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【名作】四つ年上の姉シリーズ【全話コンプリート/ゆっくり朗読】1376

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1.秘密の友達

四つ上の姉にまつわる話だ。

これから書き記す話は、姉の人生のほとんどを占めた『縁』あるいは『呪い』と呼ぶべきものと、自分でもその力の正体がなんであるのか決めかねながらも姉が、自分に襲いかかった理不尽な現象に最後まで抗った、その証のようなものだ。

大元がようやく終わりを向かえた今となっては、ただの回顧録といってもいい。

姉にまつわる因縁と、姉を取り巻いていた環境がなんであったのか、未だに俺には想像がつかない。

俺は大概においてかやの外で、いずれ行き着く先があの結果だとしても、自分に何かができたとは思えない。

今日はそれらの『はじまりの日』の話を書きたいと思う。

厳密に言えば、それは連綿と受け継がれてきた血にまつわる話であるから、『始まり』とするのは正しくないのだろう。

きっとずっと大昔から、それは受け継がれてきたのだ。

姉にとっては逃れられないもので、俺にはほぼ無関係だったという、血を分けた姉弟でありながらなんとも釈然としない「呪縛」。

だが、姉にとっての『始まり』はきっとその日だったのだと思う。

姉から教えてもらう霊感0の俺が言っても、あまり信憑性は無いだろうけど。

俺達一家は、元は父方の本家があるS市に住んでいた。

姉が小学校一年の一学期半ば、理由もわからず母方の地へ移るまで、俺達は確かにその場所で生活していた。

父は婿入りした身だが、母の実家には入らず、自分の親元の近くに住居を構えていたそうだ。

姉がまだ保育園に通っていた頃だから、俺なんか幼児もいいところだ。よって、この辺の記憶も当然ながら俺には無い。

小さいながらも一戸建ての家。家の前には道路へと続く舗装されていない砂利道。

母はその頃はパートで稼いでいたらしい。

父は自営業のため、店舗を兼ねる家にいつもいたそうだ。

その頃姉には、大親友と呼べる友達が三人いた。

友達はたくさんいたが、その中でもとびきりの親友達。

なっちゃんは元気はつらつな女の子。肩より少し長い髪をいつも二つ結いにしていた。

まさと君は保育園で女子からモテモテのかっこいい系な男の子。

慎重な性格だが、姉とは気が合って、男女関係無い友情を育んでいたそうだ。

慎重な割に冒険が好きだという辺りが、同類だったのかもしれない。

まーくんは男の子だが少し気が弱くて、よく泣かされていたそうだ。

それでも、だれより優しい性格で、みんながみんな、それぞれのいいところを子供心に尊敬しあったような良好な関係だったそうだ。

姉はその頃から不思議なものが見えていたが、みんなにも普通に見えていると思っていたらしく、日常生活でお化けの話なんかは特にしなかったそうだ。

幽霊と人間の区別がついていなかったというのだからすごい。

明らかに怪我をして、生きていないのは『お化け』と理解していたが、案外普通の外見の『生きている人間』以外はありふれていて、姉にとっては至極当然の世界だったから、怖くもなんともなかったんだそうだ。

