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【閲覧注意】川原の石 r+5,013

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地方の大学に進学したばかりの頃、あの頃の自分は浮かれきっていたと思う。

初めての一人暮らしに、都会では考えられないほどの山や川や海の自然。すべてが新鮮で、触れるものすべてが自分を祝福しているように思えた。田舎町の寂れた駅舎で降り立ったその瞬間から、ここでの暮らしは楽しいものになると、根拠もなく確信していた。

夏が訪れる頃には友達も増え、毎日の生活は順調だった。課題や講義もあったが、それすらも新しい世界の一部のように感じられて、苦に思うことはなかった。そんな折、仲の良い仲間数人と川原でバーベキューをすることになった。男女が入り混じり、酒も用意されて、若さにまかせて騒ぎ立てた。肉の焦げる匂いと、ビールの泡が喉を滑り落ちる感覚、そして夏の湿気に混じる川風。すべてが心地よくて、時間の流れすら忘れていた。

気づけば空はすっかり暗くなっていて、川辺には月光が静かに落ちていた。笑い声が続く輪から少し離れて、なんとなく一人で歩きたくなった。酔いが回っていたせいかもしれない。気まぐれのように川岸に下りていき、波立つ水面を眺めた。川の流れは月を砕いて銀の破片に変え、それが水音に合わせて震えていた。

そのとき、背後に気配を感じた。振り向いた先には、誰もいなかった。仲間たちの笑い声はずっと遠くに聞こえるだけで、この場所には自分しかいないはずだった。胸がすっと冷たくなり、慌てて戻ろうと足を踏み出したとき、足元で石が光っているのに気づいた。

丸みを帯びた小石が月を反射している……そう思ったのだが、よく見ると石自体が細かい粒子を埋め込んだようにきらめいていた。蛍石か、ガラス片か、そんなことを考えながら拾い上げると、手のひらの上で妖しいほどに光った。酒で緩んだ頭に、その石は宝物のように思えた。

仲間のもとへ戻ると、すぐにその石に気づかれた。「それなにぃ?」と女の子が首をかしげた。その視線がいやに鋭く感じられ、とっさに「持って帰るんだよ!」と口走り、ポケットにしまい込んだ。その場はそれで終わった。バーベキューも解散し、夜の湿気を含んだ空気を胸いっぱい吸いながら、石を持ち帰った。

部屋に戻って窓辺に石を置いた。街灯も届かぬ夜の闇の中、石は月明かりを浴びて不気味なほどに光り、目を離せなかった。そのまま眠りに落ちたのを覚えている。

それから不思議なことが起こった。数日後、突然できた恋人。学部は違ったが、偶然知り合い、すぐに仲良くなり、自然に交際が始まった。彼女は優しく、料理も掃除も洗濯もしてくれた。独り暮らしの部屋は温もりで満ち、石を拾ったあの日から自分は何かに選ばれたのではないかと思った。石が幸福を呼び寄せているのだと、本気で信じていた。

だが、平穏は長くは続かなかった。ある夜、インターホンが鳴った。出てみると誰もいない。いわゆるピンポンダッシュかと思った。最初は笑い話にしていたが、それは何度も続き、やがてドアを激しく叩かれるようになった。深夜に鳴り響く音は胸をえぐるようで、彼女と顔を見合わせ「怖いね」と震えた。それからすぐ、合鍵を増やそうと決めた。防衛のためだと自分に言い聞かせたが、本当はすでに恐怖に押し潰されそうだった。

ある夜、またドアを叩く音が鳴った。ドンドンドン、と破壊的な衝撃が響いた。鼓膜の奥が痺れるほどの轟音だった。思わず叫んだ。「なんだよ!誰だよ!」すると返ってきたのは、聞き覚えのある声だった。大学の友人の声。あまりの意外さに、足がすくんだ。ドアを開けると、そこに本当に友人が立っていた。息を切らし、険しい顔をして。

「お前、何してんだよ……!」

意味がわからずに黙り込むと、友人は言った。自分は二週間ものあいだ大学に来ていない。連絡もつかず、心配で見に来ていたのだと。彼の言葉を理解しようとしても、頭はうまく回らなかった。振り返ると、そこにあるはずの部屋は荒れ果て、食事の残骸が腐り、匂いが立ち込めていた。何を食べていたのかもわからない、どろりとしたものが皿にこびりついていた。

そして気づいた。彼女の姿が、どこにもないことに。

幸せな日々を共に過ごしたはずの彼女の名も、顔も、声すら思い出せなかった。ただ、強烈な愛情の残り火だけが胸に残っていた。あれほど近くにいたはずなのに、どこで出会ったのか、どんな言葉を交わしたのか、一切を思い出せなかった。代わりに、窓辺の石だけが、かすかに光を放っていた。

後日、病院に運ばれた。二週間も何も食べずにいたのだから、体は衰弱しきっていた。入院し、点滴を受け、胃洗浄をされた。そこで異様なものが吐き出された。石の表面に張り付いていたのと同じ、小さなぷつぷつの塊。卵のようなものが無数に胃の中にあった。医師たちは顔を見合わせ、何も言わなかった。

部屋に置いていた石を、再び見ることはなかった。友人が処分してくれたのかもしれない。だがあの夜に見た光景は、鮮明に残っている。石の輝きは宝物などではなく、卵の殻に覆われた塊だった。あれを拾ったとき、すでに自分の中に何かが入り込んでいたのだろう。寄生虫か、それとも人の形を装った何かか。彼女は……あれは一体、何だったのか。

それからも時折、彼女の幻を夢に見る。柔らかい髪の匂い、優しい手つき、笑うときの癖。目を覚ましたときには、再びその全てが霞んでしまうのに、愛おしさだけは残る。残酷なほど、胸を締め付ける。

彼女が生きていたのか、存在していなかったのか、今となっては確かめる術もない。ただ一つ言えるのは、あの川原で拾った光る石が、全ての始まりだったということだ。

あれ以来、川辺を歩くことはなくなった。流れる水の音すら聞きたくない。だが時折、夜の闇の中で窓辺がかすかに光って見える。そこに置いたはずの石はもうない。それでも目を凝らすと、確かにきらめいている気がする。夢の中で囁く彼女の声とともに。

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