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神社に戻った理由 rw+8,520-0203

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あれは平成八年、高三の秋口だった。

俺は北のほうの寒村に生まれ育った。町と呼ぶには心許ない集落で、夜になれば灯りはまばら、娯楽らしい娯楽もない。高校生の俺たちは、腐りかけた魚みたいに行き場を失い、気がつけば決まった場所に集まるようになっていた。

山の中腹にある廃神社だ。

正式な名前を知る者はいない。参道は崩れ、鳥居は半分倒れ、道と呼べるものは獣道しか残っていなかった。屋根の抜けた社殿、雨水の溜まった賽銭箱、蜘蛛の巣に覆われた祠。それでも、誰も来ないという一点だけで、俺たちには十分だった。

煙草を吸い、安酒を回し、誰かがギターを鳴らす。集まる顔ぶれはだいたい同じだった。小倉、山崎、三宮。気まぐれで藤田や遠藤が加わることもあった。七人の夜もあれば、三人の夕暮れもあった。特別なことは何も起きない。ただ時間が沈んでいくだけの場所だった。

その日も、そうなるはずだった。

十一月、乾いた風が肌を切るような午後四時過ぎ。俺、小倉、山崎、三宮の四人で自転車を漕ぎ、落ち葉を踏みしめながら神社へ向かっていた。煙草を回し、どうでもいい話をしていた。

境内に近づいたとき、不意に足音がした。

「ザッ、ザッ、ザッ」

こちらの足音とは明らかに違う。間隔が一定で、重たい。誰か来たのかと思った瞬間、木立の隙間から人影が現れた。

小柄な老婆だった。

白髪を後ろでまとめ、真っ黒な着物を着ている。山仕事の人間でも、近所の住民でもない。ここにいる理由が見当たらない姿だった。俺たちは声を失い、その場に立ち尽くした。

老婆は俺たちを一瞥もせず、まっすぐ賽銭箱の前へ進んだ。そして、聞き取れない低い声で、何かを唱え始めた。言葉ではないようで、意味も分からない。ただ、音だけが腹の奥に沈んでいく感じがした。

しばらくして、老婆は鞄を賽銭箱の裏に置き、来た道を戻っていった。足音が完全に消えるまで、誰一人動けなかった。

最初に動いたのは小倉だった。

「置いてったぞ。あれ」

誰も返事をしなかった。近づくのが怖かったのか、それとも近づきたかったのか、今となっては分からない。小倉は鞄を持ち上げ、口元を歪めた。

「札束かもしれないしな。こんなとこだし、何があっても不思議じゃねえだろ」

俺は止めたかった。だが、声が出なかった。鞄の中身は、黄ばんだ新聞の切れ端、見たことのない紙幣、潰れたお守り、意味不明なレシート。そして、小さな木箱だった。

手のひらより一回り大きい程度なのに、やけに重く見えた。黒ずんだ表面が、濡れてもいないのに鈍く光っていた。

「開けてみようぜ」

小倉の声は、さっきまでと違っていた。声そのものより、目が違った。濁った水槽の底みたいな目だった。

山崎が無言で頷き、木箱を地面に叩きつけた。俺と三宮が制止したが、二人には届いていない。息を荒げ、獣みたいに叫びながら、箱に触れようとする。

空気が歪んでいた。音が遠のき、空の色が抜け落ちたように見えた。

俺は逃げた。

神社の階段を転げるように駆け下り、自転車に飛び乗った。その瞬間、視界の端に何かが映った。木々の隙間、参道の奥。あの老婆が立っていた。

こちらを見ていない。神社を見ていた。

口角が異様に上がり、満足そうに笑っていた。

必死でペダルを踏んだ。

藤田の家に着いたとき、言葉はほとんど出なかった。それでも藤田は察したようで、遠藤に連絡を取り、俺たちは神社へ戻ることになった。

そこから先の記憶がない。

次に目を覚ましたとき、俺は病院のベッドにいた。全身が痛み、腕と足には固定具が巻かれていた。母の泣き声と、医師の説明が耳に入ったが、内容は頭に残らなかった。

事故だと言われた。

帰宅途中、トラックと衝突したと。四人で。

即死が二人。重体が一人。意識を取り戻したのは俺だけだった。

三宮は、いなかった。

後日、見舞いに来た三宮は、泣きながら言った。「箱を開けるって、ずっと叫んでて……怖くて、逃げた」と。

遠藤は、神社に行ったと言った。ただし、俺たちが知っている神社ではなかったらしい。暗がりの中に、知らない気配がいたと、それだけ言って黙った。

藤田は数日後に亡くなった。トラックの運転手は、事故のあと壊れたようになり、何も語らなかった。

俺は地元を離れ、すべての連絡を断った。

十二年後、父の葬儀で帰郷した。用事を済ませたあと、気づけば俺は山へ向かっていた。

あの神社は、整備されていた。

境内は掃き清められ、社殿も修復されている。箒を持った少女が、一心に落ち葉を集めていた。髪の長い、妙に整った顔立ちの子だった。

理由もなく、背筋が冷えた。

話しかけると、少女は静かに頷き、奥へ消えた。代わりに現れたのは、白髪の老人だった。俺は、覚えている限りのことを話した。

老人は、最後まで遮らずに聞いた。

そして、短く言った。「忘れなさい」

それだけだった。

帰り道、ふと振り返ると、少女が境内の奥でこちらを見ていた。笑ってはいなかった。ただ、見ていた。

東京に戻った今も、三日に一度、夢を見る。

続きをだ。

俺たちは、あの箱を開けている。誰が、いつ、どうやってかは分からない。だが、開いている。中身は、思い出そうとすると視界が白くなる。

言葉にしたら、また目を覚ましてしまう。
だから、ここまでしか書けない。

[出典:145 :本当にあった怖い名無し:2009/07/20(月) 18:24:05 ID:Ygft2tbPVr]

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