遊ぶときは家が近いせいもあって、大体この四人で集まって遊んでいた。

母がいつもパートに忙しく、あまり一緒にいれないことだけが寂しかったそうだ。

父はあまり子供をかまう人間ではなく、よくよくタバコも吸っていたから、喘息持ちの姉は側にいると咳き込んでしまうので、毎日、日が暮れるまで外で遊んでいたそうだ。

保育園にも夏休みというものは存在するらしい。

姉が通っていた保育園が特殊だったのか、普通のことなのか、俺にはわからない。

そう長い間ではないが、保育園側の事情で夏の半ばから秋の頭にかけて二三週間の休みがある保育園だった。

ともかく、その夏休みの間、子供達は親戚の内に預けられたり、それぞれの家庭で過ごしたりと、一時的に会えない状態に陥るのだった。

年少組から年長組になるにつれて、友達に会えない寂しさは増したそうだ。

しょうがないから、姉はそんな時、一人で近隣を探検してまわっていたそうだ。

子供しか通れない細い通路、公園巡り、道路にチョークで落書き。

たわいもない事をして、時間をつぶしていた。

そんなある日、どうしようもなく寂しくなって、姉は母のいるスーパーへ行くことにした。

場所は知っている。

ちゃんと道路を歩けば遠いが、秘密の通路を通って草っ原をつっきると、母の職場は案外近いのだった。

まあ、パートに子育てに、仕事から帰ったら家事をする身では、職場が遠いことは不都合だったのだろう。

その草っ原は大親友達と見つけた秘密の遊び場で、誰にも邪魔されずに虫をとったり、かくれんぼをしたり、追いかけっこをしたりと、普段からよく知る場所だったそうだ。

その草っ原を越えて、母のいるスーパーへ向かおうとして、その日姉は奇妙なことに気がついた。

おんぼろとまではいかないが、かなり年期の入った感じの二階建ての木造小屋を見つけたのだ。

戸板は風雨に曝されたことを物語るような灰色で、人の気配も全く無し。

何より、あれだけ遊び回って知らない場所など無いと思っていたのに、突如小屋を見つけてしまったのだ。

寂しさよりも『探検』への好奇心が勝った。

姉は「ごめんください。誰かいますかー?」と一階の入り口から声をかけ、返答が無いことを確認すると、小屋の中へと足を進めた。

電気は当然通っていない。窓から差し込むかすかな光が、その建物のわずかな光源だった。

一階はだだっぴろく、物もあまりないため、すぐに探索は終了。

次に階段を昇って二階へ入り、姉は足下に太陽の光を受けて転がる小さな粒を見つけた。

紫色のその米粒大のものは、当時『香り玉』と言って子供達のあいだではやっていたものだそうだ。

色のバリエーションが色々あり、赤ならイチゴの香りなど、文字通り香りのついた粒が小さな小瓶入れられ売られていたそうだ。

人気があって、すぐに売り切れるようなものだったらしい。

子供にとっては宝物が落ちていたようだものだ。

一階に比べてずいぶん天井の低い二階だったそうだ。

その床に、転々と紫色の粒が落ちている。

面白くなって次々と広い集めた。紫は珍しい色だった。

『香り玉』の中でも特に人気があって、花の香りがするのだ。

大親友達とまた会える日になったら、此処へみんなで探検に来ようと、姉はわくわくした気持ちでいっぱいだった。

「楽しい?」

不意に、背後から女の人が声をかけてきた。

子供のようにしゃがんで、にこにこと姉の様子を眺めていたそうだ。

とっさに、『この小屋の持ち主の人だ、勝手に入って怒られる!』と思い、即座に「ごめんなさい!!」と姉は謝ったそうだ。

女性は一瞬きょとんとすると、くすくすと笑い出した。

「いいのよ、あなたがあんまり楽しそうだから、見てる私も楽しくなっちゃって。
でも、夕暮れが近いわよ、お家に帰らなくちゃ暗くなっちゃうわ」

女性に手を引かれて一階に降りると、確かに夕日が差し込んでいた。

さっきまで昼だと思っていたのに、よほど熱中していたようだと、恥ずかしくなったそうだ。

立ち上がった女性はうす水色のワンピースに白い帽子をかぶった、とても綺麗な人だったそうだ。

「あの、ここの人ですか?」

「そうよ。持ち主ね」

「また遊びにきてもいいですか?今、友達みんなお家にいて、保育園も休みで……」

「こんなほったて小屋、一人で入って怖くなかったの?」

「探検が大好きなんです」

そこで、女性はまたふふと、と上品に笑った。

あまり見たことの無い、テレビに出てくる女優さんのような人だなと思ったそうだ。

「そうね、じゃあ、秘密の友達になってくれたら、いつでも来ていいわ」

「秘密の友達?」

「内緒の方が楽しいことってあるでしょ?ここで会うだけの、ここだけの友達。名前も内緒」

不思議なことをいうお姉さんだなと思ったが、相手のいう事に納得して、そうして姉に『秘密の友達』ができた。

お姉さんは色々なことを知っていて、昔話なんかにも詳しかった。

姉は童話や民話を読むのが大好きだったから、あっと言う間に寂しさも忘れて夢中で通った。

紫の香り玉は少しずつ増えていった。

保育園の再開まであと一週間となり、今度はここに来れなくなるのが寂しいと、姉はお姉さんに相談した。

するとお姉さんも寂しそうに切り出した。

「あのね、残念だけど今日でお別れなの」

「久々にとても楽しかった。でも私に会えるのも、ここに来れるのも今日でお終い」

「もう誰にも会えないで、ただ終わっていくんだと思っていたから、あなたが友達になってくれてとても嬉しかった」

ようやく、その時姉は気づいたそうだ。

あぁ、この人は『人間』じゃなかったんだ、と。

「私の大事な最後の秘密の友達。少しのことしか教えてあげれないけど、あなたが私の元に通ってくれたから、一番大事なことだけ教えてあげれる」

「赤い鬼に気を許しては駄目。関わることは避けられない。あなたは人よりもずっと怖い目に遭うわ。けれど、その時は力を貸してくれそうなモノ達に話しかけ、仲良くなって助けてもらいなさい。私と仲良くしてくれたように」

「赤い鬼に殺されては駄目よ。赤い鬼と同じモノになっても駄目。あなたは、あなたのままでいなさい。それがどんな結果になったとしても」

お姉さんの手は、人間の手と同じように温かかった。

手を引かれて、小屋の外に出る。小屋はもう、跡形も無く消えていた。

「さよなら、ゆきちゃん」

夕暮れに解けるようにして、そのお姉さんは消えた。

もう会えないことを理解して、お姉さんの事を絶対に忘れないと決めた。

一緒に遊んだ時間も、声も、握った手の柔らかさも、綺麗な顔も、最後の忠告も。

お姉さんが何者だったのか、それは今でもわからないそうだ。

土地神だったのか、妖怪だったのか、幽霊だったのか。

次の日、草っ原に行ったが、どこまでも青々と茂った草原が続くだけだった。

誰に訊ねても、そんな小屋はあったことは無いという答えしか返ってこなかった。

残ったのは一緒に集めた香り玉だけ。それだけが彼女が存在していた証拠だった。

秘密にしていた名前を知っていたお姉さん。彼女は何者だったのか。

彼女が告げた『赤い鬼』はその後しばらくして、思いがけない形で、姉の前に現れることになる。

雪の降る日、初めて現れた二匹の小さな赤い鬼は父の後ろで嗤っていた。

父も嗤っていたそうだ。

姉が初めて恐怖らしい恐怖を覚えたのが、その日になる。

これはまた、次の話で……

投稿者「とうま ◆xnLOzMnQ」2014/04/08

2.赤い鬼

俺には四つ年上の姉がいる。

よく不思議な体験をするが(普通の友達に言わせるとかなり怖い体験だそうだ)、わりとあっけらかんとその現象を乗り越えて生きている姉だ。

その姉が、初めて『恐怖』というものを覚えた日の話をしようと思う。

姉が小学校一年の一学期、俺がまだ保育園児で記憶もあまり定かで無い頃、俺達一家は父方の本家があるS市から、母方の実家へと引っ越した。

俺は物心つくかつかないかの頃だったし、どうして引っ越したのか理由も長年とくに考えたことは無かった。

俺達の父はその頃家で自営業をしていた。だから幼い俺と姉、父は時間を長く共にすることは普通だったそうだ。

逆に母はパートで働きづめ、なかなか家にいることが難しかったらしい。

俺はその頃の事をほとんど覚えていない。

いや、正確にはその頃だけじゃなく、不思議というより不自然なほどに、俺達一家を取り巻いていたらしい様々な『悪いもの』の記憶がほとんど抜け落ちてるのだ。

それは姉が『秘密の友達』から「赤い鬼に気をつけて」と奇妙な忠告を受けてから、一年も経とうかという、冬の日の事だった。

S市は雪の多い都市だ。真冬ともなると、地吹雪が起きて一台前の車も見えなくなるようなことがある。

俺も免許をとってから友達のところへ遊びに行く時、一度その豪雪の中を運転したことがあるが、比喩でなく目の前が雪と風に覆われて見ることが困難で、冬の時期の運転は二度とごめんだと痛感したほどだ。

当然、積雪もかなりすごい。高い雪の壁も珍しく無いし、雪祭りが行われる程度には雪の量が多い。

冬場の遊びと言えば、定番が自分の家の敷地内に手製の雪滑り台を作って、そりで何度も滑り落ちて楽しむことだ。

大概の子供は時間を忘れて遊ぶ。あとはかまくらを作ったり、雪が降れば雪合戦も毎日のように行われた。

俺にとってはぼんやりとだが、楽しい記憶ばかりだ。

姉にとっても、その日まではなんら変わらない冬だったはずだ。

余談になるかもしれないが、父はあまり子供を好く人では無かった。

俺達をというより、『子供』という生き物自体をうるさくて面倒なものだと思っていた感がある。

それでも我が子であれば、時間があればそれなりに遊んでくれてはいた。

俺は姉が『恐怖』を覚えたその日の出来事を覚えていない。

部屋の中で様子を見ていたと姉には教えられたが、一切覚えていない。

その日父は仕事が暇で、雪が降る中「遊んでやる」と、姉を外に連れ出したそうだ。

初めは普通にそり滑り、大きな雪だるまを作って、玄関のわきに飾った。

父が長時間まっとうに遊んでくれることが珍しかったせいで、姉は嬉しくなり、

「お母さんが帰ってきたら、このおっきい雪だるま一緒に作ったんだよって教えるんだ。お母さん、きっとびっくりするよね」

と、父を見上げて笑った。

それを聞いた父は急に機嫌を悪くしたようで、「そうだな。寒いから、もう家の中に入るぞ」と、唐突に遊びを止めて家の中に入ってしまったそうだ。

姉は不思議に思いながらも、一人で外遊びを続けた。

家族分の雪ウサギを作ろうとしていたのだ。

一番大きいのがお父さん、次がお母さん、自分たちは子供だから小さいの、と。

四体の雪うさぎが完成した頃、雪は本降りになり、辺りも夕暮れで薄暗くなって一段と冷え込んで、さすがに姉も遊びは止めにしてこたつに入ろうと、自分についた雪をはらって玄関に入った。

