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ハカソヤ rw+7,305-0126

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母の故郷の話を、私は長いあいだ何も知らずにいた。

それを初めて聞かされたのは、大学進学が決まり、東京で暮らす準備をしていた頃だ。地方の静かな街で育った私にとって、東京は現実味のない異界だった。駅前にスターバックスもなく、夜になれば店はほとんど閉まる。そんな場所で生きてきた私に、母の妹である叔母は、出発の前日、小さな布袋を手渡した。

桃色の、掌に収まるほどの袋だった。

「ハカソヤ」

そう呼ぶのだと、叔母は言った。

女だけの、お守り。

そう聞いて、私は一瞬だけ顔をしかめた。だが叔母は笑わなかった。むしろ、その目は妙に真剣で、何かを押し付けるような熱を帯びていた。

「都会はね、女の子に優しくないから。これは必要なの」

断れる空気ではなかった。私は受け取った。見た目は、どこにでもある安産守りと変わらなかった。後から思えば、それを「普通」と判断した時点で、もう巻き込まれていたのだと思う。

母には話さなかった。話せなかった、と言った方が正しい。母はその集落の話を嫌っていた。風習や迷信という言葉が出るたび、眉をひそめて話を打ち切る。祖母から何かを受け取っていた形跡はあったが、それを私に渡す気はなかったのだろう。

叔母だけが、違った。

東京での生活は、最初は眩しかった。ビルの隙間を流れる光、夜でも消えない街の音、何でも手に入る感覚。だが、現実はすぐに追いついてくる。バイトは決まらず、仕送りも足りない。ある夜、買い物袋を床に置き、財布の中身を机にぶちまけたとき、私は初めて焦りを覚えた。

何か売れるものはないかと、引き出しを探った。そのとき、桃色の布袋が目に入った。

もしかして、という考えが浮かんだ。昔、どこかで聞いた話だ。お守りの中に、こっそりお金が入っていることがある、と。

馬鹿げているとは思いながらも、私は袋の口を解いた。

匂いはなかった。代わりに出てきたのは、折り畳まれた紙片と、小さな布切れだった。ガーゼのように薄い布。その一部が、茶色く変色して固まっている。乾いた血のように、表面が波打ち、触れると微かに音を立てた。

その色を、私は知っていた。

中学の頃、洗面所の籠に放り込まれていたショーツ。生理で汚れたまま乾いたときの、あの色と同じだった。

私は机の前に座ったまま、しばらく動けなかった。

夜になって、母に電話をした。お金の相談を装って、話の流れで袋のことを口にした。中を見た、と言った瞬間、母の声が変わった。

「開けたの……」

低く、抑えた声だった。

中に変な布があった、と言うと、母は短く息を吐いた。

「……気をつけて」

それ以上は、何も言わなかった。何を、どう気をつけるのか。聞いても、母は答えなかった。沈黙だけが続いた。

その翌日、私は叔母に電話をした。

叔母は少し驚いたようだったが、すぐにいつもの調子に戻った。

「ああ、見ちゃったのね。血よ。女の子の」

言葉が、軽かった。

「ハカソヤはね、守るものなの。男に酷いことをされないための」

詳しくは語らなかった。ただ、昔は女が守られなかったこと、だから女たちが自分たちで作ったものだということ。それ以上を、私は聞かなかった。聞いてはいけない気がした。

「大事にしなさい」

叔母はそう言って、笑った。

電話を切ったあと、私は布切れを見つめた。誰のものかは分からない。ただ、女の身体から出たものだという事実だけが、重く残った。

ハカソヤという言葉の意味を、叔母は教えなかった。母も語らない。調べる気にはなれなかった。知ってしまえば、戻れない気がした。

それから、布袋は引き出しの奥にしまってある。捨ててはいない。捨てるという選択肢が、最初から浮かばなかった。代わりに、引き出しを開けるたび、そこにあることを確かめている。

東京の夜は明るい。人も多い。女は一人で歩ける。

それでも、時々思う。

この街で、ハカソヤを持っているのは、たぶん私だけだ。

そして、それは見せるためのものではない。

口に出すための言葉でもない。

まだ、誰にも。

(了)

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