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長編 r+ 洒落にならない怖い話 ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

裳抜けの妹 R+8000

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あらすじ

妹には精神病を患う彼氏がいたが、彼氏が新しい恋人(以下、徳子)を作ったことで別れることになった。その後、彼氏は妹の家族に助けを求めてきたが、徳子が実は暴力的で、背後にはヤクザの父親がいるという事情が判明。徳子は彼氏を暴力で支配し、脱出を試みた彼氏は妹の家で匿われることになる。

妹の家族と彼氏は徳子からの嫌がらせや脅迫に苦しむ。最終的に彼氏は失踪し、妹も徳子によりひどい暴行を受け廃人同然となる。警察や親に頼れない状況下、妹の兄は必死に彼氏の捜索や妹の保護を試みるも、問題の根本解決には至らなかった。後日、徳子が子供を連れている姿を目撃し、彼氏の行方は分からないまま妹の精神的回復も叶わない。この体験は未だに家族に深い影を落としている。

俺には妹がいる。妹の顔は雛形あき子にかなり似ている。

妹には彼氏がいたのだが、その彼氏が問題だった。精神病を患っているらしく、境界性人格障害というやつだ。半年ほど付き合っていて、その間よく家にも遊びに来ていた。

ある日、妹が突然俺の部屋に来て抱きついてきた。泣きながら「捨てられた」と言う。聞けば、彼氏に新しい彼女ができたらしい。

俺はかなりがっかりした。彼氏は俺より年下だったが、引きこもりの俺によく電話をくれたり、車で遊びに連れ出してくれたりした。俺は妹とは違い、ブサイクで人に避けられる人生を送ってきたから、そういう付き合いがすごく嬉しかったのだ。

妹の話を聞いて腹が立った俺は、彼氏に電話して「後日会って話さないか?」と持ちかけた。彼氏は最初断ったが、粘り強く交渉した結果、「今の彼女を同席させるなら」という条件付きで会うことになった。

当日、待ち合わせの喫茶店に行った。窓から彼氏の姿が見えたが、隣に美女はいなかった。トイレにでも行っているのだろうと思いつつ店内に入り、彼氏の席に向かった。

彼氏の顔を見て驚いた。顔から首にかけて傷だらけで、右腕にはギプスを巻いていた。元々イケメンだった彼がこんな姿になっているのを見て、俺はすっかり動揺した。

何を話すつもりだったのかも忘れ、挨拶や注文をしながら何とか誤魔化した。珈琲が来ても彼女の姿は見えず、「今日は彼女来ないの?」と尋ねたところ、「もうそろそろ来ます」という返事。

落ち着いてきた俺は「その怪我どうしたの?」と聞いたが、彼氏は目を合わせず「階段で転んだ」と言うだけ。明らかに嘘だと思った俺は、気付かれないように話の流れを変えながら、それとなく尋問のような形で質問を続けた。

そんな時、彼女がやって来た。驚くほどの美人で、若い頃の藤原紀香をさらに細くした感じだった。

彼女は最初笑顔だったが、俺を見るなり不機嫌そうな表情になった。それに対して彼氏は明らかにビクビクしていた。テーブルが小刻みに震えているのに気づいたが、それは彼氏の足が震えていたからだった。彼氏は俺と目を合わせず、ずっと下を向いていた。

この時、俺は彼氏の傷がこの彼女、つまり藤原紀香似の美女(以下「徳子」と呼ぶことにする)が付けたものではないかと直感した。

徳子は彼氏を代理する形で俺と話を進めたが、終始嫌そうな態度だった。「で?」「で?」と苛立たしげに会話を促すような調子だ。結局、大した話もできないままその日は解散。別れる間際、徳子に「彼氏にもう連絡しないで。今度電話をしたら許しません」と大声で言われた。周りの客がこちらを見ているのが分かるほどだった。

帰り際、彼氏が申し訳なさそうに深々と頭を下げていたのを見て、俺は「これ以上関わらない方が良さそうだ」と直感した。妹にもその旨を伝えた。

しばらくして、彼氏から電話があった。「家に泊めてほしい」と切羽詰まった声で言う。場所を尋ねると、家の近くにいるとのこと。妹の手前それは無理だと言うと、電話越しで彼氏が泣きながら「話を聞いてほしい」と懇願してきた。