雪で濡れた手袋を外し、外着も脱ごうとしたところで、姉は初めて、待ち構えたよう立つ父に気がついたそうだ。

父は先ほどと違い、たいそう機嫌が良かった。

にこにことした笑顔を姉に向け、「すごく面白い遊びをしてやるぞ、こい」と、姉の手を引いて二階へと上がって行った。

手を引かれるまま姉は二階の部屋へと入り、そこでまだ幼い俺が積み木遊びをしているのを横目に、父へ「何して遊ぶの?」と聞いたそうだ。

父は窓を開けると、「いっぱい降ってるなあ」と何やら感慨深げに空から降る雪を眺め、姉を招いたそうだ。

「お父さ……っ」

話しかけようとして、次に見えたのは重い灰色の雪空。

何が起きたのかもわからず、軽い浮遊感を覚え、次の瞬間には高く積もった一階ベランダ外の雪壁に叩きつけられる衝撃。

雪は固まると痛いのだ。雪玉が当たると痛いように、降り積もって圧縮された雪壁は雪というよりはもはや氷の堅さに近い。

背中を強かに打ち付けて、二階から見下ろす父を見て、ようやく自分が二階から投げ落とされた事に姉は気づいたそうだ。

父の姿が窓から消える。

背中が痛い、手袋をとって直に触る雪が刺さるように痛い。

必死の思いでずるずると雪壁から這い降りて、家に戻ろうとするとそこにはやはり父がいた。

いや、『居た』のは父だけではなかった。

父の陰、両足の後ろからチラチラとこちらを伺い嗤う、40cmほどの『赤い鬼』が二匹。

「楽しいなあ?楽しいな?ほら、もう一回行くぞ」

抵抗しても大人の男の力にかなうはずも無い。

ずるずると二階へ引きずりあげられ、その間周りで赤い鬼が姉の顔を覗き込んでは嗤う。

一面に開いた窓から投げ出され、階下の雪壁へ叩きつけられる。

冷たい。痛い。降りる。引きずられる。投げ出される。

何度続いたかわからない。

いつしか父は鼻歌を歌っていた。

口を大きくつり上げたその顔は、顔を覗き込む赤鬼共とよく似ていた。

だんだん二匹の鬼は父の中に溶け合うようにして混ざり、父の顔色は赤黒く変化し、しかし陽気で、気味の悪い鬼そのものに見えたそうだ。

鬼に影は無かった。そもそもいつからいたのか。

もしかしたら最初から居たのか。

あぁ、『秘密の友達』だったお姉さんはこのことを言っていたのか。

気をつけろと言われたのに。

約束を守れなかった。

お姉さん、ごめんなさい。気絶しかかった頭で、そんなことを考えたそうだ。

いつの間にか、その『遊び』は終わっていた。

いつ解放されたのかも覚えていない。でも、痛いけど死んでない。

子供の頭で考えるには妙に冷静な思考で、それでも姉はふらふらとした足取りで家の中に戻ったそうだ。

父は普通に戻っていた。

いつもの、無愛想で、寡黙な父に。

ただ一つ、その背中の向こうから、赤い鬼達がニヤニヤと嗤っていた。

終わってないんだ。

子供心に、そう理解したそうだ。

雪壁の上の方がまだかろうじて柔らかい部分を残していたから、死なずに済んだのだろうと姉は今でも言う。

結局姉が一番恐怖したのは何だったのか。

それは、後に母の前でその出来事を訴えた時に、父がまったくの正気顔で、

「一階の窓から少し雪の上に投げてやっただけだろう。そんなに怖かったのか?あの日は雪も柔らかくて気持ちよかっただろうに」

と、むしろ不思議そうに口にしたことだそうだ。

悪意などひとかけらも無いように。

訴えは結局、思いの他怖がった姉の勘違い、という事にされてしまった。

「『赤い鬼』が関わるとな、あの人はおかしくなる。行動も、性格も、記憶もだ。いいように改竄されて、あの人の中の本当がまるで変わってしまうんだ」

どうして、父が言うように自分の勘違いだと思わないのか、俺は姉に聞いてみた。

「自分の勘違いだと思いたかったさ。そうならそれでまるく収まる。子供が少し怖がりすぎて、記憶違いをしたんだってな。その方がずっと良かった」

少し遠くを見るようにして、その後姉は語った。

「翌日の朝は良く晴れていた。その明るい中、めった打ちしたみたいに壊された雪だるまと、子供の分だけがぐしゃぐしゃに踏みつぶされた雪うさぎを見なければ、父親にまとわりつく『赤い鬼』を、自分の幻覚で片付けることもできたのかもしれないのにな」

姉が長く付き合う事になる、『赤い鬼』の世界。

因縁は、まだまだ続く……

投稿者「とうま ◆xnLOzMnQ」2014/05/06

3.曾祖父の葬儀

俺には四つ年上の姉がいる。

幽霊やらそれ以外のモノらが見えて、対処したり、交流したりという日々をごく普通に暮す、やや奇妙な人生を送っている。

今日も姉が過ごした日々から一つ、俺にとっても忘れられない出来事があった日の事を話そうと思う。

『赤い鬼』と姉が初めて接触した冬から、約半年後。

姉が小学校一年の一学期半ばに、俺達一家はとある家の事情で父方の本家があるS市から、母方の実家があるN市へ引っ越した。

それまで住んでいたS市のある県と母方の実家のある県はそれなりに遠い。

父方の親族ともかなりもめたそうだが、結局父の母が許可を出したため(俺と姉にとっては祖母にあたる人だ)、その土地を離れることを許されたらしい。

大人の事情はつゆ知らず、姉はせっかくできた新しい友達と離れることを寂しがっており、俺も同様に保育園の悪ガキ仲間と離れたくなくて、引っ越しと聞いてからは泣いて嫌がる毎日だった。

