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中編 r+ 集落・田舎の怖い話

祝福と呪詛の桃色袋 r+6,698

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母の故郷の話を初めて知ったのは、大学進学の準備をしていた数年前のことだった。

進学先は東京。地方の静かな街で暮らしていた私には、それだけで大きな転機だった。駅前にはスタバもなければ、大型チェーン店も見かけない。そんな日常が当たり前だったから、東京に行くと聞いた母の妹、つまり叔母が、私に「ハカソヤ」を渡してきた時も、私は「田舎の風習ね」と軽く受け止めていた。

――女だけの、お守り。

そう聞かされたとき、少し眉をひそめたが、叔母の話しぶりが真剣で、しかもその目の奥に何とも言えない熱を感じてしまったため、断ることができなかった。

「都会は怖いところだから。女の子には、絶対に必要なの」

叔母はそう言って、桃色の小さな布袋を私に手渡した。普通の安産守りのように見えた。今思えば、それを「普通」と思った自分がどれほど愚かだったか。

母にはその話をしなかった。いや、正確にはできなかった。母はあの集落を嫌っていた。迷信だの風習だのといった言葉を聞くたびに、いつも眉根を寄せて口をつぐんだ。祖母から受け取ったハカソヤも、たぶん母の代で終わりにするつもりだったのだろう。

けれど、叔母はそうしなかった。

それから東京での生活が始まった。

最初の一ヶ月は、まるで夢のようだった。見たことのないビル、どこまでも続くネオンの川、洒落たカフェ、雑貨店、美味しいスイーツ。新しいものに囲まれ、毎日がきらめいていた。その代償として、通帳の残高はみるみる減っていった。

バイトはまだ見つかっていなかった。仕送りもギリギリ。買い物袋を抱えたまま部屋に戻り、私はついに財布の小銭を机の上にぶちまけて途方に暮れた。

金目のものはないかと、引き出しを漁っていたとき、ふとあの桃色の袋が目に入った。

――もしかして。

そんな馬鹿げた期待を抱いたのは、昔どこかで聞いた「お守りの中にお金が入っている話」のせいだった。親切な叔母なら、ひょっとしてそんなことを……。

思い切って袋を開けた。

香りはしなかった。ただ、すぐに目に入ったのは、畳んだ紙片と、薄汚れた布切れだった。二、三センチほどのガーゼのような生地。その半分が、茶色く染まって固まっていた。まるで血のようだった。乾いて波打ち、触れるとパリパリと音がした。

これは……何?

見覚えがあった。似たような染みを、私は中学の頃、洗面所のカゴの中で見たことがある。生理のときに汚れたショーツが放置されていたときの、あの茶色い染みと同じ――。

私はハカソヤを机の上に置いて、数時間、動けなかった。

日が暮れたころ、ついに母に電話をかけた。お金の無心を装って。ハカソヤの話を持ち出したとたん、母は妙に静かになった。

「開けたの……?」

「うん。中に変な布があって……血みたいな……。あれ、何?」

「……気をつけてね」

それだけだった。何を? どうして? 問いかけても、母は何も答えなかった。まるで話してはいけない秘密を隠しているような、重たい沈黙だった。

やがて、私は叔母に電話した。

叔母は少し驚いたような声を出して、けれどすぐに、あっけらかんとした口調で言った。

「ああ、ちひろちゃん姉さんから聞いてないのね。あれ、血よ。女の子の。ハカソヤは、男に酷いことされないためのお守りなの」

頭が、真っ白になった。

叔母が言うには、昔の集落では性に関する規律がほとんどなかった。夜這いも当たり前で、女は村全体の所有物のように扱われていたらしい。そんな時代に、女性たちが作り出したのが「ハカソヤ」。

その作り方を聞いて、私は言葉を失った。

死産で生まれた女の子の膣に布を巻きつけ、産婆が指を突っ込む。血が出たら、それをお守りに使う。死産の子が足りないときは、暴行の末に生まれた子でも……。

「お守りだから、大事にしてね」

叔母は笑っていた。

私は、手の中の布を見つめた。これが、誰のものかも分からない「お守り」。血の染み。もしかしたら、苦しみながら生まれ、息を引き取った赤子のものかもしれない。あるいは、誰かに無理やり身体を裂かれた女の子の……。

「ハカソヤって、名前の意味、知ってる?」

叔母は続けた。

「破瓜初夜のもじりだって説があるけどね。あとね、『男に内臓吐かそうや』ってのもあるし、『私を傷つける粗野な男は墓へ送ろうや』ってのも。いろんな説があるの。面白いでしょ?」

私は笑えなかった。

「……私、それを“おめでとう”の意味で使ってたんだよ」

「女の子に向けて言う分には、問題ないのよ。祝福の意味だから。男の人にだけは聞かせちゃダメ。呪いになるから」

叔母は、まるで秘密のレシピでも教えるような声だった。

「昔、ある女の人がね、村の男に無理やりされてる最中に『ハカソヤ、ハカソヤ』って唱えたの。そしたらその男、その場で内臓を吐いて死んだんだって」

電話を切ったあと、私はずっとハカソヤを眺めていた。

あの布が、今も私の引き出しの中にある。処女じゃないのに、持っていていいのか分からない。でも、捨てたら、何かとんでもないことが起こりそうな気がして……。

東京の夜は明るい。けれど、この街のどこにも「ハカソヤ」はない。

きっと、私だけが、それを持っている。

そして――
まだ、誰にも見せてはいけない。

(了)

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