十歳の頃、私はある事情で二年間、山奥の祖父母の家に預けられた。
理由は聞かされなかった。ただ、ある日突然、最低限の着替えだけを詰めた鞄を持たされ、電車とバスを乗り継ぎ、最後は祖父の軽トラックに揺られて、舗装もされていない山道を登った。その移動の長さと、誰も途中で何も説明しなかったことだけが、今も異様に記憶に残っている。
祖父母の家は、山の斜面に貼り付くように建っていた。古い木造の平屋で、昼間でも室内は薄暗い。周囲は杉林に囲まれ、空は常に狭く切り取られて見えた。湿気が抜けず、畳は重く、布団からは埃と黴が混ざった匂いがした。
祖父は無口で、一日中畑か山に出ていた。祖母も必要なことしか話さなかった。二人とも私に優しくはあったが、どこか距離を測っているような、不用意に触れてはいけないものを見る目をしていた。
私が「いつ帰れるの」と聞くと、祖母は必ず視線を逸らし、「山から出てはいけないよ」とだけ言った。帰るとはどこへなのか、その言葉の意味を説明することはなかった。
奇妙な決まりごとが二つあった。一つは、敷地から出ないこと。もう一つは、髪を切ってはいけないということだった。
来る前は肩までだった髪は、切ることを許されないまま伸び続けた。一年で背中の半ばまで、二年目には腰に届いた。束ねても重く、首や肩に常に負荷がかかる。夏の夜、首筋に貼りつく感触が不快で、まるで自分のものではない何かが触れているように感じることがあった。
ある時、我慢できずに自分で切ろうとした。ハサミを持った瞬間、祖母が血相を変えて飛んできた。
「切るな」
声は低く、震えていた。祖母はハサミを奪い、私を見なかった。視線は、私の背中のあたりに固定されていた。
「どうして」と聞くと、祖母は声を落として言った。
「やまんかんさーが、見ておる」
意味は教えなかった。その言葉だけが、耳に残った。
それから私は、山の中で常に視線を意識するようになった。木々の隙間、影の溜まる場所、背後の空気。誰かに見られているという感覚が、消えなかった。
退屈に耐えかね、私は少しずつ行動範囲を広げた。ある日、雑木林の奥へ踏み込んだ。獣道を辿っているうちに、林が途切れ、円形の空間に出た。
草も木も生えていない赤土の広場だった。周囲の木々は、その場所を避けるように歪んでいた。音が消え、風が止まった。
足元の土は柔らかく、踏むと沈んだ。引き返そうとしたが、足が動かなかった。
その時、背中の髪が、ずるりと持ち上がった。
風はない。髪はゆっくりと宙に引き上げられ、頭皮が引き剥がされるような痛みが走った。声が出なかった。
杉林の影が、こちらを見ていた。数ではなかった。形でもなかった。ただ、視線だけが集まっていた。
「やまんかんさーが、見ておる」
その言葉が浮かんだ瞬間、髪を引く力が強まり、身体が浮いた。爪先だけが土に触れていた。
次に気がついた時、私は家の布団に寝かされていた。祖母が枕元にいた。何も聞かず、赤飯と焼酎を出された。理由は言われなかった。拒否は許されなかった。
翌朝、髪は肩のあたりで切られていた。床には、新聞紙に包まれた大量の髪が置かれていた。毛皮のようだった。
その日のうちに、私は山を下りた。
二十年以上が過ぎた。祖父母はいない。山の家がどうなったかも知らない。
ただ、今でも髪は伸びる。切った記憶はある。だが、いつ切ったのか思い出せない。
先日、古い写真を整理していて、あの頃の写真を見つけた。裏には、祖母の文字が書かれていた。意味は読めない。ただ、最後に乱れた筆跡で、問いの形だけが残っていた。
『次は』
私は写真を伏せた。
その夜、髪を洗っていると、排水口がすぐに詰まった。思ったよりも量が多かった。
こんなに、伸びていただろうか。
鏡を見ると、背後の空間が、妙に暗く見えた。
(了)
[出典:27 :本当にあった怖い名無し:2012/02/14(火) 21:18:43.18 ID:VspBjAl3O]