両親にとってはさぞかし大変な時期だったろう。

あとから聞いた話では、一つに当時父の事業が限界だったこと。

一つに父が自分の親族を嫌っていることが理由だったそうだ。

言われてみれば、物心ついてからこっち父方の親戚とまともにあった覚えが無い。

母方の親戚とは盆・正月を初め、様々な行事で顔を合わせるのに、父は己の血筋と異様なほどに交流を絶とうとしていた。

父方の親族からの連絡は全て母が受けており、まっとうに父が話すのは父の母相手の時のみだった。

姉はすぐに転入先の小学校でもなじみ、新しい環境と新しい友達に毎日楽しそうだった。

野山に分け入り探検したり、友達の家の桑の実をみんなで食べたり、田舎でもとかく新鮮で楽しい毎日を送っていた。

俺もやがて姉と同じ小学校に入学し、田舎のガキ大将に連れ回されながらもおもしろ可笑しい日々を過ごしていた。

朝の六時にはサイレンが響き渡り、起床を知らせる。

太陽が山際からちょうど顔を出し、山の稜線が光り輝く朝陽の白っぽいオレンジ色に染まる。

老人達はそれよりも早く起きて畑や田んぼの仕事に精を出す。

子供にも家のお手伝いが割り振られ、ちゃんと生活できるようにいつの間にか様々な事が身についてゆく。

見たことの無い花々、草木、食べられるキノコとそうでないものの見分け方、皆が小学校に集まっての折々の祭行事。

日本の原風景のような暮らしがそこにはあった。

俺が小学校に上がった夏休み、その知らせはけたたましい電話の音と共に訪れた。

俺は眠い目をこすりながら姉に手を引かれて二階から一階へと降りる。

祖母が電話に出て、急ぎ母が変わった。

母の顔色が変わる、母は一旦受話器を置くと、二階にいる父を慌てて呼びにいった。

嫌そうに電話をとる父、しばし口論が続く。

ぴりぴりと緊迫した空気であることが子供心にも理解でき、俺は握ったままの姉の手をぎゅっと握った。

姉は、見たことも無いような張り詰めた顔をして、電話口に立つ父と、その話す内容を一言も発さずに見ていた。

まるで観察しているように。

父方の曾祖父の容態急変を知らせるものだった。

父にとっての祖父。俺の記憶にはいない人だ。

どんな人なのか、想像もつかなかった。

最終的に「おそらく葬儀になるから、せめて最後に顔を出してちょうだい」と父の母に直接告げられたのが決定打になったらしく、両親と俺達姉弟はその日のうちに懐かしいS市へ向かうこととなった。

車の中の空気は、どんよりと重かった。

父があからさまに不機嫌なのが原因だ。

俺達子供は、後部座席を倒して、うつらうつらと眠りながら移動した。

次の日の朝には、もうS市内に入っていた。

休みもあまりとらずにきた、車での強行軍だった。

体中のあちこちがミシミシして、一刻も早く広い部屋で大の字になりたかった。

不謹慎だろうが、事情をろくに理解していない子供なんてそんなものじゃないだろうか。

久方ぶりに見る父方の本家は大きかった。

二階が無く、全て平屋作り。重厚な門に、立派な庭は隙が無いほど手入れがされている。

野花や山に慣れた俺には、あまりに人の手が入って綺麗な場所は何だか逆に気味が悪かった。

その立派な家に何台もの車がならんでおり、見たことも無い人達が、大人も子供も大勢が集まっていた。

曾祖父のためにこれだけ人が集まったのか。すごいなと、なんだか普通に関心してしまった。

知らなかっただけで、もしかして父方の曾祖父はすごい人なんだろうか、そんな空想を広げながら、俺達一家は案内された部屋に入って、急ぎ身支度をした。

びしりとしたスーツを着た大人達は病人を見舞うというよりは、おとぎ話の王様に謁見を伺う国民のようだった。

子供達も身ぎれいにしっかりとした衣服を身につけさせられている。

もちろん、俺と姉も例外じゃない。

そんな、人々が緊張して曾祖父を案じる空気の中でも、父は不機嫌丸出しだった。

さすがに父の母に久しぶりに会った時には笑顔を見せたが、曾祖父の話になった途端、苦虫を噛みつぶしたような表情に変わる。

いくらか父と祖母は問答を繰り返し、まずは父の兄弟へ挨拶することになった。

父は三人兄弟の末子で、しかもいわゆる『直系』と親族内で分類される立場にいる人だったらしい。

俺と姉はそこで初めて、父に関する親族と家の情報を得ることになった。

長男が家を継いではいるが、それは形式的なもので祖母が一族を取り仕切っていること。

しかも嫁をとっていないことから、まだ重要な立場では無いこと。

次男は他県に婿に出ており、妻と男子を二人授かったが、いずれも脳に障害を抱える身であること。

その従兄弟達が姉よりも遅くに授かった、しかも男子であるから、長男と同じく重要な立場では未だ無いこと。

そして同じく県外に婿に出たが、兄弟の誰よりも早く長女を授かったこと。

だから重要な立場であり、今までのわがままも許されてきたということ。

長女を産んだ母も本来であれば父の実家に直系の一員として迎えたいこと。

父の母は男児しか授からなかったため、曾祖父からみると産まず女(石女)に等しく、かなりキツい扱いをうけていること。

それが元で父が曾祖父及び親族と絶縁寸前の関係だったこと。

きけばきくほど、ドッキリか何かに聞こえる話を、大の大人達が真剣そのもので話し合っているのが、殊更異様だった。

そして、危篤状態であとは家で死ぬのを待つ身なのだから、最後に一家揃った姿を見せて曾祖父を安心させて逝かせてほしい、というのがおおむね祖母の言い分だった。

患いから曾祖父が人払いを命じていて、父と姉が来るまで他の親族には会わないと言っていることがそもそも呼ばれた原因だったらしい。

「母さん、俺はあのクソじじいが母さんにした事を絶対に許さないし、今でもぶち殺したいぐらいだ。死ぬって聞いてせいせいする」

「T、お前が私を心配してくれてるのも、それでお祖父様を嫌ってのもよおおく承知の上での母からのお願いだ。お祖父様が安心して逝ってくれれば、私が何も角はたたせん。親族のことも、今まで通り干渉せずとできる。私もお前が可愛いんだよ、T。お前の自由のためと母の気を楽にすると思って、この通りだから」

ついには祖母が父に向かって頭を下げ、ようやく父は折れた。

一度きり、ごく短時間でなら、と。

曾祖父の寝る寝室は、薬の清潔な匂いと、老人から発せられているのだろう死臭のような、相反するもので満ちていた。

老人が一人、眠るように布団に横たわって浅く呼吸をしている。

思っていたよりずいぶんと大柄な老人だというのが、俺が曾祖父に初めて抱いた印象だった。

父の兄弟達も背が高かったし、背の高い家系なのだろう。

父が姉を連れて曾祖父の側へ近寄る。俺は母に手を引かれてその後を追う。

「よう、じいさんようやく冥土行きだってな」

「ちょっと、お父さん!」

「良いんだ、こんなヤツにはこれで!俺はこいつが許せないし、大嫌いだし、殺したいほど憎いんだ!手にかけないだけマシだと思え!」

俺は怒鳴りつける父を見るのも初めてだったので、その時はすごく驚いた。

 

父の大声に、老人が薄く目を開いた。

「ほら、見えるか。あんたがさんざん馬鹿にし続けた俺が、あんたがずっと欲しかった長女を授かった。けどな、絶対に家は継がさせない。あんたが望むことなんかぐちゃぐちゃにしてやる。だから婿にいったんだ、直系の字も名につけなかった!ざまあみろっ」

「か、か、か」

と、老人の枯れた喉から声が出た。

表情を見ると、先ほどまで衰弱した様子の曾祖父の眼にぎらぎらとした力が宿っていた。

横たわったまま、老人は嗤い、だがはっきりとした声で父へ言った。

「うつけが何ぞほざいておるわ。その年までわからなんだら大うつけじゃ、それだからお前は駄目なんじゃ。未だに何もわかっておらんで、逃れた気になっておる。か、か、愉快じゃ」

