宮崎に行ったのは、ちょうど十年前。
あの頃はまだ学生で、夏休みの終わりに仲間内で旅行したんだ。五人くらいで。車を借りて、ルートを決めたのは、妙に霊感と自己啓発を履き違えたような先輩だった。名前は伏せとくけど、女。人当たりは良くて、どこか姉御肌っぽいとこもあったから、自然とみんな従ってた。
そいつがやたらと推したのが「高千穂」だった。どうせなら紅葉も見れるし、パワースポット巡って願掛けしようぜって。正直、俺は神社とか興味なかったけど、まあ景色くらいはいいんだろうと思ってた。
初日に行った高千穂峡は確かに綺麗だったよ。水面が黒く光ってて、ボート乗って騒いでたカップルの声がやけに響いてた。神社も何箇所か回った。高千穂神社に天岩戸神社……。
で、問題の「天安河原」。
あそこが、なんというか……妙だった。
先輩いわく、「ここはね、東国原が宮崎県知事に出ようって決めた場所なんだって。すっごくパワーが強くて、体調悪い人とかは寄らないほうがいいんだよ」なんて、もっともらしい口ぶりで説明してくれた。
興味なかったけど、車から降りて歩きはじめたとき、空気が変わったのは分かった。谷底みたいなところに沿って川が流れてて、木々の隙間から光が差してる。その薄明かりの中に、無数の石の山が見えた。
……本当に、文字通り「無数」。
ひとつひとつは子供の手で積まれたような小さな塔。でもそれが、道の両脇にびっしり。三段、五段、七段……いくつもの願いが層になって沈んでいた。誰がどんな気持ちで積んだかなんて分かるわけないのに、どれも妙に切実に見えた。
「これ、写真で見るよりすげえな……」
ひとりがそう言った時、先輩が「ここはしゃがないでね。笑っちゃダメだよ」と真顔で釘を刺した。
奥に進むと、岩のくぼみに祠があった。そこが終点らしかった。小さな洞窟のような空間で、湿った土の匂いが立ち込めてる。で、祠の脇に、子供が二人、しゃがみこんでた。
最初は何の違和感もなかった。
田舎の子供だな、と思った。ランニングシャツにペラペラのズボン。髪はぼさぼさで、輪郭の荒い切り方。都会ではもう見かけない昭和っぽさ。上の子が六歳くらい、下の子は四つか五つくらいに見えた。
で、その二人が、石を積んで遊んでた。
楽しそう……というより、淡々と、呟きながら。ひとつひとつ積み上げて、そのたびに口が動いてた。
耳を澄ますと、言葉が聞こえた。
「〇〇はもうだめやね」
「今夜でしまいや。うらみかっとるけんね」
「××が待っとるよ」
人の名前のように聞こえた。俺はそれを、おままごとの延長くらいに思った。「リアルねねちゃんごっこかよ」と。
ところが、背後から突然、腕を引かれた。振り返ると先輩だった。無言で目だけが笑ってなくて、「さ、ご飯行こ」とだけ言った。
「え、ちょ、今の……」
言いかけた俺の言葉を遮って、先輩が声を潜めた。
「あんま見ないほうがいいよ」
「なんで?」
「バカ……あんた、周り見た?あれだけの石が積まれてて、崩れた跡どこにもなかったよ。あの子たち、どこ歩いたの?それに、今日十一月だよ。あんな夏みたいな服、おかしくない?」
思わず振り返ろうとしたら、先輩に強く止められた。「ダメ、見るなって。目が合ったらついてくるから」
――ついてくる?
冗談にしては、声が震えてた。しかも、ずっと祠の方には目をやってない。
「おまえ、知ってたの?」
「……三年前、ここ来た時も見た」
それ以上は何も言わなかった。けれど、先輩の歩き方が早くなったのを覚えてる。引きずられるように俺も歩いた。
駐車場まで戻っても、頭の中には子供の声が残ってた。「今夜でしまい」「うらみかっとる」……そう繰り返してたのが、どうしても気になって。夕飯の店でも、誰もあの話を口にしなかった。
東京に戻ってから、一度だけ「天安河原 子供 石積み」で検索してみた。でも、そんな噂は出てこなかった。
ただ……「賽の河原」ってあるだろ。
死んだ子供が、親のもとへ帰れるように、仏に会えるように、石を積む場所。鬼が来ては壊して、また積んで、壊されて、また積んで……そういう場所。
先輩の話を思い出す。
「石が崩れた跡なんて、どこにもなかった」
つまり、崩す者がいなかった。誰も壊せなかったってことか。
……もしかして、あの子たちは、あそこから一度も出てないのかもしれない。永遠にあの石の中に閉じ込められて、誰かの名前を呟きながら、今日も石を積んでるんだ。
そしてきっと、次の名前も、もう決まってる――。
[出典:785 :本当にあった怖い名無し:2020/07/15(水) 17:22:25.13 ID:7Ty1/vsL0.net]