自転車鬼ごっこをしていた日のことは、いまでも季節ごとに思い出す。
近所に、やたらと広い墓地があった。俺と弟、儀一、茂吉、清助の五人で公園を走り回っていたが、儀一が「墓地まで広げよう」と言い出した。鬼は茂吉になり、俺と弟と清助は同じ方向へ、儀一だけが反対側へ逃げた。初めて入る場所に弟は怯えていたが、俺は「すぐ戻る」と言って儀一の後を追わせた。
しばらくして集合場所に戻ったが、弟と儀一が来ない。日が傾き始め、嫌な予感がした。家に戻ると、弟は先に帰っていて、泣きながら「儀一が止まった」と言った。
止まった、というのが最初は理解できなかった。
弟の話では、細い小道に入ったところで、儀一が急に片足を上げたまま固まったという。転びかけた姿勢のまま、瞬きもせず、声をかけても反応がない。触れようとしたが、怖くなって逃げ帰った。
母と三人で探しに戻った。墓地の奥、神社へ抜ける薄暗い道の途中に、自転車が横倒しになっていた。少し先で、儀一が本当に止まっていた。
片足を上げ、腕を中途半端に振った姿勢のまま、地面に影だけが揺れている。風は吹いていたのに、儀一の服は動かなかった。
母が腕を引いた瞬間、儀一は倒れ込んだ。「なんでみんないるの?」とだけ言った。隠れようとしていた、と言うが、あの姿勢で、あの時間、どうやって立っていたのかは説明がつかなかった。
それから、儀一は少し変わった。
呼びかけに一拍遅れて反応する。話の途中で急に黙る。写真に写るとき、なぜか輪郭がぼやける。気のせいだと思うことにしたが、俺だけは気づいていた。儀一の視線が、ときどき俺の背後を見ていることに。
数年後、ライブ帰りに偶然再会した。酒の勢いで、あの場所へ行こうという話になった。深夜三時、墓地を抜け、神社の脇の階段を下りる。あの日と同じ道だと、儀一は言った。
細い道の途中で、儀一が立ち止まった。「ここだ」と小さく言った。
次の瞬間、俺の腕を強く掴み、走り出した。
気づいたとき、空は明るくなっていた。時計を見ると、昼近い時間だった。走っていた記憶はある。だが、そこから先がない。
儀一は吐き気を訴え、コンビニで水を買って座り込んだ。「見えた」とだけ言った。何が、と聞いても答えなかった。
翌日、儀一の家を訪ねると、妹が出てきた。「兄ちゃん、昨日から様子がおかしい」と言う。部屋に入ると、儀一は椅子に座ったまま、どこも見ていなかった。
「昨日、どこまで覚えてる」と聞くと、「聞かないでくれ」と言った。そのとき初めて、儀一の声が、少し遅れて口から出ていることに気づいた。
それから儀一は学校に来なくなり、やがて町からいなくなった。引っ越したと噂されたが、確かなことは誰も知らない。
半年後、知らない番号から電話があった。儀一だった。
「ここにいる」とだけ言い、地名を告げたが、聞き取れなかった。雑音が多かったのか、それとも俺の耳が拒んだのか分からない。
「あの夜、止まってたのは俺じゃない」と儀一は言った。
「俺は動いてた。動けた。お前らが止まってた」
電話はそこで切れた。
その後、儀一から連絡はない。
だが、最近になって、あの夢を見る。暗い道の途中で、片足を上げたまま立っているのは儀一ではない。俺だ。視界の端で、誰かがこちらを見ている。声を出そうとしても出ない。時間が止まっているのか、俺だけが遅れているのか分からない。
目が覚めると、部屋の時計の秒針が、ほんの一瞬だけ止まる。
気のせいだと思いたい。
だが先日、昔の写真を整理していて気づいた。あの日の墓地で撮ったはずの一枚に、五人いる。俺、弟、茂吉、清助。そして、知らない男が一人、片足を上げたまま写っている。
顔は、俺に似ている。
[出典:1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2006/03/16(木) 18:06:05.92 ID:DaR4HBqR0]