姉を曾祖父の側に寄らせ、見えるように父が曾祖父の胸ぐらを掴みあげる。

「見えるか?名前も知ってるか?直系にはなんら関係無い、うつけはてめえだ!呆けじじい!」

「よう見えるわ。おい、T。この娘を授かったこと、名をあれにしたことだけはお前を褒めてやる。初めて、一つだけ褒める価値じゃ。立派な良い直系じゃ」

とうとうぼけたかと、呆れて父が曾祖父を布団へ投げ出す。

母は病人になんて真似をと曾祖父を慌てて介抱していた。

体勢と衣類を直されて、満足げに曾祖父は父へと笑んだ。

「T、確かに『T』の一字は入れなんだなぁ。それで資格が消えると思いこんでいるのが、お前の本当にうつけなところじゃ。お前は我々の何を知っているというのだ?拒み続け、逃げ出した、不出来も不出来な無知の塊が」

声も無く激高した父を、母が止めようと必死なのを、姉と俺は近くで見ているしかなかった。

早くこの怖い部屋から出たい。それだけが、その時の望みだった。

曾祖父の声はまだ続く。

「字体をばらばらにして己から一つ、愛する己が母から一つか。愚かしい、本当に愚かしい。部首に考えが至らなんだか。お前の母に、つまり儂の娘に何の意味も無い名をつけると思うたのか」

「何が言いたい、耄碌じじい」

「直系が持つ正当な古字はな、こう書くのよ。『りっしんべん』ぐらいお前が阿呆でも知っとるじゃろうて。常用では部首は別だが、当家ではコレが引き継ぐべき字のありよう。お前の母にも別な形で入っているじゃろう」

「……こころ」

「心を引き継ぐが習わし。りっしんべんの意味に、まさに心を与え、直系であるお前の一字を以って完成と成すよくぞ強めたのお、うつけが」

曾祖父の悪魔のような歪んだ笑顔は今でも鮮明に思い出せる。

その後は酷かった。

父が唸り声を上げたのをさすがにいぶかしんだ大人が三人がかりでようやく父を押さえつけ、落ち着くまで別室で軟禁された。

その後の曾祖父はうって変わったように上機嫌で親族と別れを楽しみ、早晩、眠るように穏やかに息を引き取った。

俺達は本家に滞在する時、必ず仏間が部屋にあてがわれる。

別室にいる父を除いた三人で、葬儀の終わる夜までを過ごした。

葬儀は、それは盛大なものだった。

元々葬式の派手な土地柄らしいが、近所の人が葬式行列を見て「さすが御方のご葬儀ともなると違うねぇ」と言っていたのが聞こえた。

『御方』が何を指すのかもわからない。

父のように、俺も何も知らない。知らない方が、それでも幸せな気がした。

長男のおじさんに子供ができれば。その子が家を継ぐだろう。

末子の息子になど、用は無いらしいのだ。

盛大な葬式のあと、俺はぐったりと疲れて眠っていた。

気がつけば、姉が暗がりの中、窓を開いて外を眺めていた。たぶんまだ真夜中だ。

背後の天井近くには歴代の遺影が飾ってある。

俺は写真に見られているようで怖くなり、姉の隣へとタオルケットを被って並び座った。

眠っている母を起こさないように、

「ねーちゃん、何してんの」

「蛍見てた」

言われて窓の外を見ると、夏の深い夜に蛍の光がいくつも点滅していた。

「そっちお墓の方だよ。夜見てると呪われるよ」

「見てるぐらいじゃ呪われないよ」

俺の言うことをまったく聞かず、姉はぼんやりと外を眺めていた。

そういえば、この騒動の最中、姉は身を潜めるようにほとんどしゃべりもせずにいたのだ。

「とうま、知ってる?人魂って青いんだって」

「ひとだま?」

姉の指差す方を見るとお墓の方に確かに青白い光があった。

ゆらゆらと、なんこも漂うようにしている。

俺は血の気が引く思いだった。

「燐とかいうのが燃えるから、青く見えるんだって。人間の身体にも入ってるから、その燐が燃えたら火の玉で人間の魂らしいよ」

「ねーちゃん、ヤバいよ。ほんとにお化けが来るって」

「やばくないよ。理科とかで習うもん。今度あんたも百科事典見てみなよ。燃えるモノで色が違うんだよ。写真綺麗だったよ」

「理科とか科学とか苦手だって知ってんじゃん」

「恐竜ものってるから見なよ。面白いよ?」

「まじか!」

俺はその頃恐竜にハマッていたので、家に帰ったら夏休み図書で図鑑を借りようなどと、一気にのんきな気分になった。

だから、ぽつりとそれを口にした時の、姉の顔は見ていない。

「でもさあ、だったら・……あの赤い火の玉は何が燃えてるんだろうね」

蛍を見ていたんじゃない。姉は最初からそこを見ていたのだろう。

葬式が終わって、今は曾祖父が眠る墓の上に他よりも大きな赤い火の玉が浮かんでいた。
「本当は人魂は赤いのかなあ」「赤い鬼、赤い人魂……」

どんな気持ちで、姉があの光景を眺めていたのか。俺にはわからない。

そのそも姉にはあの騒動の間、頑なに口を閉じていた姉には一体何が見えていたのか。

同じものを見れない俺にはわかることのない、ナニカ。

『ナニカの世界』は今日も姉と共にあるのだろう。

「境界線なんて無いんだ」

蛍の飛び交う夏、ぽつりと姉が呟いた……

投稿者「とうま ◆xnLOzMnQ」2014/06/02

4.うぶすな

四つ年上の姉の話だ。

不可解なモノ達が見え、そのモノ達と共に生きたり、時には対峙したりする道を選びながら人生を送っている、俺にとっては少し不思議な姉だ。

俺には霊感の類いは一切無いと思ってもらいたい。

ただ、姉と一緒にいる時だけは、その『異質な世界』を俺も垣間見ることがある。

今後この話を綴っていくにあたって、今日は先に断りを入れさせていただきたいと思う。

前回、『曾祖父の葬儀』という話をかかせてもらったが、その後、初めて俺の身単体に不可解と言えるかわからないが、立て続けに書き続けるのが困難な状況が起こった。

新品に近いパソコンの立て続けのトラブル(五~六回)。

それから俺自身は今、ちょっとした理由があって化膿止めやら破傷風の治療をしている状態だ。

俺は健康優良な方なので、病院にお世話になるのも新鮮だった。

ようやく手を動かせる状態になり、今日こうして続きを書き始めている。

これが単なる偶然なのか、書き記したから何かが働いたのか、俺に判別はつかない。

先に書いたとおり、これはひとえに俺に霊能力的資質が0だからだ。

だからのんきに今日もパソコンに向かっていられる。

恐怖感は無いが、今後間が空いたら、『また何か起こったかな』ぐらいに思ってほしい。

今回勉強になったことは、「破傷風の治療は一ヶ月に一回の注射を三ヶ月続けねばならない」という医療的な知識だった。

そろそろ本題に入ろう。

『曾祖父の葬儀』から帰ってきて、さすがの姉も普段の元気を失った。

口数が少なくなり、外へ遊びに出る回数が減った。

家の中がギスギスとした空間であったのは、当時小学生の俺にもさすがに理解できた。

そして、その頃俺たちが通っていた小学校は、『学校の七不思議』で実際の被害者が出るというかなり大変なことになっていた。これは、別の話で書こうと思う。

ようするに、姉はたぶん疲れていたのだ。

突然降りかかった訳のわからない赤い鬼を中心とした危害やら、近しい人間の悪意やら、通っている学校の怪異やらが一気に重なって、小学校高学年にさしかかっていたとしても、子供が受け止めきるには過ぎたものだったのだろう。