事態を重く感じた俺は、電話を妹に渡した。妹が彼氏と2~3分話した後、毛布を持って外に出て行った。なんと彼氏はトランクス一丁で家の近くに来ていた。毛布に包まれて玄関に来た彼氏は、涙でぐちゃぐちゃになりながら俺に「すみませんでした!」と大声で土下座。驚く俺の横で、妹が「あなたは悪くない、気にしないで」と泣きながら彼氏を励ましていた。

玄関先には独特の匂いが漂っていた。彼氏をよく見ると、ひどく痩せ細り、背中には無数の傷があった。まるで拷問を受けたかのような痕跡だった。この時、俺はすぐに「徳子がやったな」と察した。

彼氏を玄関に座らせておくのも気の毒なので、家に泊めることにした。妹の部屋を使ってもらい、彼氏を風呂に入れて飯を食わせ、寝かせた。

翌日、落ち着いた彼氏から話を聞くことにした。

彼氏は震えながら、断続的に語り始めた。

彼氏は精神病院の待合室で徳子と出会った。徳子も患者の一人で、顔を合わせるうちに友達になったという。ある日、病院帰りに徳子から「珈琲でもどう?」と誘われ、ホイホイと付いていった。その日のうちに肉体関係を持ってしまったらしい。彼氏曰く「彼女が誘ってきた」とのこと。

それ以来、徳子から頻繁に連絡が来るようになり、ある朝、彼女から「妊娠した」と言われた。彼氏は母子家庭で経済的にも厳しく、責任を取るのは難しかった。そのうち、徳子の父親(実はヤクザの組長)から電話がかかってきた。

徳子の父親、ヤクザの組長は、彼氏にこう告げた。「娘を傷物にしたのだから責任を取れ。今回は中絶させるが、卒業したら結婚しろ。それまで娘のマンションで同居しろ。」彼氏は怯え切ったまま念書を書かされ、その場を解散となった。

翌日、知らない男たちが彼氏の部屋にやってきて、勝手に荷物をまとめ、徳子のマンションへ連行された。徳子は彼氏が到着するなり、「今の彼女(妹)とは別れなさい」と命じた。彼氏が拒否すると、徳子は豹変して殴りかかってきた。彼氏は恐怖で反抗できなかった。徳子の父親がヤクザの組長であることが、彼氏を縛りつける最大の理由だった。

殴られて気絶し、目を覚ますと徳子が土下座して謝罪していた。「ごめんなさい」と泣きながら繰り返し謝る徳子の姿に、彼氏は一時的に混乱し、妹との別れを了承せざるを得なかった。結果、徳子の指示通り、妹に電話して別れを告げた。

彼氏の地獄はここから始まった。徳子は気に入らないことがあればすぐに暴力を振るった。さらに「あなたの母親や妹に何か起きても知らないわよ?」と脅しを繰り返し、彼氏を完全に支配下に置いた。

徳子は家事を一切せず、全て彼氏にやらせた。掃除の不備を見つけると容赦なく殴りつけ、食事が気に入らないと熱々の味噌汁を彼氏にかけるなど、暴力は日常茶飯事だった。普通ならここまでされれば逃げ出すのが当然だが、彼氏は家族を人質に取られている感覚から逃げられなかった。

ヤクザの情報網も凄まじく、俺の家族や親の職場、土地の所有状況まで調べ上げられていた。徳子にそれを見せつけられ、彼氏は恐怖で反抗する気力を完全に失っていた。

そんな日々の中で、彼氏はついに精神的に限界を迎え、自殺未遂を起こした。リストカットをしたものの、一命を取り留めた彼氏は退院後すぐに徳子のマンションに連れ戻され、今度は監禁状態に置かれた。

監禁生活は10日間に及んだ。

退院したその日から、彼氏は特殊な拘束ベッドに縛り付けられた。糞尿が垂れ流しでも処理できるような構造で、身動き一つできない状態だった。彼氏はこれに耐えながら、心の中で「必ず逃げ出す」と決意した。

拘束から解放されたのは、監禁から約6日後だった。その際、徳子は彼氏の首に犬の首輪をつけ、四つん這いで歩くことを命じた。徳子が買い物に出た隙を見計らい、彼氏はそのまま裸足で逃げ出した。服は全て隠されており、探しても見つけられなかったため、そのまま逃走した。

