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短編 山にまつわる怖い話

おかげ犬(犬のお伊勢参り)

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知り合いの話。

とある鄙びた峠道を歩いていると、いつの間にか犬が一頭、後をついてくる。

痩せた白い体毛の犬で、首には大きな風呂敷包みを提げている。

彼の方を見上げてクンクンと鼻を鳴らすので、魚肉ソーセージを分けてやった。

犬は喜んでむしゃぶりついて食べ始めたが、その際にどこか緩んだものか、首から風呂敷が外れて落ちた。

軽い金属音が響き、風呂敷から小さい物が零れて出てくる。

古銭だったという。

結構な量が入っていたそうだ。

犬が困ったような顔をしたように見えたので、古銭を丁寧に拾い集め、風呂敷に包み直してから、首にしっかり結わえてやったという。

犬は彼の手に頭を擦りつけると、早足で道を駆けていったそうだ。

その少し後、休憩中に行き会った登山者に、この犬の話をしてみた。

「変わった首輪をした犬を見かけましたよ」と。

登山者はどこか哀しそうな顔をすると、次のようなことを教えてくれた。

「それって、おかげ犬っていうんですよ。昔、お伊勢参りに行きたくても行けなかった人が、自分の替わりとして飼い犬に餌代とお賽銭を持たせて、伊勢神宮まで送り出したってことらしいです。割りとあったことだそうで、無事に伊勢の御札と奉納受領書を持って帰ってきた、という話はあちらこちらに残っているんだとか」

「ただね、この山道を彷徨いている犬って、随分と昔から目撃されてるんですよ。かく言う僕も子供の頃に見た憶えがあります。やっぱり白くて薄汚れて、腹をすかせていて、古銭の入った風呂敷を巻いてました。地元じゃ、お伊勢さんに辿り着けずに迷ってしまったんだろうな、と言われてます」

それを聞いた彼が微妙な顔になったのに気が付いたのか、登山者は慌ててこう続けた。

「いや、本当に同じ犬なのかどうかもわかりませんし。幽霊じゃなくて生きてるみたいだし。田舎の与太話ってことで、あまり気にされないで下さい」

それ以来彼は、その道を通る度に、風呂敷を巻いた白犬の姿を探してしまうそうだ。

しかし再度の出会いはしていないという。

704 :雷鳥一号 ◆jgxp0RiZOM :2014/11/08(土) 20:51:26.99 ID:yJ0I1P2A0.net

(了)

参考資料

最近では、自分自身の過去と向き合うことを「巡礼」と呼ぶらしいが、こちらは正真正銘の巡礼の話である。ときは江戸の時代、ところは伊勢神宮。だが、ここでお参りを行ったのが犬であったというから、只事ではない。

最初に犬の伊勢参りが行われたのは、明和8年(1771年)4月16日の昼頃のこと。突然、犬が手洗い場で水を飲んでから本宮の方へとやって来て、お宮の前の広場で平伏し拝礼する格好をしたのである。その場にいた神官たちにとって、これはまさに事件であった。

犬の飼い主は山城国、久世郡槙の島に住む高田善兵衛という者。つまりこの犬は、飼い主の元を離れ、山城の国のからはるばる伊勢までお参りにきたのである。

「境内に犬を入れるな」とは、古くからの伊勢神宮における決まり事であった。犬が死んだり、お産をしたり、死肉片をくわえてきたりすることも、全て穢れとされてきた。だが、その法すらも簡単に破られてしまったのである。そしてその後も、犬の伊勢参りの目撃談は、続々と頻出することになる。

当時、ほとんどの人が「一生に一度はお伊勢参りに行きたい」と思っていた時代である。式年遷宮のある年などは、とくに参拝者も多かったという。しかし、伊勢参りに行けるのは、ある程度生活にゆとりがある大人がほとんど。女性、奉公人や子供たちは行きたくてもなかなか行くことが出来なかったのだ。

これら庶民の伊勢参り願望は、しばしば「抜け参り」という行為を発生させた。仕事も何もかも放り出し、親や主人にも黙って、仲間と示し合わせて伊勢へ向かう。その抜け参りがさらに大規模になると、「御蔭参り」と呼ばれた。冒頭の犬は、御蔭参りの集団の後を追いかけていくうちに、うっかり伊勢神宮まで来てしまったのではないかと目されている。