大好きな探検にも出ず、学校で友達と笑っていても明らかに無理しているとわかる笑顔、姉は徐々に様々なものに追い詰められて摩耗していた。

そしてそれは、周りが理解しようとしても、感覚に違いがありすぎて理解ができないというジレンマを抱えたものだった。

助けてほしいのに、助けの求め方がわからない。

助けたいのに、何をしてあげたらいいのかわからない。

そうこうしている間にも、学校の七不思議による被害者は増え、誰もが恐怖を隠しながら笑ってすごし、『怖いことなんかそうそう起こるはずない』と自分に言い聞かせながら生活しているような、大事な場所が『害意のあるナニカ』に日々浸食されているような、学校はそういう場所に塗り替えられていっていた。

いつもなら容易に対処してくれるはずの姉は、常に何か考え込んでいる風でもあり、学校のそこここで起こる流血沙汰を冷めた目で見ていた。

俺は血を流す友達を無表情に眺める……そんな姉が怖かった。

七不思議にまつわる『おまじない』や度胸試しは、実際の被害者が出ているのにも関わらず、のめり込む児童がほとんどだった。

先生達が注意を促しても聞ききれない、無法地帯になりつつあった。

そんなある日の事だ。

いつもどおり朝の全校集会があり、学校で流行している悪い遊びに関して校長をはじめとする先生達からきつい叱りが続く、普段よりも少し長めの朝会があった。

その日は反省させるためなのか、いつもは体育座りで聞く先生達の話を全ての児童が立たされた状態で行われていた。

ばたあああああああん!!

異質な音が体育館中に響き渡ったのは、朝会が始まってわりとすぐのことだった。

集められた児童は辺りを見渡し、小さい声で「今の音なに?」「さあ?」「またお化けかな?」などと無責任な発言をしていた。

音の発生源はわりとすぐに見つかった。

そこだけが丸く人垣が広く避けていて、先生方が慌てて走って行ったからだ。

俺も何が起こったのか確認しようとして、それはすぐに驚愕に変わった。

そこには、真っ青な顔をして倒れたまま動かない、姉の姿があった。

保険医が簡単なチェックを行ったあと、姉は男性教諭に背負われてすぐに保健室へと運び込まれた。

弟の俺は当然ついて行った。

体育館はざわめきでいっぱいだったが、そんなのは知った事じゃない。

眠っている姉は唇まで紫で、先日目にした曾祖父の遺体を嫌でも思い出させた。

保険医がいうにはたぶん貧血だろうと、頭を打っているかもしれないから目を覚ますまでは起こさないこと。

派手な音はしたが、痙攣などもみられないし、安静にしていれば大丈夫だろうと。

俺は説明の間、姉の手をずっと握っていた。

かろうじて温かいこの手を離してしまうと、姉がどこかに行ってしまいそうな気がしたからだ。

一時間もしないで姉は目を覚ました。

状況がわかっていないようで、自分が倒れたことにも驚いていた。

相変わらず顔色は良いとは言えず、すぐに早退の許可がおりた。

両親への連絡は姉が断った。共働きだし、心配をかけたくないと。

だから代わりに俺が、付き添いで早退することになった。

『姉がもし途中で具合を悪くしたらすぐに近くの大人を呼ぶこと。その場合は病院に行くこと』と約束をして。

保険医は最後まで心配していたが、姉は姉で自分の状態をしっかり理解したようだった。
「帰ろっか」

「うん」

姉に促されながら、俺はその後ろ姿を追った。

通学路はとくに決まっていなかったが、その日はいつもとは違う道を姉は選んで進んだ。
いつもの通学路とは正反対の道だが、距離的には大して変わらない。

気分転換のつもりなのだろうと着いて行って、姉が横道に逸れたところで俺は初めて慌てた。

まっすぐに帰るとばかり思っていた予想が外れたこと。

それから、姉の進むそこは入ったことのない、言わば俺にとっては『知らない場所』だったからだ。

両脇にうっそうと茂る竹、綺麗に整えられた砂利道の先には石造りの鳥居。

しっかりと取り付けられた注連縄が古さを滲ませている。

参道だ。神社への。

引っ越してきてからまだ一度も参ったことのない神社。

父親が迷信や田舎の俗習を嫌うから、そういった場所は自然とうちでは禁忌になっていた。

鳥居の向こう側で手招く姉の姿が、光の加減かやけに薄暗い。

そのくせ招く手だけは貧血の影響が残る青白いもので、鳥居を挟んで俺は何か得体の知れないモノと対峙している気がした。

「来ないなら置いていくよ?」

声音だけはいつもと変わらない優しい姉のものだ。

けれど表情がほとんど見えない。

口元だけが少しだけ笑みの形にほころんでいる。

逡巡は少しばかりで、俺は覚悟というまでもない、なけなしの勇気を振り絞って姉が招く参道へと足を進めた。

「鳥居は真ん中を歩いちゃダメだよ、神様の道だから。人間は端を歩くの」

ぼんやりと聞こえる姉の声に従って、その手をとり鳥居をくぐる!

鳥居を越えた、ただそれだけなのに。

たったそれだけで、空気がすごく清浄な場所に来たことが俺にも感じられた。

内心に抱いた恐怖感が失礼なほど、その神社は整然と静謐にそこにあった。

笹の葉がならす葉擦れのさらさらとした音。

社を中心に木々が茂り、けれどそらはぽかりと空いて青空が眩しい。

俺と姉は普通に神社に手を合わせて、鐘をならして。

それで帰るのかと思いきや、姉はそこからさらに神社の裏手にまわり、短く草の刈り取られた一本の道を降りてゆく。

誰かの家の田んぼの畦道なのだろうそこを、何故姉が進むのか、俺には理解できずに、ただ姿を見失わないようについて行く。

家への近道でもないし、姉がよく探検に使う道でもなかった。

どこを目指しているのか、あるいはどこも目指していないで気まぐれに歩いているだけなのか。

ほどなくして、俺たちは大きな沼に辿り着いた。

陽光を反射して湖面は鏡のように輝いている。

心地よい風が吹き抜けてゆくのに、水面には一切波立つ気配も無い。

こんな場所があったことすら、自分が住む土地なのに俺は今の今まで知らなかった。

姉は少し辺りを見渡して、深く息を吸うと沼のほとりに腰を下ろした。

「私たちはね、産まれる時はこっちに居たんだって。いや、産まれる前、お母さんのお腹の中に居た頃からかな」

「少し不安だった。曾祖父さんのお葬式以来、急に足下がぐらついた気がして」

「でも、ここが私の産まれた土地で、産土様に呼ばれて、だからもう、大丈夫」

ぽつり、ぽつりと語られる姉の言葉の意味はほとんどがわからなかったが、いつしか血色を取り戻して、いつもどおり元気に笑む姉の姿を見て、俺は心の底からほっとしていた。
うぶすなさま。ここの神様の名前だろうか。