そして家に辿り着いた彼氏は、俺たちの助けを求めた。

家に助けを求めに来た彼氏は、逃げてきた経緯を語り終えた後も、ずっと怯えた様子だった。特に、徳子が復讐してくるのではないかという恐怖が拭いきれなかったようだ。彼氏の話を聞いていた妹も終始泣きながら、「そんな思いをしていたなんて……」と何度も彼氏を慰めていた。

その夜、彼氏は妹の部屋でようやくぐっすり眠ることができたようだった。しかし、俺は彼氏の話を聞いて、どうにかして彼を守らなければならないと考えた。ヤクザが絡んでいるとなると、警察沙汰にするのも容易ではない。だが、このままでは彼氏も妹も危険に晒される。

翌日、俺は家族会議を開き、彼氏の今後について話し合った。

結果的に、彼氏をしばらく家に匿うことに決めた。妹も賛成していた。ただし、外出する際には注意すること、徳子やその関係者に見つからないよう慎重に行動することを徹底するように伝えた。

彼氏は「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と何度も頭を下げ、俺たちに感謝の意を示した。俺たちも彼を守る以上、何が起きても対処する覚悟を決めるしかなかった。

その後、彼氏は少しずつ日常を取り戻し始めた。家では家事を手伝い、俺や妹と楽しく過ごす時間も増えた。しかし、ふとした瞬間に見せる怯えた表情や、物音に敏感に反応する様子を見ると、まだ心の傷が癒えていないのが明らかだった。

ある日、彼氏が意を決してこう言った。「警察に相談したい。」徳子やその背後にいるヤクザを恐れていた彼氏が自らその提案をしたことに驚いたが、彼は続けて「このままでは自分も妹さんも危ないと思う」と語った。

俺たちは彼氏の意志を尊重し、信頼できる弁護士を探すことから始めた。弁護士を通じて警察に相談し、徳子やその周囲の状況を慎重に調査してもらう計画を立てた。

彼氏はまだ怯えていたが、「俺も変わりたい」と言い、少しずつ前を向き始めた。その姿を見て、俺も妹も何とか彼を支え続けようと改めて思った。

……ここまでがプロローグ。以下本編。

俺の親父とおふくろは貿易商をやっていて、家を空けることが多かった。

最大で三ヶ月ほど留守にすることもある。帰ってきても、二、三日もすればまた海外へと旅立ってしまう。日本の正月やクリスマス、中国の旧正月の時期だけは十五日ほど家にいるが、それ以外はほとんど不在だった。

正直、それが俺にとっては理想的な環境だった。誰にも干渉されず、思う存分引き篭もれるからだ。いや、むしろその環境が俺を引き篭もりにしたとも言える。そういうわけで、彼氏を家に泊めたり、場合によっては住まわせることも、それほど難しい話ではなかった。けれど、ヤクザ絡みや情報漏洩のリスクを考えると、俺はその種の面倒ごとには極力関わりたくなかった。最高の引き篭もり生活が壊れるのが怖かったからだ。妹や彼氏には悪いが、自分を守るのが最優先だった。

そんなある日、妹が相談してきた――いや、正確には相談というより既成事実のような話だった。彼氏を守りたいと言い出したのだ。当然、最初は反対した。上記の理由もあるし、何より妹の身に何か起きたらどうしようもない。だが、妹は言った。「彼氏が死んだら、自分も死ぬ」と。では警察に行けと言ったが、彼氏が自殺すると言い出しているらしい。

散々悩んだ末に出した結論は、彼氏を匿うというものだった。その日の晩飯は、久々に賑やかだった。妹が俺の好物のハンバーグを作ってくれたのだ。もちろん彼氏のために。しかし、失恋以来久しく見られなかった妹の笑顔を目にして、俺も少し気が緩んだ。満腹になり、久々に幸せな気分で引き篭もりの続きを再開し、エロゲに没頭していた。

その夜、電話が鳴った。相手は徳子だった。

「そこに弘道、いますよね?連絡取らないって約束したはずなのに困っちゃったなぁ。弘道に代わってください」と開口一番、そう言われた。ネット弁慶の俺としては、この程度の圧ではびびらない。VIP板で鍛えた面目躍如、しらばっくれることに徹した。が、次の瞬間、徳子の声が豹変した。

