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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

おやつの時間は終わらない n+

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小学校五年の春、私にはとても太っている友達がいた。

あまりに桁外れで、子どもながらにどこか現実感が薄れていた。たとえば教室の机に入りきらないとか、体育の時間は座って見学ばかりとか、そういう日常のことを笑って話す子だった。

名を、ここでは仮に「ミキ」としておく。

初めて彼女の家に遊びに行った日のことを、今でもありありと思い出せる。ひどく暑い日で、玄関をくぐった瞬間、冷房の風がぶわっと肌を撫でた。その涼しさよりも先に、何か重たい匂いが鼻に引っかかった。油とバターと甘いクリームが溶けたような、食堂の裏手みたいな匂いだった。

「好きなの食べていいよ」

案内されたリビングのテーブルの上に、まるでパーティでもするかのように、皿がずらりと並べられていた。ケーキ、ドーナツ、スナック菓子、ラーメン。私のためのものが別に一人前ずつ用意されていて、テーブルの反対側でミキが無言で食べ始めた。

見よう見まねで手をつける。どれも味はよかった。ドーナツの中には手作りらしいものもあって、妙に重くて油っぽかったけれど、不思議なことに箸が止まらなかった。食べながら、私は聞いた。

「毎日、こんな感じなの?」

ミキは頷いて、「昨日はアイスケーキも食べたよ」と言った。

それから何度か家に遊びに行ったけど、出てくる食べ物の量も質も変わらなかった。彼女の口から出てくる話題のほとんどは、昨日の晩ご飯の話だった。クリームシチューを二回おかわりしたとか、特大のオムライスにチキン、デザートはアイスとチョコレートケーキ、といった具合だ。まるでグルメ番組のレポーターみたいに、淡々と、そして少し嬉しそうに語るのだった。

でも、私はだんだんとその話を聞くのが怖くなっていった。

おかしいと思ったのは、ミキの母親だった。細くて綺麗で、昔モデルをしていたとミキは誇らしげに話していたけれど、食卓に一緒につくことはなかった。いつもミキが食べる間、何か別の部屋で本を読んだり、テレビを見ていたりするらしく、姿を見た記憶がない。

リビングの壁に飾られていた、ミキの幼い頃の写真。それはまるで別人だった。大きな瞳、透けるような肌、細い手足。天使のような、という言葉では片付かないほどの美しさが、そこにはあった。

「この子、ほんとにミキなの?」

問いかけると、彼女はちょっと笑って頷いた。

「そう、太る前。ママが飴ばっかくれてた」

妙に引っかかった。でもまだその頃は、「甘やかしすぎたんだな」と思う程度だった。

あるとき、学校で保健の先生から「栄養と運動」について話があった。あきらかにミキを意識した内容だった。クラス全体に向けて語るその声を、ミキは無表情で聞いていた。私の視界の端で、彼女の指がわずかに震えていたのを見た。

放課後、私は何となく言ってしまった。

「ちょっとは運動したら?」

ミキは少し考え込んだような顔をしてから、ぽつりとこう言った。

「ママが、食べなきゃだめって言うの」

そのときの表情が、なぜか怖かった。怒っても、悲しんでも、困ってもいない。ただ、しずかに、どこか遠くを見ているような目をしていた。

ある日、ミキの母親を駅前で見かけた。白いワンピースを着て、雑誌か何かの撮影のような姿だった。あまりに美しかったので、しばらく目が離せなかった。そんな彼女のあとを、五歩ほど下がって歩いていたのは、あまりに太った少女だった。

ミキではなかった。けれど、同じ顔をしていた。

……いや、違う。同じ「ような」顔。ミキに似ていた。でも、唇の形も目の配置も微妙に違った。私は何かを思い出しかけて、それでも考えるのをやめた。

ある日を境に、ミキは学校に来なくなった。理由は知らされなかった。担任は「体調が思わしくない」とだけ言った。

夏休みが明けても、彼女は戻ってこなかった。

それから何年も経って、高校生になった私はふとあの家の前を通った。家は変わらず、庭の芝は手入れされていたけれど、なぜかガレージには車が増えていた。以前は一台だけだったはずが、今は三台。どれも白くて新しかった。

玄関先で、見覚えのある女の子が母親と話していた。

ミキだった。……と思ったが、違った。

目が違う。鼻筋が高い。ミキに似てはいるけれど、もっと大人びた少女だった。けれど、太っている。小学生の頃のミキのように、全身が膨張している。

家の中から、笑い声がした。もうひとり、別の少女の声だった。

その家には、「太っている少女」がもうひとり住んでいる。

たぶん、何人も。

母親が、娘に何をしているのか。何のために食べさせるのか。

……ある日、ネットで偶然見かけた言葉が、私の記憶を引き裂いた。

「フィーダー」

愛情でも栄養でもない。ただ、自分が美しくあるために、娘を肥え太らせる者。飢えの代償を他者の身体に投影する、欲望の反転。

ミキはもう、どこにもいない。けれどあの家には、太った少女が今も、笑っている。

そしてきっと、これからも増えていくのだろう。ママのために、美味しいものを食べながら。

[出典:902 :可愛い奥様:2008/07/16(水) 16:04:41 ID:wYu52uGR0]

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