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忌箱 r+7,915

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あれは平成八年、高三の秋口だった。

俺は北のほうの寒村に生まれ育って、何もない町で、娯楽も刺激もろくにない。そんな町に腐る寸前の俺たちが、当然のように憑かれたように集まっていたのが、例の廃神社だった。

鬱蒼とした木立に埋もれ、道なき道を抜けなければ辿り着けないような場所。社の屋根は抜け、賽銭箱には雨水が溜まり、祠には蜘蛛の巣がびっしりと絡んでいた。
だが、誰も来ないというそれだけで、俺たちには十分だった。

煙草を吸い、安酒を回し、誰かがギターを弾き出す。いつも、同じ顔ぶれだった。小倉、山崎、三宮。ときどき藤田や遠藤も加わった。七人の夜、三人の夕暮れ、そんなふうに時間が流れていた。

あの日もそうだった。十一月の、乾いた風が頬に突き刺さる午後四時過ぎ。俺たちは四人、自転車を漕いで神社に向かっていた。落ち葉を踏みしめる音が、ガサガサと耳に響く。煙草を咥えながら、何気ない話をしていた。

その時だ。

「ザッ、ザッ、ザッ」

足音が、境内の方から聞こえてきた。誰か来た? この神社に?
疑念が喉に引っかかった。見れば、木立の隙間から現れたのは、小柄な老婆だった。

白髪を束ね、真っ黒な着物を着ていた。
異様だった。明らかに異質だった。

我々は声も出せず、動きも止めた。
老婆はまっすぐ賽銭箱の前へ進み、低く、地を這うような言葉で呪文のようなものを唱え始めた。言葉の意味は分からない。だが音だけで、体の奥がざわついた。

やがて老婆は鞄を賽銭箱の裏に置いて、そのまま来た道を戻っていった。

誰もが沈黙を破るのが怖かった。

ようやく空気が動いたのは、小倉が鞄を手にした時だった。

「札束か?宝物か? なんでもアリだろ、こんな状況なら」

俺は止めたかった。けれど止めきれなかった。
鞄の中身は、黄ばんだ新聞、異国の紙幣、潰れかけたお守り、読み取れないレシート、そして――一つの木箱だった。

手のひらよりやや大きいくらい。重々しく、異様に黒光りしていた。

「……開けてみようぜ」

小倉の声が変わった気がした。
いや、変わったのは声ではない。目だ。目が、濁った魚のようだった。

山崎も加勢し、木箱は地面に叩きつけられた。
俺と三宮が制止しても、まるで耳に届かない。歯を食いしばり、血走った目で木箱を睨み、二人は獣のように叫んでいた。

「開ける!開けてやる!」

三宮の顔が蒼白になっていく。俺も同じだった。異常だった。二人の動きも、空気も、音のない空の色も。

やがて、俺は走り出していた。神社の階段を駆け下り、置いてきた自転車に飛び乗った。その時、ふと見えた。

道の向こう。木々の隙間。あの老婆が、こちらではなく神社を見て笑っていた。口角が耳まで裂けそうに、奇妙な満足そうな笑みだった。

俺は恐怖に突き動かされるようにペダルを踏んだ。

藤田の家に着いた時、説明もまともにできないまま、藤田は察してくれた。
遠藤にも連絡し、俺たちは再び神社へ戻ることにした。

あの日の、俺の記憶はそこで途切れる。

次に目を開けた時、俺は病院のベッドにいた。
腕に包帯、足にギプス、体中に鈍い痛みが走る。母の泣き顔、医師の声、看護師の気配。だが、何より恐ろしかったのは、自分の中の空白だった。

事故? トラック? そんなはずはない。

神社にいたはずだった。小倉と山崎はあの箱に取り憑かれていた。藤田は俺と一緒にいた。
……なのに、ニュースは俺たちが四人、帰宅途中に事故に遭ったと報じていた。即死が二人、重体が一人、奇跡的に意識を取り戻した俺。

三宮は逃げていた。

後に見舞いに来た彼は、泣きながら言った。
「あいつらが箱を開ける!開ける!って叫びだして……それが怖くて、逃げた」

遠藤は神社に行ったが、そこには「別の誰か」がいたと言った。暗がりの中、違う空気の連中がいた、と。

やがて藤田も亡くなった。トラック運転手は精神異常を患い、事故後に自殺未遂。何も語れぬまま入院。
忌まわしい結末ばかりだった。

俺は地元を離れ、連絡を絶った。

それから十二年。

父が亡くなり、久々に地元へ帰った。何かに引き寄せられるように、俺は再びあの神社へと足を運んだ。

神社は……整備され、清浄だった。
少女が箒で掃いていた。髪の長い美しい子だった。なぜか、その姿が恐ろしく感じられた。

俺は話しかけた。十数年前のことを、彼女に話した。彼女は神主を呼びに行った。

現れたのは白髪の上品な老人。俺はすべてを話した。神主は深く頷きながらこう言った。

「あれは『忌箱』……冥界の門とでも言いましょうか。開けてはならぬもの。かつての神主も、それを調べようとして……いなくなりました」

俺は震えた。

神主は俺のために、お祓いの儀をしてくれた。長い祈祷の間、少女は静かにこちらを見つめていた。

最後に、神主は言った。
「忘れなさい。あれは通り魔のようなもの。記憶する者が呑まれるのです」

東京に戻った今、俺は三日に一度、夢を見る。
あの日の続きを。

……俺たちはあの箱を開けてしまったのだ。
誰の手によってかは分からない。
もしかすると……あの日、神社に戻った俺と藤田が――開けてしまったのかもしれない。

内容は……口にはできない。
言葉にしたら、あれがまた――目を覚ましてしまう気がするから。

(了)

[出典:145 :本当にあった怖い名無し:2009/07/20(月) 18:24:05 ID:Ygft2tbPVr]

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