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戻れなかった夏 rw+5,222

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青森の山を車で走っていたのは、大学時代の夏休みのことだ。

友人二人と、ただ気晴らしのつもりで出かけた。道の駅で買った安いアイスの甘さがまだ口に残っていたが、山道に入った途端、空気が変わった。蝉の声が途切れ、ラジオに混じるノイズだけが不自然に耳に残る。

運転していたKは、地元の噂話にやけに詳しかった。杉沢村の話を軽く持ち出し、地図に載らない村だの、昔住人が消えただのと、冗談めかして語る。そのたびに、理由の分からないざわつきが胸に広がった。

同じ杉の幹が延々と続く中、唐突に視界が開けた。古びた鳥居が一本、道の脇に立っている。赤だったはずの色は剥げ、柱は灰色に沈んでいた。

鳥居の下に並んだ二つの石を見たとき、隣のNが小さく息を呑んだ。
「……ここ、戻れなくなるって聞いたことある」

Kは笑い、ブレーキを踏まなかった。私も止める言葉を探したが、喉が乾いて声にならず、結局そのまま鳥居をくぐってしまった。

中へ入った瞬間、足元の感触が変わった。湿り気が靴底からじわじわ伝わり、昼間のはずなのに周囲は妙に暗い。光が杉の葉の奥で吸い取られているようだった。

百歩も進まないうちに、古い家が現れた。屋根は崩れ、壁は裂け、風に乗って湿った畳の匂いが漂ってくる。四軒並んでいたが、どれも長い間、人の手が入っていないことだけははっきり分かった。

Kが一軒に入り込む。嫌な予感を抱えたまま、私とNも後に続いた。

薄暗い部屋の壁に、茶色く乾いた染みがあった。人の手でこすりつけたように不規則で、それが何であるかは考えないほうがいいと、本能が告げていた。

Nが震える声で言った。
「……人がいる気がする」

空っぽの家の中で、確かに視線だけが残っているような感覚があった。私たちは何も言わず外へ飛び出した。

戻ろうとして歩き出すと、静けさが異様だった。虫の声も鳥の声もなく、自分たちの足音と呼吸だけが、林の中で鈍く響く。

しばらく歩いても、鳥居が見えない。同じ杉、同じ笹藪が続くだけだった。
「一本道のはずだろ」
Kの声が苛立っている。その声が林に吸われ、少し遅れて返ってくるのが気味悪かった。

Nは私の腕を強く掴んだ。
「戻れない……」

その言葉を聞いた瞬間、ここがそういう場所なのだと、なぜか納得してしまった。

どこかで何かを間違えたのだと。

必死に走り、気づいたときには私は一人だった。KもNも見えない。どちらへ進んでも同じ景色が続き、方向感覚が失われていく。

やがて、黒い影が視界に浮かんだ。車だった。

転がり込むように運転席に座り、キーを回す。だがエンジンは反応しない。静まり返ったまま、時間だけが過ぎていく。

そこで意識が途切れた。

次に目を覚ましたとき、外は薄明るかった。鳥の声が聞こえる。車の中には私しかいない。

NとKはいなかった。

スマートフォンを見ると、午前三時四十七分と表示されている。山に入ったのは、まだ夕方だったはずだ。

その後のことは断片的だ。山道で倒れていたところを地元の人に保護され、病院へ運ばれたらしい。警察にも話をしたが、杉沢村の話題になると、誰もそれ以上踏み込もうとしなかった。

数日後、私は病室から姿を消したことになっている。

これはおかしな話だ。なぜなら、この文章を書いている私自身が、今も確かに存在しているからだ。

ただ、鏡を見るたびに思う。
映っているのは、本当に「私」なのだろうか。

頬の色は薄くなり、唇は少しずつ黒ずんでいく。
あの山で、何を置いてきて、何を連れてきてしまったのか。

それだけが、どうしても思い出せない。

(了)

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