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謎の三文字 r+4211

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俺は、ある古びたアパートの一室、104号室に一人暮らしをしている。

二階建てのそのアパートは、どこにでもありそうな平凡な建物だった。薄い壁、古びた階段、無機質なコンクリートの外観。家賃の安さを重視して選んだが、それ以外に特筆すべきことはない――そう思っていた。

しかし、平凡だった生活は、ある日を境に崩れ去った。

その日、仕事帰りにスーパーで夕飯を買おうと外に出た俺は、アパートの前に止まる数台のパトカーを目にした。赤い回転灯が静かな夜を染め、見慣れた風景を一変させていた。

「何かあったのか?」

不安を感じながらも、住人たちの姿が見当たらない静けさに違和感を覚えつつ、そのままスーパーへ向かった。

スーパーでカゴに食材を入れていると、隣の103号室に住む水梨さんと出くわした。三十代半ばの彼女は、明るく世話好きな性格で知られている。だが、その日の彼女は別人のようだった。

「あんた、大丈夫?」

開口一番、彼女の言葉に戸惑う。

「え? 何かありましたか?」

「お宅の部屋、何ともないの?」

何ともない、という言葉の意味がわからなかった。特に変わったこともないと答えると、水梨さんは重々しく語り始めた。

「昨夜ね、201号室と101号室の人が、ほぼ同じ時刻に殺されたのよ。目玉をえぐられて、首を切られてたって……」

心臓が跳ねるような感覚がした。買い物カゴを落としかけた俺をよそに、彼女の話は続く。

「それだけじゃない。102号室の人が言ってたんだけど、夜11時ごろ、複数の部屋から電話の音が聞こえたんだって。それが何度も鳴った後、突然止まって――」

彼女は一度息を呑み、声を潜めた。

「三文字の言葉が響いたらしいのよ。」

「三文字……?」

その言葉の意味を尋ねようとしたが、水梨さんは先を急ぐように話し続けた。

「その言葉が聞こえた直後、殺されたらしいの。だから、あなたも気をつけて。隣なんだから……」

気丈に振る舞おうとしているが、彼女の声は震えていた。その言葉を胸に刻みながら、俺はアパートに戻った。

部屋に戻った俺は、水梨さんの話を思い出していた。殺人、三文字の言葉、そして電話――一体何が起こっているのか。

時計は夜11時を指そうとしていた。普段なら寝ている時間だが、どうしても眠れなかった。不安が脳裏を支配し、神経が研ぎ澄まされていく。

そして、時計が11時を回った瞬間――

「プルルルル……」

耳をつんざくような電話の音が、アパート中で一斉に鳴り始めた。

胸が高鳴る。隣の103号室、上の202号室、さらには俺の部屋の電話も鳴り続けている。

――取るべきなのか?

だが、水梨さんの言葉が脳裏をよぎる。電話を取ったらどうなる? それとも、取らないほうが危険なのか?

葛藤の中、隣の103号室の様子を確認しようと部屋を飛び出した。ノックをすると、水梨さんが震える手で電話を取ろうとしているのが見えた。

「取るな!」

叫んだが間に合わなかった。彼女は受話器を耳に当ててしまったのだ。

「はたよ」

三文字の言葉が部屋に響く。息を呑む俺。水梨さんも、しばらく動かなかった。

「……なんだ、何も起こらない……?」

そう思った瞬間、水梨さんの背後で、影が蠢いた。

「逃げろ!」

俺の叫びと同時に、彼女の体が倒れ込む。足元に広がる赤い液体。それ以上見ていられず、俺は103号室を飛び出した。

部屋に戻ると、電話はまだ鳴り続けていた。鼓動が速まり、手が震える。取るべきか否か――だが、水梨さんの最期が脳裏をよぎる。

覚悟を決め、俺は受話器を手に取った。

「おそい」

冷たい声が耳元に響く。その瞬間、部屋全体が暗闇に包まれた。

「コンコン……」

玄関を叩く音がした。

「誰だ……?」

声を震わせながら尋ねるが、返事はない。ただノック音が繰り返されるばかりだった。

意を決し、ドアを開ける。そこには――誰もいなかった。

だが、足元にメモが落ちているのに気づく。拾い上げると、そこには震える文字で「つぎは103」と書かれていた。

背筋が凍る。振り向いた先には、103号室でまた電話が鳴り始めていた。

体が動かない。だが、このままでは何か恐ろしいことが起こる。震える手でスマホを取り出すも、通信は圏外。

その瞬間、自分の部屋の電話が再び鳴り出した。

「プルルルル……」

音がどこまでも重く響く。意を決し、受話器を掴む。

「もうおそい」

冷たい声が耳元で囁いた瞬間、背後から何かが近づく気配を感じた。

振り返ると、黒い影が窓越しにこちらをじっと見つめている。人の形をしているが、不自然にねじれたその姿は、明らかにこの世のものではなかった。

恐怖の中、俺は窓を開け、外へ飛び降りた。足を捻挫しながらも走り出す。

アパートを振り返ると、104号室の窓に黒い影が貼り付いていた。それが笑っているかのように見えたのは、錯覚ではないだろう。

全身の力を振り絞り、近くのコンビニへ駆け込んだ。明るい店内で、ようやく通信が復旧していることを確認する。警察に電話をかけ、アパートで起きていることを説明した。

だが、返ってきた答えは信じ難いものだった。

「……104号室? あそこは何年も前に火事で焼け落ちてますよ?」

検索してみると、そこには焼け落ちた廃墟の写真が映っていた。

――俺は、一体どこに住んでいたのか。

それから、俺は二度とあのアパートには近づかなかった。だが、深夜11時になるといまだに携帯電話に通知が届く。

そこに表示される三文字は――「おそい」。

[出典:964 名前:BEAR 投稿日:03/02/18 00:40]

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