「おいブサメン、調子に乗ってんじゃねぇぞ、ゴルァァァァッ!」

生まれて初めて、女性の声がここまで変わることを知った。恐ろしくて電話を切った。その直後、俺の携帯が鳴り出した。友達なんて一人もいない俺に電話をかけてくるのは、親類か妹の彼氏くらいのもの。それが恐怖の電話の直後に鳴るのだから、恐怖は倍増だった。

おそるおそる出てみると、泣き声混じりの可愛い声で懇願される。

「お願いだから弘道を出してぇ。お願いしますぅ」

声は、ローゼンメイデンに出てくる水銀燈っぽい響きがあった。丁寧に断り続けたが、泣き声の懇願が一時間も続き、業を煮やした俺は「連絡がついたらすぐに知らせる」と嘘をついて電話を切った。

しかし、徳子の執念は留まるところを知らない。今度は妹の携帯に電話がかかってきた。リビングで彼氏と一緒にいた妹は、俺の態度から何が起きているのか察していたようだ。電話を取るなり、妹は絶叫した。

「知らねえって言ってんだろうが、クソアマがぁ!」

普段は温厚な妹が見せる凄まじい怒りの姿に、隣にいた彼氏は頭を抱えて震えていた。この日はこれで一旦収束したが、次の日の朝、玄関先で妹の叫び声が聞こえた。

外に出てみると、そこには無惨に殺された愛犬の姿があった。妹はその場で気を失い、彼氏は半狂乱となり壁に向かって独り言をつぶやき始めた。正気を保っていたのは俺だけだった。彼氏を怒鳴って正気に戻し、妹を家に担ぎ込ませた。警察に通報するべきか迷ったが、妹の状態を確認してからと保留にした。

妹が意識を取り戻した後、改めて意見を聞いたが、彼女の目の焦点は合っていない。「駄目だな」と思い、警察に通報しようとした矢先、自宅の電話が再び鳴った。徳子だった。

「やっぱり、弘道いるじゃないですかぁ。嘘はついたらいけないって小学生でもわかることですよぉ?」

その時、俺は確信した。徳子は自分で手を下していない。誰かにやらせているのだ、と。怖かったが、それでも警察への通報は妹に止められた。「そんなことをすれば、彼氏の秘密が暴露される」と主張する妹に、俺は押し切られた。

ここで、俺は致命的なミスを犯した。

警察への通報を諦めた俺は、できる限りの証拠を残すことにした。デジカメで現場の写真を撮りまくり、百枚以上は記録に残したと思う。その間も冷静に考えた。俺の家は高さ2メートル10センチ、厚さ50センチの塀で囲まれている。簡単に乗り越えられるような構造ではない。それをどうやって侵入したのかが謎だった。便利屋を呼んで犬の遺体を処理してもらうことにしたが、この判断もまた誤りだった。

本来なら探偵に頼むべきだった。プロに現場を調査してもらえば、何かしら手がかりを得られたはずだ。しかし、当時の俺はそこまで頭が回らず、ただ便利屋に高額な報酬を支払い、犬の血痕や壊れた犬小屋を修理させることで事態を収束させようとしていた。その費用は15万円にもなり、これでしばらくエロゲを買うこともできなくなった。

その後、妹は大学へ行くために友達を家に呼び、タクシーで出かけていった。一方で、俺と彼氏は二人きりで今後の対策を話し合った。外出を極力避け、必要な買い物は妹に頼むか、コンビニや百貨店からのデリバリーを利用する。玄関先で何かが起きても、すぐに外に出ないこと。この時の俺たちは、映画『ボディガード』の真似事をしている気分だった。

その日は彼氏と一緒に眠ることになった。彼氏は「昨晩は寝ていない、一人で寝るのが怖い」と訴えてきたためだ。一緒に横になったが、彼氏から妹の匂いがしたのが何とも言えない気持ちだった。

夕方になると妹が戻ってきた。ただし、彼女は一人ではなかった。友達の女の子二人と、剣道部の友達らしき二人、合計四人を連れてきた。いずれも可愛らしい子たちだった。妹曰く「怖いから、みんなに泊まってもらうことにした」とのことで、大荷物を抱えて家が急に賑やかになった。女の子が家にいると、空気が甘い香りに包まれるんだと初めて知った。

