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沖縄で拾った軍袋の話 rw+3,169-0211

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ヒッピーに憧れていた。

きっかけはビート・ジェネレーションの詩集と、場末の中古レコード店で見つけたジャニス・ジョプリンだった。あの時代の連中が見ていたという幻覚や、居場所のない魂の震えに、自分の輪郭を重ねたくなった。自由という言葉に触れるたび、何かを脱ぎ捨てなければならない気がしていた。

衝動のまま沖縄行きのフェリーに乗った。梅雨の終わりの那覇港は、潮と油の匂いが混じり合い、湿った風がまとわりついた。当時の沖縄には米軍の払い下げ品が溢れていた。ベトナム戦争が泥沼化していた頃だ。オリーブドラブのパンツ、擦り切れたコンバットブーツ、英語のままのラベルが貼られた軍用食。安く手に入るそれらを身につけ、俺は自分をどこか別の場所に置いたつもりになっていた。

国際通りの端、ゴザを敷いて雑多な品を並べる男に声をかけられた。

「ヘイ、ブラザー。いいモノあるぜ」

黒人の血が混じっているような顔立ちで、日本語に英語を混ぜて話す男だった。名前はトムと名乗った。基地で働いていた母と兵士の間に生まれたと言い、笑った。俺がヒッピーになりたいと言うと、トムはズタ袋と、使い古された分厚い袋を差し出した。

「ジャングルで寝るなら、これがいい。どんな雨でも大丈夫だ」

ずしりと重かった。内側は妙に滑らかで、外側は分厚く、ジッパーは金属製で鈍い光を放っていた。軍の放出品だと聞いたが、それ以上は尋ねなかった。頑丈で、匂いはほとんどなかった。ただ、乾いた薬品のような、鼻の奥に残る匂いがわずかにあった。

目指したのは西表島の、集落から離れた浜だった。地図もろくに持たず、森に入った。湿った空気、絡みつく蔓、足元を這う蟻。最初の夜、ジャングルの中に簡単なテントを張り、その袋に身体を滑り込ませた。ジッパーを上まで引き上げると、外の音が急に遠のいた。

その晩、夢を見た。

腹の奥が焼けるように熱く、右腕に鋭い痛みが走った。自分の身体なのに、どこか他人のもののようだった。誰かに担がれている。耳元で怒鳴り声がする。英語だと分かるのに、意味は理解できない。問いかけられている気がして、ただ頷いた。すると痛みがすっと引いた。代わりに、甘い静けさが広がった。

目が覚めたとき、全身が汗で濡れていた。

二日目の夜も、同じ夢を見た。今度は視界の端に、黒い肌の兵士たちの顔があった。誰も笑っていない。ひとりが俺の耳元に顔を近づけ、何かを確かめるように見つめた。問いが繰り返される。頷く。甘い静けさが落ちてくる。

三日目、夢の中で俺は死んだ。痛みが遠のき、身体が軽くなり、視界が強制的に閉じられる。金属が擦れる音。ジッパーの音だと、夢の中で理解した。何かに包まれ、動けなくなり、音も消える。そこには何もなかった。光も闇もない。ただ、削ぎ落とされていく感覚だけがあった。

目覚めると、ジッパーは自分の喉元まで上がっていた。寝る前は胸のあたりで止めたはずだった。気のせいだと思った。

浜にたどり着いたとき、十数人の男女が裸で笑っていた。酒と音楽と煙の匂いが漂い、焚き火の火が揺れていた。俺も裸になり、輪の中に座った。人の声と笑いがあるだけで、安心した。

それでも夜になれば、袋に入った。

誰もそれについて何も言わなかった。袋のことを尋ねても、知らないと肩をすくめるだけだった。誰かが冗談めかして「軍のモノは丈夫だ」と言ったが、それ以上は続かなかった。

夢は続いた。

夢の中で、俺は毎回違う場所にいた。泥の匂いがする地面、焼けた木の幹、湿った熱帯の空気。担がれ、怒鳴られ、頷き、甘い静けさに落ちる。何度目かには、問いの意味が分かった気がした。だが思い出せない。頷くことだけが、条件のように繰り返された。

ある夜、目が覚めると袋の内側が濡れていた。汗ではない、ぬるい液体が手に触れた。指を鼻に近づけると、鉄の匂いがした。焚き火の明かりの中で見ると、すぐに乾いて何も残らなかった。

袋を外に干した。捨てようとしたが、誰かが先に持っていった。翌朝、自分の寝場所にきちんと畳まれて置いてあった。誰も触っていないと言った。

それから、袋に入らずに寝てみた。地面の上で目を閉じる。夢は来た。痛みも、怒鳴り声も、ジッパーの音も。目を開けると、自分は袋の中にいた。ジッパーは上まで閉じられていた。

浜の連中は、何も変わらず笑っていた。ひとりが俺の目を見て、ゆっくり頷いた。夢の中で俺が頷くのと、同じ角度だった。

いつからか、夢と現実の区別が曖昧になった。浜で目を覚ましているはずなのに、耳元で英語の怒鳴り声がする。焚き火の火が、焼けた森に見える。誰かに肩を叩かれ振り向くと、黒い肌の兵士が立っている気がする。

今はもう沖縄を離れている。袋も持っていない。焼いて処分したはずだ。

それでも、ときどき夜中に目が覚める。暗闇の中、喉元に冷たい金属が触れている感覚がある。ゆっくりと、上へ引き上げられていく気配。耳元で、あの問いが繰り返される。

意味は分からない。

ただ、条件だけは覚えている。

頷けば、楽になる。

頷かなければ、どうなるのかは、まだ知らない。

だが最近、鏡に映る自分の目が、少しだけ笑っていないことに気づいた。

[出典:982 :本当にあった怖い名無し:2020/08/09(日) 03:26:40.80 ID:12mDWFX70.net]

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