だがその後は、主人が自分の代わりにと犬に思いを託して行かせたケースなども登場する。一旦飼い主のもとを離れた犬には、「えらい犬だ」「伊勢参りの犬だ」とみんなが感心して銭を施してくれる。重くなりすぎて犬も大変そうだと、周りの人が銭を運ぶ。まるでお祭り騒ぎのうちに、事が運んでしまうのだ。

日本の犬の単独旅行、最長距離記録も伊勢参りの犬によって樹立されている。幕末の嘉永年間に3年間の月日をかけて、青森・黒石と伊勢神宮との間を往復したのだ。その距離、推定で約2400Km 。しかも、このケースが凄いのは、誰かの勘違いがきっかけであったらしいということだ。

この犬を偶然見かけた人が、「もしかしたら、これが噂に聞く伊勢参宮の犬ではないか。」と思う。そこで、どこの犬か誰でもわかるようにその犬と出合った場所、を木札に書き記して首から下げ、それから道中使えるようにと銭の穴にひもを通し、首にまいてやる。これにて、立派な「伊勢参りの犬」の出来上がりというわけなのだ。

誰かが、この犬を伊勢参りの犬ではないかと思った瞬間、本当に伊勢参りが始まる。荷物が増えれば、宿場から宿場へ、皆が運んでくれる。善意の人たちが至る所にいた時代。犬にしてみたら、さぞかし迷惑であった可能性もある。善意と悪意は、まさに紙一重だ。

さらに本書では、犬だけではなく、豚や牛の伊勢参りについても言及されている。しかも豚にいたっては、広島から船で瀬戸内海を抜け、潮岬をまわり熊野灘に出ることによって、伊勢神宮へやってきたというから驚く。豚が伊勢参りをした年は式年遷宮の年。願主は豚に代参させてまでも伊勢参りをしたかったのかもしれない。

伊勢参りをはたした犬の多くが、白い犬であったという点も見過ごせない事実である。古来より白犬には霊力があると言われてきた。日本武尊は信濃で道に迷った時、白犬に導かれて美濃に出たとされてきたし、平安時代、関白・藤原道長は法成寺を建立し、白い犬をお供にお参りした。

その霊力の真偽はともかく、白い犬の伊勢参りの話が広まるにつれ、その後も白い犬ばかりを参宮させようとする力学が働く。極端な話、白い犬が伊勢の方向へ歩いているだけで、「この犬は伊勢参りしようとしているのではないか」と思い込んでしまうことも起きかねなかったのだ。

人々が「伊勢参りの犬」と認識しない限り、犬は伊勢に向かうことも帰ることもできない。犬たちは周りの人たちが期待しているように行動すれば、やがてうまいものにありつけることも知っていたものと思われる。それを「お参り」という行為に結びつけて解釈したのは人間の方なのである。犬の伊勢参りは人の心の生み出した産物でもあったのだと著者は言う。

そんな犬の伊勢参りだが、明治になって間もなく途絶えてしまうことになる。文明開化とそれに伴う洋犬至上主義が、まさに犬の飼い方まで変えてしまったのだ。最後のものと思われる犬の伊勢参りは明治7年、東京日本橋・新和泉蝶の古道具屋渡世の白犬によって記録されている。やがて犬の伊勢参りは、そういう事実があったことさえ人々の記憶から抜け去ってしまうこととなった。

それにしても、犬の伊勢参りが行われていた時代の日本、まさに魅惑のワンダーランドである。伊勢神宮の厳粛さと、犬・豚・牛の参拝という猥雑さが織りなす、奇跡的なスペクタクル。信じることが苦行の道のみにあらず、信仰と娯楽が十分に共存していた時代の話。まるでお伽話のようなノンフィクションであった。

美しい共同体と、そこにあったケミストリー。これは過去の日本人の姿と向き合うことで見えてくる、「喪失の物語」でもある。

[出典:http://honz.jp/24933]

 

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