ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 事故・事件 n+2025

声は内側から来る nw+526

更新日:

Sponsord Link

あの日のことを思い出すと、今でも胸の奥が詰まる。

息を吸おうとしても、途中で止められるような感覚になる。

二〇一五年の十月末、同じフリースクールに通っていた少年が死んだ。
新聞では「自殺の可能性」と簡単に片づけられていたが、あの場所と、あの子を知る者なら、そう言い切れるはずがない。

私が通っていたのは、都内のはずれにある小さなシュタイナー系のフリースクールだった。木造の古い一軒家を改装した校舎で、床は軋み、壁には木の匂いが染みついていた。黒板はなく、大きな布を壁に張り、そこにチョークで絵を描く。机や画板はすべて手作りで、釘の頭が飛び出していることもあった。

教師たちは自分を教師とは呼ばず、「案内人」だと言った。
子どもたちには「宇宙とつながる感覚を大切にしなさい」と繰り返した。携帯電話やテレビは禁止。ゲームの話をすると、静かに注意される。外の世界から切り離されることで、私たちは「純粋さ」を守られているのだと説明された。

当時、小学四年生のAがいた。
明るい子ではなかったが、いつも黙って絵を描いていた。集中力が異様で、周囲の音が消えているように見えた。描くのは決まって、黒い渦や、顔のない人の群れだった。紙いっぱいに広がるそれを見て、私は何度か声をかけた。

「何それ」

Aは少し考えてから、ぽつりと答えた。

「夜に見えるやつ」

それ以上は説明しなかった。
彼はときどき「声がする」とも言った。眠る前、誰かが呼ぶ。山の方からだという。裸足で走れと命じられるのだと、真顔で話した。

周囲の大人たちは、誰も深刻には受け取らなかった。
シュタイナー教育では、子どもが語る幻想や幻覚は成長の一過程とされる。案内人たちは「それは君の内なる宇宙の声だよ」と微笑んだ。私も同じように笑ったが、笑いながら、喉の奥に引っかかるものを感じていた。

十月二十五日、学校祭があった。
手作りの舞台で劇をやり、草木染めの布を展示する。外から見れば牧歌的な行事だが、私はあの場の空気が苦手だった。閉じた空間に、人の気配が濃く溜まる感じがした。

Aは劇に出なかった。
裏で一人、ビニール紐をいじっていた。学校でクラフトに使う、ごく普通の紐だ。それを器用に編み込みながら、独り言のように言った。

「これ、縛るのにちょうどいい」

冗談だと思いたかった。
だが、その声は冗談の調子ではなかった。

翌二十六日、午前十一時ごろ。
Aは母親に「遊びに行く」と告げて家を出たという。

その日の午後、私は偶然、高幡山のふもとを通った。
薄曇りで、湿った空気が肌にまとわりついていた。人通りはなく、落ち葉が踏みしめられるたび、重たい音を立てた。斜面の途中で、誰かの影がちらりと動くのが見えた気がして、足を止めた。

ただの錯覚だと思い、深追いはしなかった。
その夜、ニュースで「小四男児の遺体発見」と流れた。

遺体は全裸だった。
両手両足は緩く縛られ、首を吊っていたという。衣服はきれいに畳まれ、脇に置かれていた。争った形跡はなく、警察は「自殺」と結論づけた。

私は知っている。
あの斜面は急で、雨が降れば簡単に足を取られる。子どもが一人でロープを掛け、しかも自分で手足を縛るなど、どう考えても無理がある。それでも、その話は事実として処理された。

同級生の何人かは、ひそひそとこう言った。

「呼ばれたんだよ」

Aが話していた、山からの声。
それに導かれたのだと。

通夜の日、小さな棺の中のAは、眠っているように穏やかだった。痣も傷も見えない。けれど、瞼の裏に何かが潜んでいる気がして、目を逸らした。母親は「特に変わった様子はなかった」と繰り返し、父親は黙って参列者を睨んでいた。

案内人の一人が、静かに語った。

「彼は自由を求め、自ら旅立ったのです」

誰も反論しなかった。
反論できなかった。

その後、学校の空気は変わった。
子どもたちは互いに距離を取り、親たちは案内人の顔色をうかがった。高幡山に近づくなという暗黙の了解が生まれたが、それでも夜中に家を抜け出し、山の方へ歩いて行った子がいたという話を聞いた。

私自身も、夜になると耳元で囁きを聞くようになった。

「脱げ」
「縛れ」
「こちらへ来い」

目を覚ますと、冷や汗で全身が濡れている。窓の外には、闇に沈んだ山の影が、じっとこちらを見ているように感じられた。

警察の結論は変わらない。
だが、あの日のことを知る者は、誰一人として納得していない。

彼を連れ去ったのは、山だったのか。
教育だったのか。
それとも、私たちが「内なる宇宙」と呼んで目を背けてきた何かなのか。

答えは出ない。
ただ一つだけ、確信していることがある。

あの日、Aを呼んだ声は、まだ終わっていない。
今もどこかで、次の誰かを探している。

私が夜、息が詰まるのは、その声が、もう一度私の名を呼ぶ気がするからだ。

そして、その声は、決して外からだけ聞こえてくるわけではない。

――気づけば、もう山は、ここまで来ている。

(了)

[出典:フリースクールの闇~日野市小四自殺事件]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, 事故・事件, n+2025

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.