ねーちゃんを元気にしてくれてありがとうございます、心の中でお礼を言って、俺たち姉弟はその沼を後にした。

帰り際、振り返り様にみた沼はやはり静かに光をたたえ輝いていた。

鳥居をくぐると、もう夕暮れ時だった。

来た時はまだ青空だったのに、明日も良い天気を思わせる朱色の夕焼け空と雲が空のどこまでも広がっている。

そんなに長いこといたつもりは無いが、無意識にぼんやりして長時間経っていたのか。

家に帰ってからも姉は元気な様子で、貧血で倒れた話も自分から報告して、祖母と母が『うちは貧血持ちの家系なんだ』と笑って、久しぶりに賑やかな夕食を過ごした。

次の日、俺は気になって一人で放課後、その沼に向かってみた。

けれど進めども進めども田んぼばかりで、沼などどこにもない。

道を間違えたかと神社まで引き返すと、いつもはいない神主さんが境内を掃除していた。
「こんにちは!」

「おぉ、とやの孫さんか。珍しいな、一人か」

かくしゃくとした壮年の男性だ。ちゃんと神主の服を身につけている。

「あの、この先に沼があると思うんですけど、どの道ですか?」

俺が聞くと、神主さんは一瞬きょとんとして、それから大声で笑い始めた。

「無い場所には行けんよ、坊主。沼があったのは昔も昔、田んぼができるその前だ。なんだ学校の社会の勉強か?」

そんな馬鹿な……

挨拶もそこそこに、俺は未だ学校にいるはずの姉の元へと走って戻った。

姉は俺を見つけ、俺の顔色を察し、何があったかを理解したようだった。

口に一差し指をあて、声を出さずに、『秘密だよ』

場所は学校側にとって一番の問題となっている『学校の七不思議 一三階段の呪い』と呼ばれる踊り場。

姉の足下には何人かの気を失って倒れた生徒。

しかしその日以来、七不思議の一つ『十三階段の呪い』は失われた。

「あの沼はなんだったんだ、姉ーちゃん。俺一人じゃ行けなかった」

「当たり前だ、あれは神様の坐す沼。お前一人で行けるはずもない」

聞いたことのない口調で姉が語る。

「招かれたから行けたんだ。この世であってこの世では無い神聖な場所。私はとうに護られていた。ただ、視えなかっただけだったんだ。境界なんか、本当は無いんだ。境目を創るのは人の心だ。どの『ヒビ割レ』も人のウチガワにこそ存在する」

暗がりをどこまでも見通すような瞳で、姉は語った。

聴いたことも無いような、薄く切り込むような鋭い言葉で。

「あの『赤い鬼』ですら、人のウチガワから滲み出たものなんだ」

姉が口調の『切り替え』を行うようになるのは、これ以降の話になる……

投稿者「とうま ◆xnLOzMnQ」2014/07/09

5.十三階段の呪い

四つ年上の姉の話である。

人には視えないモノを視て、日常と非日常の混ざった不思議な世界に身を浸した、それでも快活な姉の話だ。

姉の視る『異界』を、俺は共に在る時だけ共有することができた。

不可思議でおぞましく、けれど何処か心惹かれる、恐ろしいけれど尊いこともあった、理解しがたい数々の世界を。

怪談や都市伝説、オカルトにはブームがあるような気がするが、当時小学生だった俺と姉の世代にもそういう時期があった。

学校で起きてしまう様々な説明のつかない事故。

怪我人が出ても止まらない当時の同じ学校の児童は、好きなものにハマッて熱狂するというよりは、狂乱していたと言った方が伝わる気がする。

怪談の無いはずの小学校にいつのまにか産まれ、増えていき、最終的に『七不思議』として完成したアレら。

それで被害が出ても、喜ぶ児童達。あれは明らかに異常な状態だったと、俺は今でも思う。

今日はその中から一つ。

『13階段の呪い』について話させてほしい。

俺と姉が引っ越して通っていた学校は本当に田舎にあった。

四方を山に囲まれ、少し視線を向ければ田んぼの棚田が綺麗な段々を描いている。

森の中の山道は格好の遊び場で、カブト虫やクワガタと捕って競ったり、友達と桑の実を食べ合ったり、なんかよくわからないトゲっぽい実を投げ合って服にひっついて取れない実と悪戦苦闘したり。

何もかも子供心に新鮮で、楽しい日々だった。

学校の怪談が児童達の間で流行りだしたのは、図書室にはいった『学校の怖いはなし』シリーズが最初だったと思う。

普段図書室なんか使わず、サッカーやバスケットボールで遊ぶ男子達まで、集まってはみんなで読み回し、オバケがいるだのいないだと、デタラメといいつつ女子を怪談ネタでさらに怖がらせたり、なんのことは無い、よくある日常のはずだった。

最初は。

書き忘れていたが、俺の姉の特徴のようなものを今まで書いてなかった気がするので、ついでに書いておこうと思う。

一言でいえばものすごい本好きだ。

しかも読むのがめちゃくちゃ早く、どの本のどこに何の話があったかまで覚えてられるような、妙な特技を持っている。

これは単純に小さい時からの話で、絵本から始まって文庫に至り、俺だったらすぐに閉じて読むことを拒否するような分厚い2段組の小さい文字で書かれた辞書に似た類いの本まで、活字と在れば楽しんでいたような人だ。

小学校の時の自分の愛読書はこれまた字の細かい二段組の『世界の童話』、それからかなり大判で重い『日本のむかしばなし』だった。

『日本のむかしばなし』はふしぎなはなし、楽しいはなし、すこし怖いはなし、わらいばなしの四項目に分かれていて、読まれ過ぎたその本はある日無残にも真ん中から割れたという逸話がある。

本を割るほどに読み込んだ姉はめちゃめちゃへこんでいた。

もう一つは探究心がものすごく旺盛だということ。

夏休みの課題で誰もが嫌がる自由研究を喜々として、引っ越した先の『郷土研究』としてまとめて提出したり、本から覚えた知識で実際に草木染めを作ってみたり。

調べること、実践すること、探求することに並外れていた。あと、着眼点も変だった(俺にとっては)。

両親が共働きだったから、姉が物心つくころ育ててくれたのは祖父母ということになる。

祖父とキャッチボールをしたり、祖母と庭の手入れをしたり、それが父と母で無いというだけで、おおむね普通の生活をしていた。

ただ、祖父母が相手だから昔の話を聴く機会は多かったのかもしれない。

俺は小学校の頃はだいたい友達と遊んでいたぐらいの記憶しか無い。

ようは楽しい記憶が多いということで、それは俺にとっては幸せなことだった。

脱線はこれぐらいで、肝心の七不思議『13階段の呪い』について話そう。

何度か書いてきたが、姉の話によると俺たち姉弟が通う学校に元は怪談なんて存在しなかったそうだ。もちろん七不思議も。

それが姉が小学校に転校してすぐにオカルトブームに行き当たり、その流行と共に産まれて、通っているうちに七不思議は増えていき、実際に被害が出て、七不思議として完成してしまった。

