友人から聞いた話。
彼が久しぶりに群馬の実家に帰省した時のことだ。東京の喧騒を離れ、山の空気を吸いながらリフレッシュしようと思ったらしい。実家は群馬でも山の近く、最寄りの市街地までは車で30分ほど。山登りを勧められた彼は、運動不足解消も兼ねて近くの小さな山へ出かけたという。
整備された登山道を歩き始めると、春の訪れを感じさせる木々や花が心を和ませた。スマートフォンで景色を撮影しながら足を進めるうちに、彼はふと整備された道から外れ、獣道のような未舗装の細い道へと踏み込んだ。探検気分が湧き上がり、注意も薄れた頃だ。
突然、背後でガサガサッという大きな音がした。振り向くと、何かが茂みを小走りで横切る気配がある。イノシシや野犬かもしれないと緊張が走ったが、目に飛び込んできたのは奇妙な生物だった。
その姿は、大型犬ほどの大きさ。だが、イノシシではなく、むしろ巨大なイモ虫やナメクジのような丸みを帯びた体形。表面は茶色い毛に覆われており、顔には触覚のようなものがちらりと見えた。足らしいものは確認できず、その体は音もなくスムーズに動いていた。
彼は一瞬、目の錯覚かと疑ったが、確かに「それ」は存在していた。姿を捉えたのはわずか数秒。恐怖よりも好奇心が勝り、スマホを手にその後を追ったが、奇妙な生物は茂みの中に消え、再びその姿を現すことはなかった。
家に戻り、両親に「山でイノシシらしき生物を見た」と話すと、特に驚きもせず「最近、イノシシの目撃情報が増えている」と返された。だが、彼の心の中ではどうしても「イノシシ」と納得することはできなかった。茶色い毛の生えたイモ虫のような生物に、触覚――そんなイノシシがいるわけがない。
以来、彼の頭の中にはあの日の記憶がくすぶり続けている。あれはただの野生動物だったのか。それとも、山深い土地に潜む未知の存在だったのか。市街地に戻った後もそのモヤモヤは晴れず、誰かにこの体験を共有したい一心で、この話を語ったのだという。
最後に、彼が言った言葉が忘れられない。
「もし、あれがまだ山の中にいるのだとしたら――次に見つけるのは、俺じゃないかもしれない。」
(了)
[出典:1 :名無しさん◆IPU8SGkvmQ:2015/04/22(水)21:22:11 ID:QfJ]