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白髪の門番 r+1,823

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実家は、端的に言って、広い。

田舎にしては異様なほどに敷地がだだっ広くて、畑に温室、竹林に動物小屋跡まである。
門が五つもあって、まるで旧家というより廃寺のような趣がある。

父方の先祖は、昔このあたり一帯の地主で、市史にも名前が残っているという。
そのくせ母屋は地味で、家族が七人住んでもまだ余る程度の広さしかない。
その代わりというわけでもないだろうが、敷地のいたる所に、古い家屋の残骸が点在している。

竹林の奥に迷い込んだら、どこまでがうちの土地なのか、初めて来た人間には絶対に分からないと思う。
いや、子供の頃の私たちでさえ、把握していたかどうか怪しい。

それがどういうことかというと――
要するに、居ていい人間と、居ちゃいけない人間の区別がつきにくいということだ。

昔から、庭に見知らぬ影を見つけることは珍しくなかった。
庭師の爺さんや近所の子どもたち、家族ぐるみで付き合いのある親戚、
時には宅配便やリフォームの営業、白蟻駆除業者まで入り込んでくる。
門のところにインターフォンが無いので、呼び鈴の代わりに、勝手に庭を歩くのが慣例になっている。

それに混ざって、ごくたまに、見てはいけない人がいる。

たとえば、もう何年も前に亡くなった近所のお婆さん。
檀家にしている寺の、代替わりする前の住職。
記憶の中では火葬まで見届けたはずの、親類のおじさん。

兄や姉も、同じようにそれを見ていた。
そしてみんなで、こう言って笑うのだ。
「死んだ人も、たまには散歩したいんだろうね」と。

そんな私たちが、本当の恐怖を味わったのは、私が小学六年の秋のことだった。

曾ばあちゃんが風呂場で倒れた。
原因は、風呂の窓の外に人影があったことに驚いて、転倒したのだという。
風呂場の裏手は、さすがに誰も通らない。
どんなに馴染みの人でも、夜の入浴中にそこを通る理由は無い。

家族は不審者だと騒ぎ、警察に通報し、風呂の鍵を変えた。
でも私は何となく、そういう話じゃない気がしていた。
だって曾ばあちゃん、風呂の中で「誰?」と呟いたらしいのだ。
「なにしてるの」とか「出てけ」とかじゃない。「誰?」と。

そしてその週末、曾ばあちゃんが入院して、両親が病院へ行き、
姉Bは部活で帰宅が遅く、家には兄、姉A、私の三人。
食後、兄が一人で庭に出て行った。たぶん、隠れてタバコでも吸いに行ったんだろう。
私はテレビの前でうたた寝しかけていた。
その時、外から突然怒鳴り声が聞こえた。

「この変態野郎!逃がさんぞぉおお!!」

玄関に飛び出すと、兄が鬼のような形相で戻ってきて、私を押し込めながら電話を取った。
「警察!警察呼んで!!」

居間に戻ると、姉Aが風呂上がりのまま、上半身をバスタオルで覆いながら震えていた。
すぐに理解した。覗かれたのだ。しかも曾ばあちゃんの時と同じように。

犯人は、姉の高校の同級生だった。
彼女に告白して振られた腹いせだったのだという。
問題は、その後の話だ。

犯人は逃走中、土地の構造を知らないまま敷地の奥深く、竹林と家庭菜園の間に入り込んでしまった。
前にも後ろにも進めず、身を屈めながら道を探していると、
唐突に、頭上から怒鳴り声が落ちてきた。

「ぬしゃあああ!どこ見て歩いとるんじゃああ!!」

声の主を見上げると、竹林の先に、白髪で大柄な男が立っていた。
目は光を失っていたが、殺気だけがぎらついていたという。

犯人は反射的に方向転換し、正門へ向かって走った。
そこで再び立ち止まった。
セーラー服の姉が立っていたのだ。たった今まで風呂場で見ていたはずの、その姿が。

脳が混乱した犯人がその場に立ち尽くしたところを、
偶然通りかかった自転車の警官に、文字通り捕獲された。

……後で分かったことだが、それは姉Aではなく、部活帰りの姉Bだった。
双子の姉妹で、知らない者が見れば区別がつかない。
犯人は姉が二人いることを知らなかったのだ。

それより不可解なのは、白髪の老人のことだった。
誰ひとり、そんな男を目撃していなかったのだ。
姉Bは声を聞いたが、姿は見ていない。
警察も、そんな男は見ていないと言った。

病院の曾ばあちゃんにこの話をすると、しばらく口を利けなかった彼女が、ぽつりと一言だけ喋った。

「あれは、うちの人です」

曾じいちゃん。もう何年も前に死んだはずの、曾ばあちゃんの夫。
亡くなる前は、曾ばあちゃんにやたらと優しかったらしい。
「若い嫁に苦労させた」って、死ぬまで言っていたそうだ。

……そして、それからだ。

やけに訪問営業が減った。
それどころか、たまに訪ねてくるセールスマンが言うのだ。

「おじい様にお声がけしたら……怒られてしまいまして」
「ご挨拶もせずに入ったら、すごい剣幕で……申し訳ありません」

みんな決まって、「白髪で大柄な老人」と証言した。

私は、あの白髪の門番が、ずっと曾ばあちゃんを見張っていたのだと思っていた。
生きているあいだ、ずっと、彼女を守っていたのだと。

でも……曾ばあちゃんが亡くなった年の冬、曾じいちゃんの姿はぱたりと見えなくなった。
姉たちは「天国に一緒に行ったんだね」と泣き笑いしていたが、父は違った。

「曾じいちゃん?アイツな、実は二回ムショに入ってる。
人は優しかったけど、悪かったんだよ。きっと地獄に行ったんじゃねえか?」

私たちは沈黙した。
……あの白髪の門番は、果たして“守っていた”のだろうか。
それとも、“誰も近づけさせたくなかった”のだろうか。

今も夜中になると、竹林の奥にうっすら白い影が揺れている。
風のせいか、怨念か、それとも……まだ門の番をしているのか。
わからない。ただ、私はもう絶対に夜の庭に出ない。

[出典:859 :実家の話1:2011/04/21(木) 21:46:03.57 ID:w+nXP0B1O]

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