の方から不気味な気配がしました。普段霊感などない私ですが、何かがそこにいる、と分かってしまう。薄目を開けると、母が私のバッグを抱きしめて眠っていました。宝物を守るように、ぎゅっと抱え込んで。

そのバッグには財布や化粧品のほか、天狗や伊勢神宮、那智大社で授かったお守りがいくつも入っていました。――そういえば母自身のお守りは、この部屋に持ち込んでいなかった。私のバッグに縋る理由が分かった気がしました。

翌朝、母は重苦しい声で語りました。
「海を撮ってたら、ギャアアアア!って、動物を締め殺すような声がしたのよ。怖くなっちゃって……お守りは全部車の中に置いてきちゃってたから、あなたの借りちゃったの」

鳥肌を立てた腕を見せる母。その写真を消す勇気はなく、データは今も残っています。真っ暗な水面だけが写る、意味のないはずの写真です。

翌日、私たちは女性神を祀る社を訪れました。母のおみくじには「大病は治る」とありました。その言葉に私も母も救われた気分になっていました。しかし、帰宅して二日後、母は職場で倒れました。

左足の膝から下が腫れ上がり、立つこともできない。蜂巣炎という診断が下されました。即入院です。

医師は膿を培養しましたが、出てきたのは死んだ菌ばかり。「原因不明」としか言いようがない。やがて「切断の可能性」を告げられ、父が声を殺して泣きました。

私はあのおみくじを思い出していました。「大病は治る」――妙な確信が胸に湧きました。母自身も同じだったようで、足を切ると説明されても「まあ大丈夫でしょう」と笑ったそうです。

奇跡のように切断は免れましたが、患部は火で炙られたように黒く焼け焦げた色になっていきました。入院は長引き、夏が過ぎ、秋を迎えても改善はありません。母はある日ぼそりと呟きました。

「あの叫び声の主と、糸で繋がってるみたいなんだよ」

私は、何かを断ち切らねばならないと直感しました。そこで思いついたのが、祖母から譲られた狐のぬいぐるみです。子供の頃から守り神のように扱ってきた存在でした。

病室にそれを持ち込み、母の患部の上に置きました。狐の柔らかい体が布団越しに沈み込む。その瞬間、窓の外から轟音が響きました。地を揺るがすほどの雷鳴。驚いて外を見ると、空は雲ひとつなく晴れ渡っている。

「今、雷鳴ったよね?」と私が母に言っても、彼女はきょとんと首を振るだけでした。

狐を撫で、バッグに仕舞い込んで病室を後にしました。その日から母の病状は急速に回復に向かいました。医師も舌を巻くほどの回復ぶりで、数週間後には自分の足で病院の廊下を歩いていたのです。

「繋がってる感じはもうしない」母は安堵したように笑いました。

結局、あの声の主が何だったのかは分からないままです。けれど、私が撮った宿の部屋の写真の中に、黒い影のようなものが映り込んでいました。ゴリラのようであり、猿のようでもある異形の姿。それを見た瞬間、背筋が冷えました。

今も母は隣の寝室で鼾をかいています。その寝息を聞きながら、私はときどき思うのです。あの雷鳴は本当に幻聴だったのか。あのぬいぐるみが、糸を断ち切ったのではないのか。そして、あの黒い影は今どこにいるのか、と。

[出典:43 :本当にあった怖い名無し:2011/12/04(日) 02:48:46.47 ID:veGHgml+0]

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