その夜はカレーライスを食べ、自己紹介やトランプゲームを楽しんだ。修学旅行のような雰囲気だった。俺は中高と修学旅行に行ったことがないので、こんな風に賑やかな時間が新鮮だった。深夜まで続く楽しい時間に、こんな生活がずっと続けばいいのに、と思った。

しかし、夜の11時ごろ、門扉のチャイムが鳴った。玄関先に向かうと、そこにはガチムチな男たちが三人立っていた。俺は驚いた。小中高と不良に金を巻き上げられてきた経験がトラウマとなり、彼らの姿を見るだけで動揺しそうになったが、何とか平静を装って聞いた。

「こんな夜分に何のご用でしょうか?」

すると、男たちは言った。

「ここに弘道君、来てますよね?」

「いいえ、来ていません」と答えると、彼らは小声で何か相談し始めた。「どうする?」とか「やばいだろ」とか。その時点で、俺はすぐに徳子の差し金だと悟った。

男たちは門扉を押し開けようとしたが、俺の家の門扉は頑丈で簡単には壊れない。それでも彼らは力任せにガンガン押したり引いたりし始めた。慌てて「止めてください!」と大声で叫んだが、彼らは「弘道君を監禁している疑いがあります!」と近所に響き渡る声で叫び返してきた。

隣近所にまで響く声に、俺は焦った。必死に門扉を守っていると、妹の友達がパジャマ姿で駆けつけてきた。中には剣道部の友達もいて、頼もしい光景だった。妹はすでに警察に通報しており、その五分後にはパトカーが到着。男たちは「やばい、逃げるぞ!」と言い残して去って行った。

警察が現場に到着したが、俺は呆れた。男たちが逃げた方向を追うでもなく、真っ先に俺の家へ入ってきたのだ。

(お前ら、犯人追えよ!今逃げたばかりだろ!)

そう思いつつ、警察には玄関で立ち話をする形で事情を説明した。「門扉を開けようとした男たちを阻止しました」と述べたが、顔を見ていないので犯人の特定はできないと言った。警察に彼氏のことを話すのは妹に止められていたので、そこは伏せたまま話を終えた。

それから深夜1時ごろまで興奮状態のまま過ごし、妹の友達たちは二人一組で部屋に分かれていった。俺はこの時点で親や警察にもっと踏み込んだ相談をすべきだったと後悔している。

しかし、親に連絡すれば「お前がいるのに、なぜこんなことになった?」と責められそうで嫌だったし、警察に通報すれば、妹が「自殺する」と言い出しかねなかった。俺は状況を先延ばしにすることを選んだ。

その日の夕食はまた楽しかった。ハンバーグと唐揚げが出て、旨かった。俺はこの食卓の雰囲気に一生浸っていたいと思ったが、それは儚い夢だった。

次の日から無言電話が激しくなった。夜の8時ごろから延々とかかってくる。電話線を抜き、携帯の電源も切った。こうして一晩は平穏を保つことができた。

しかし、この平穏も続くわけがなかった。

それから二週間ほどが経った頃、俺たちはすっかり安心しきっていた。徳子の執念深さを甘く見てしまった。妹の友達たちもそれぞれの家に帰り、再び俺、妹、彼氏の三人での生活が始まった。彼氏は休学を決意し、俺の家で資格の勉強をすることにしたらしい。その間も、彼氏は母親と連絡を取り合っているようだった。

そんな中、事件が起こった。妹と彼氏が二人でデートに出かけた日だった。妹は「今日は帰りが遅くなるから」と言い、俺のために二食分の弁当を用意して出て行った。弁当に入っていたハンバーグ。俺の記憶では、それが妹が作ってくれた最後のハンバーグだった。

夜の八時ごろ、俺のパソコンにメールが届いた。

このメールアドレスを知っているのは親類だけだ。送信者は妹だった。彼氏が行方不明になったという内容だった。彼氏には妹名義で持たせていた携帯があったが、それに掛けても電源が切れている状態。一時間ほど探したが連絡がないとのことだった。

すぐに妹に連絡を取ると、泣きながら「あの女だ!」と言われた。所在を確認し、急いでタクシーで向かったが、不安で仕方がなかった。彼氏のことはどうでもよく、妹だけは無事でいてほしいという気持ちだった。タクシー代に七千円ほどかかり、到着すると妹が俺を見つけてすぐに抱きついてきた。顔は真っ青で、死にそうな表情をしていた。

