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短編 r+ 山にまつわる怖い話

イノシシとして処理されたもの rw+7,572-0110

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山に入ったのは、久しぶりに群馬の実家へ帰省した翌日のことだった。

東京での生活に疲れていた彼は、空気の軽さに誘われるように、近所の低い山へ登ることにした。標高は高くない。子どもの頃、遠足や犬の散歩で何度も入ったことのある、ごくありふれた山だ。

登山道はよく整備されていて、春先の湿った土と落ち葉の匂いが心地よかった。枝先の若葉や、名前も知らない小さな花を写真に撮りながら、特に目的もなく歩いていたという。
しばらく進んだところで、道の脇に踏み固められた細い跡があるのに気づいた。登山道から外れた、獣道のようなものだ。危険だとは思ったが、見覚えのある山という油断もあった。彼はそのまま、足を踏み入れてしまった。

数分も進まないうちに、背後で大きく葉擦れの音がした。
ガサガサッ、というより、濡れた布を引きずるような、妙に連続した音だった。

反射的に振り向くと、茂みの向こうを何かが横切った。大きさは大型犬ほど。だが、輪郭がはっきりしない。イノシシだと思おうとしたが、どうにも形が合わない。背中から腹にかけて丸みがあり、脚らしい脚が見えなかった。体は地面すれすれを滑るように移動していて、足音がない。

茶色い毛に覆われた塊。その前方に、ほんの一瞬だけ、細長いものが揺れた。角ではない。鼻でもない。触覚、としか言いようのない動きだった。

彼はその場に立ち尽くした。恐怖よりも先に、理解できないという感覚が来た。
目の錯覚だ、と頭の中で何度も言い聞かせた。だが、目を逸らしても、もう一度見ても、「それ」は確かに存在していた。

気づけばスマートフォンを取り出していた。
写真を撮ろうとした、その一瞬で、茶色の塊は茂みの奥へと沈むように消えた。音もなく、痕跡も残さず、最初からそこにいなかったかのように。

しばらくその場を動けなかった。
風の音と鳥の声だけが戻ってきて、山はいつもの顔をしていた。獣道も、ただの土の道にしか見えない。彼は急に、自分がひどく場違いな場所に立っている気がして、登山道へ引き返した。

実家に戻ると、昼食の席で両親にその話をした。
「山で、イノシシみたいなのを見た」と、言葉を選びながら。

父親は箸を止めず、「ああ、最近多いらしいな」と言った。
母親も「畑荒らされて困ってるって、隣の人が言ってた」と、特に興味もなさそうだった。

「でも、イノシシじゃなかった」
彼がそう言うと、二人は同時に顔を上げた。

「毛が変だった。脚も見えなかった」
「そういう個体もいるんじゃない?」
母親はすぐに話を切り上げた。父親は「去年も見たって人がいたぞ」と言った。

去年。
彼はその年、帰省していない。

それを指摘しようとしたが、なぜか言葉が出なかった。両親の会話はすでに別の話題に移っていて、彼の違和感だけが取り残された。

その夜、寝付けずにスマートフォンで「群馬 イノシシ 目撃」と検索した。
記事や書き込みは山ほど出てきた。だが、どれも彼の見たものとは一致しない。脚がある。牙がある。走る音がある。

ふと、古い掲示板のログに目が止まった。
数年前の書き込みで、山の名前も場所も、彼の実家の近くだった。

「イノシシだと思われてるけど、あれ、違うよな」
「見たことある。音がしない」
「役所に言っても、イノシシで処理される」

それ以上の説明はなかった。
ただ、淡々と「イノシシ」という言葉だけが繰り返されていた。

翌日、彼はもう一度山へ行こうとして、やめた。
理由ははっきりしない。ただ、行けば「確認できてしまう」気がした。

東京へ戻った今でも、時折その山のことを思い出す。
ニュースでイノシシ被害の話題を見るたび、あの茶色の塊が頭をよぎる。誰かが見て、誰かが通報し、誰かが「イノシシだ」と処理する。その繰り返しの中で、あれはずっと、同じ場所にいるのではないか。

彼が最後にそう言った。

「次に見たって話を聞いたら、それが誰の目撃か、ちゃんと確認したほうがいい」
「もう、見た人間のほうが、ずれていくから」

彼自身が、もう少しずれてしまっていることに、気づいているのかどうかは分からない。

(了)

[出典:1 :名無しさん◆IPU8SGkvmQ:2015/04/22(水)21:22:11 ID:QfJ]

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