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十二時間の空白 r+1,866

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昨日のことだ。

実家に用事があって久しぶりに立ち寄った。冬の夕暮れ、玄関の引き戸を開けると、懐かしい埃の匂いと、長方形に伸びたリビングの灯りが鼻腔にまとわりついてきた。父と母は二人とも出かけているらしく、家の中は不自然に静かだった。冷蔵庫の低いうなりと、壁掛け時計の秒針だけが空気を支配していた。

リビングに入ってすぐ、電話のベルが鳴り響いた。こんなに大きな音だったか、と耳を塞ぎたくなるほどの甲高い音だった。父宛の電話だとすぐにわかった。受話器を取って相手の名前と用件を聞き、メモを残そうと机の横を探った。いつもなら電話の後ろの壁際にペン立てがあるはずだった。木製の小さな筒に何本かのボールペンや鉛筆が差してある、あの定位置の風景が思い浮かんだ。

ところが、そこには何もなかった。机の上は奇妙なほど殺風景で、白い木目の上に受話器のコードがぐるぐると這っているだけだった。

一瞬、記憶違いかと思った。だが、ここに置かれていたのは間違いない。幼い頃からずっと変わらぬ場所にあったはずなのに。

しかしその時は深く考えず、ポケットから自分のペンを取り出してメモを書き残した。父はすぐに帰宅し、伝言も無事に伝えられた。ペン立ての不在について頭を巡らせることもなく、そのまま家を出た。

翌日の昼、母から電話がかかってきた。別件で話しているうちに「ちょっと怖いことがあってね」と言い出した。声がわずかに震えているのを聞き取り、胸の奥に冷たいものが走った。

母は朝、台所で洗い物をしていたらしい。すると背後で突然「ガシャーン」と硬いものが床に叩きつけられる大きな音がした。慌てて振り返ると、リビングの床にペン立てが落ち、ペンや鉛筆が四方に散らばっていたという。

そこで、昨日の夜の出来事を思い出した。確かに、電話の横には何もなかったのだ。ペン立てごと消えていた。

母にそのことを告げると、「置き場所なんて変えてない」と即座に否定された。声に苛立ちと恐怖が混じっていた。

家の構造を頭に浮かべる。玄関から入ってすぐの扉を抜けると、長方形のリビングダイニングが広がり、その入口付近に電話台がある。台所はそこから最も遠い、長方形の奥の位置だ。母が聞いた「ガシャーン」という音は、その奥の台所から見ても明らかに遠い場所で鳴り響いたことになる。

おかしい。
昨日の夜八時頃にペン立ては消えていた。
そして翌朝八時頃、母の背後で音を立てて再び現れた。

まるで十二時間という時差を隔てて、空間ごと抜け落ちていたかのようだ。

話を聞き終えた後、背筋がぞくりとした。幽霊だとか祟りだとか、そういった話ではないのに、むしろそれ以上に理解できない理屈の方が恐ろしかった。説明のつかない穴に落とされたような心地だった。

思い返せば似たようなことが何度かあった。子どもの頃、なくしたものが忽然と目の前に現れる経験だ。何度も探したはずの机の上に、ふとした音と共に消えていた玩具が転がっている。床を見れば、手を伸ばしても届かないはずの隙間から、小銭が滑り出てくる。

「見落としていただけ」と片付けてきた出来事の一つ一つが、脳裏で再構築されていった。あれも、これも、すべて時空が捻じれていただけではないのか。

その仮説に行き着いた途端、血の気が引いた。つまり、自分たちの暮らす空間は、ほんの少しのきっかけで裂け目が生じ、物が抜け落ちたり戻ってきたりするのではないか。もし、ペン立てではなく「人間」が吸い込まれていたとしたら……?

母の声が電話口で揺れていた。「あんた、昨日ほんとにペン立て無かったの? 見間違いじゃないの?」
否定しかけて、言葉が喉に貼りついた。もし「無かった」と断言すれば、母はさらに恐怖を募らせるだろう。しかし曖昧に濁すことはできなかった。確かに無かったのだ。机の上にあったはずのものが、影すらなく消えていた。

「無かったよ」
そう告げると、受話器の向こうで母はしばらく黙り込み、やがて小さなため息をついた。その音は、聞いたことのない深い疲労を帯びていた。

電話を切った後もしばらく手が震えていた。時計の秒針が刻む音が異様に大きく響き、壁の影がゆらゆらと揺れている気がした。世界が少しずつ歪み始めているのではないかという予感が、背中にまとわりついて離れなかった。

夜、布団に横たわっても眠れなかった。目を閉じると、次に目を開けた時、自分の枕元に置いたはずの目覚まし時計が消えているのではないか、隣の部屋にいるはずの誰かが突然消えているのではないか――そんな妄想が際限なく膨れ上がる。

ペン立ての行方はどうでもいい。ただ一度世界の縫い目が緩んでしまった以上、それがどこまで広がるか分からない。昨日の自分と今日の自分が、同じ時間を歩んでいる保証などないのだ。

あの時消えたのが、ペン立てだけで本当に良かったのか。
その問いが、頭蓋の裏側にこびりついて離れない。

[出典:802 :本当にあった怖い名無し:2019/12/05(Thu) 19:45:37 ID:LD8yHpJB0.net]

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