「どうしよう。私のせいだ。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」と繰り返す妹の姿が痛々しかった。近くの交番に届け出たが、怪訝な顔をされた。内縁関係だけでは捜索願を受け付けられないという。理由は、彼氏が自ら姿を消した可能性があるからだと言われた。

彼氏の姿を俺も妹もそれ以降見ていない。この出来事から四か月が過ぎた。

その間、両親が何度か帰国してきたが、忙しいという理由ですぐに海外に戻ってしまった。俺は妹の状況をオブラートに包んで話したが、両親は「病院か心療内科に連れて行け」とだけ言い、深く関わろうとはしなかった。妹はそれを見えないところで聞いていたらしく、「親に話すな」と言って俺に殴りかかってきた。泣きながら抱きしめる以外、俺には何もできなかった。

妹にとっては地獄のような日々だったのだろう。その日を境に、妹は電話が鳴るとき以外、まるで抜け殻のようになってしまった。大学にも行かなくなり、迎えに来る友達にも会おうとしなかった。ひたすら自分を責め続けているように見えた。

だが、妹の苦しみはこれだけでは終わらなかった。俺は彼氏の手がかりを探すため、できる限りの捜索をした。しかし探偵には頼めなかった。もし依頼した探偵がヤクザと繋がりがあったら手に負えないと思ったからだ。

まず彼氏の母親に会おうとしたが、彼女は弁当屋を辞めていて、所在がつかめなかった。次に彼氏が通っていた病院に問い合わせたが、法律で守秘義務があるらしく、情報は一切教えてもらえなかった。彼氏の名前を挙げても「そんな人は知りません」と言われた。

大学の友人たちにも話を聞いたが、名前をかすかに覚えているという人がいる程度で、具体的な情報は何も得られなかった。同じ学部の学生に50人以上聞いたが結果は空振り。意外にも彼氏には友達が少なかったようだった。

大学事務局に問い合わせると、妹とのデートがあった日から約一か月後に自主退学の申請が出されていたことが判明した。しかし、詳しい事情は教えてもらえなかった。もし自分がイケメンだったら事務局の女性職員が喜んで話してくれたかもしれない、と悔しい気持ちになった。

次に彼氏が住んでいたアパートの大家に話を聞きに行った。そこで大家が「あの青年はどこかの御曹司だったのかね?」と的外れなことを言い出した。理由を尋ねると、敷金の返却は不要だと言ってきた女性がいたらしい。その女性が「内装もこちらで負担する」と申し出て、大家はそれを了承したという。女性の名前は覚えていないが、美人だったと語った。とんだ色ボケ爺だと思ったが、その話を聞いた俺はゾッとした。人間の存在が物理的にも書類上でもこんなに簡単に消せるのかと恐ろしくなった。

不動産屋にも確認したが、「何も知りません」との返答。最後に司法書士や行政書士にも相談に行ったが、話を最後まで聞くと「当職は一切関与できません」と突き放され、相談料すら返金される始末だった。この時点で完全に行き詰まりを感じ、帰り道に公園で声を上げて泣いた。サッカーをしていた子どもたちが心配して近寄ってきたが、「構うな」と追い返した。その様子を見た母親たちが警察を呼び、警察が来る騒ぎになったが、俺が泣いていただけだとわかるとすぐに去って行った。

結局、手がかりは何もつかめなかった。徳子という名前の人物のマンションがどこかにあるらしいが、場所すらわからない。仮に見つかったとしても、赤の他人である俺たちにどうすることもできない。

妹は精神的に病んでしまい、俺は再び引きこもる生活に戻った。ある日の夕方、買い物中に妹から電話がかかってきた。明るい声で「ちょっと出かけてくる。明日はハンバーグを作るから楽しみにしてて」と言う。しかし、どこか違和感を覚えた。「どこに行くんだ?」と問い詰めると、「びっくりさせてあげるから」と言い残して電話は切れた。その後、掛け直しても電源が切られていた。

嫌な予感が止まらなかった。すぐに家に帰り、妹の部屋を調べて友人たちにも連絡を取り、事情を説明して協力を頼んだ。俺は親父の車に乗って、妹が行きそうな場所を片っ端から探したが見つからなかった。その一年後、妹を見舞った友達から、あの日彼氏から連絡があったことを聞かされた。

病院では看護師や医者が「警察に通報しますか?」と尋ねてきた。性犯罪は親告罪とされ、訴えるか否かを被害者やその家族が決めるらしい。しかし、妹の友人たちに相談すると、全員が訴えることに反対した。理由は「妹の名誉が傷つく」「結婚できなくなる可能性がある」というものだった。

俺は怒りで青ざめながら反論したが、妹の友人たちから「お兄さんは妹さんのことを全く考えていない。エゴイストだ」と非難された。その時は彼女たちの言葉が理解できなかったが、事件から2年半が経過した今では、彼女たちが言っていたことの意味が分かる気がする。

その後、妹は別の病院に転院することになった。最初の病院では意識が戻ることはなく、精神病院への入院が必要だと判断された。両親はその姿を見て涙を流したが、俺にはそれがどこか上辺だけのものに見えた。

親父は俺を殴り、半殺しにされてもおかしくないほどだった。病院の看護師たちが親父を取り押さえ、鎮静剤を注射して落ち着かせる騒ぎになった。妹はその一部始終を見て、泣き叫んでいた。両親はそれ以来、家にほとんど帰らなくなり、まるで現実から逃げるようだった。

妹の世話は、俺と妹の友人たちが分担して行うようになった。最近になって妹は少しずつ意思表示ができるようになり、俺の質問に対して頷いたり首を振ったりすることができるようになったが、俺の前で言葉を発することはまだない。友人たちとは少しだけ話をするらしい。

妹は「幼児退行」と診断されており、精神年齢が小学校低学年から幼稚園程度にまで戻ってしまっているとのことだった。医者は「それが元に戻るかどうかは分からない」と話していた。俺は妹に抱きつき、何度も泣いた。妹はそんな俺の頭を優しくなでながら笑顔を見せた。その笑顔がかえって痛ましかった。

妹の生活は病院の中で続き、彼女の表情や行動に少しずつ変化が見られるようになった。しかし、特定の食事、例えばハンバーグやカレーライス、から揚げなどが出ると、突然泣き出すことがあった。そのたびに彼氏の写真を見せると、泣き止むことが分かり、友人たちが彼氏の写真を持って対応していた。

俺の中では、以前の妹の姿が鮮明に残っている。よく俺に説教をしてくれた妹。現役で国立薬学部に合格した優秀な妹。異性の同級生からラブレターや告白を受け、嬉しそうに俺にその話をする妹。俺が失敗して落ち込んでいた時、「お兄ちゃんはやればできる」と励ましてくれた妹。俺がネットゲームに没頭して部屋にこもりがちだった頃、食事をドアの前に置いてくれた妹。そして、俺が風呂にも入らないで過ごしているときには、寝ている間に暖かいタオルで体を拭いてくれていた妹。

そんな妹が、今では廃人のようになってしまった。妹がこんな状況になってしまったのは、自分の判断や行動が間違っていたせいだと、後悔してもしきれない。もしあのとき、警察をすぐに呼んでいれば、こんな悲劇は防げたのではないかと悔やんでいる。

事件から2年以上が経過し、妹の状態は一進一退を繰り返している。俺も日々の生活の中で、妹の世話をしながら、罪悪感と後悔に押しつぶされそうな日々を送っている。

以上が、現在の状況とこれまでの経緯だ。

後日談

ある日、遊園地に妹とその友達を連れて行った。妹は車椅子を使っていたため、みんなで交代で車椅子を押していた。楽しい時間を過ごしている中で、徳子を見かけた。彼女は子供を連れていたが、その彼氏の姿は例の「あの日」以来、一度も見ていない。

特に結論や教訓のある話ではないし、何か驚くような出来事があったわけでもない。こんな風に長々と話してしまって、申し訳ない。ただ、世の中には表に出ていないだけで恐ろしい話がたくさんある、ということを伝えたかった。

あの日のことを思い出す。医者が言った言葉が頭から離れない。

「極限の恐怖を味わったことでしょう。死ぬよりも辛いとは、まさにこのことです。」

その医者の目には涙が浮かんでいた。それを見て、自分の中で何かが崩れた。

後日、公園で自分を抑えられず発狂してしまったことも、今では記憶の中に刻まれている……

[出典:27:2008/03/17(月) 03:08:29.19ID:wHS5Cfto0]

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