無かったことが、それこそ何十年も前からあるように皆が話すようになった。

築何年か不明の木造校舎は雰囲気たっぷりで、児童が怪談を期待するには十分過ぎるほどの場所だった。

しかも元は墓地で、そこを潰して建てられている。

流行にのった誰もが、恐れながら期待しながら、怖い出来事を待っていた。

七不思議『13階段の呪い』とはこんな話だ。

放課後、誰もいない時に一人で行わなければいけない。

誰もいないことを確認したら、踊り場に立ち、まずはそこから二階へ向かって階段の数を数えながら昇る。

この間、決して言葉を発してはならない。頭の中で階段の数を数える。

二階に着いたら、今度は踊り場を目指して同じように階段の数を数えながら降りる。

昇った時と降りた時で階段の数が違わなかったら成功。願い事が叶う。

もし、昇りと降りで数が違い、一段増えて十三階段になっていたら、あなたは呪われる。

単純といえば単純。呪いといいながら、要は願い事を叶える儀式なのだ。

いかにも子供らしいというか。

だが姉はこの間、オカルトへの熱狂を眺めている時、終始不機嫌そうだった。

だいたい笑顔の姉には珍しく、しかめつらの日々が多かった。

それも『うぶすな』の沼を訪れる前の話だが。

沼に行った以降、姉は元の快活さを取り戻した。

あの時は不機嫌だったのではなく、もしかすると原因を考察していたのかもしれない。

話は子供が考え出した、稚拙な願い事を叶えるための儀式では終わらない。

七不思議 『一三階段の呪い』は正しく機能した。

あなたは呪われる。

つまり、犠牲者が出たのだ。

とある日学校に着くと、なんだか空気がざわついていた。

ひそひそと陰で集まって何事が話しているグループがあちらこちらに。

意味がわからず下駄箱で靴を履き替えて教室に向かおうとすると、階段付近が大騒ぎになっていた。

渡り廊下で泣いている女子もいる。

すぐに先生達の大きな声が聞こえてきた。

「近づくんじゃない!」

「大人しくして!みんなは一年生の教室か図書室、階段の近くが嫌な子は体育館にいなさい!!危ない事はしちゃだめですからね!!」

姉が踊り場を睨むように見据えていた。

そこには、腕の関節が妙な方に曲がり、片足が完全に折れて泣きわめいている一人の女子の姿があった。

姉の一つ年下の学年の、学校のごく近所に住むYちゃんだった。

細めの体格で髪を長く伸ばし、優しい美少女お姉さん風の女子だ。

男の先生は痛がってなお暴れようとする女子生徒を押さえ、できる限りの応急処置をしていた。

「痛い痛い痛いいいぃ!!助けて!助けて放して!」

押さえ込む男の先生は汗だくだった。どれぐらい前から、この状態が続いているのだろう。

Yちゃんは長い髪を振り乱し、一部は汗で張り付かせ、普段の優しげな顔からは想像できないような険しい形相で、「「は な せ えええええええええええ!!!」」

一声叫ぶと目をぐわっとかっ開き、口の端に泡をしたたらせ濁ったような声で、女子が押さえつける先生の腕に思い切り噛みついた。

直後救急車が到着し、担架に乗せられ女子は暴れないように固定されて、搬送された。

昼休みは当然大騒ぎになり、噂を口々にいう児童と、否定して回る先生達とで異様な状態だった。

午後の授業もみんなうわの空。

後日、校長先生から保護者も集めての『事故』に関してのお詫びとより安全に配慮するという挨拶が行われたが、児童の中で納得している者はたぶん誰もいなかった。

これが初めの年の出来事。

Yちゃんは呪われたんだという者がいたり、呪いなんてあるわけないという者がいたり、Yちゃんが退院して帰ってくるまで、好き勝手に噂は続いた。

けれどYちゃんが無事に戻ってくると、そんな噂も立ち消え、もとの学校生活が戻ってきた。

 

Yちゃんの家は「石屋」と呼ばれている。

田舎だから屋号で呼ぶ風習が残っているのだ。うちが「とや」と呼ばれるように。

「石屋」とは文字通り庭石を扱ったりなんだりする仕事だが、その仕事のほとんどは墓石を作り、設置するもので田舎では特に重宝されていた。

翌年もYちゃんは階段から落ちて骨折した。

一人で発見されて、半狂乱の姿を見せて、入院から帰ってくるとけろりとして松葉杖をついている。

他の誰も落ちない階段で、Yちゃんはその翌年も落ちた。

他の誰もがどれほど試したかわからない願いを叶えるおまじない。

効果がなくて、ただ昇りと降りで数が合うだの合わないだのの、ただの肝試しと成り果てた『一三階段の呪い』で、たった一人、ただ一人、Yちゃんだけが三年間連続して落ちて骨折した。

みんなもう、ただの連続とは思わなかった。

本当に呪われたのだと、そんな空気が言葉にせずとも流れていた。

もともと肌の白いYちゃんはなんとなく遠巻きにされるようになったせいか、ますます青白くなり、目に見えて落ち込んでいた。

「あ、とうま君」

ある日校庭に俺の姿を見つけたYちゃんが近寄ってきて、力無くひらひらと手を降った。

「とうま君、私なにかしたかなあ」

校庭に一定間隔で半分だけ埋められたタイヤ群、通称「連続飛び箱」と呼ばれている遊具を腰掛けがわりに座り、俺はYちゃんと少し話をした。

「骨折して運が悪かったなあとは思ってたけど、まさか続くとは思ってなかった。なんかみんなよそよそしいし、最初は不注意だって怒ってたお父さん達は、この間町に連れて行っていきなり『お祓い』してもらえって、わけわかんないことされるし」

「おはらい?」

「そう、意味わかんないよね」

「わかんないって、Yちゃんの一三階段のことなんとかしようとしたんじゃないの?」

「なにそれ?」

「だから七不思議の……」

「ストップ!ストップ!!」

俺が七不思議について話そうとした途端、Yちゃんは耳を塞いで大声で俺を制止した。

そしてそろーっと目を開け、耳から手を放すと、

「それ怖い話?怖い話だよね?七不思議ってそうだよね?ごめん、無理!私怖い話とか聞くのもTVとかで見るのも絶対無理なの。怖いの苦手で、苦手っていうか嫌いで」

「え?」

俺はYちゃんの話に逆に驚いてぽかんとしてしまった。

「Yちゃん、願い事が叶うおまじないとかやったことない?」

「ないない。だって、効かないもん。好きな人と両思いになるのに消しゴムに名前書いて、誰にも知られないように使い切るとかでしょ?そんなことしても両思いにはならないと思う。それより、自分が好かれるようなことした方がいいって。相手の好みを知るとか、一緒に遊んでみるとか」

話してわかったことは、Yちゃんが怖い話関係は一切関わらないようにしていること。

だから学校の七不思議も当然知らないだろうこと。

つまり 『一三階段の呪い』を実行したとは思えないこと。

俺は自分なりにYちゃんから聞いた話を姉に伝えてみた。

すると姉は「どうりで」と一言呟いて、その日はそれっきりになってしまった。

次の日の夕方だ。

姉は俺に、用事があるから先に帰れと言ってきた。

高学年になった姉は児童会に所属していたから、色々と忙しかったのも事実だった。

俺は俺で『うぶすな』の件が気になったし、先に帰ることにした。

だからここから先は、姉があの時いったい何をしたのかを聞きだしてわかったことだ。

俺が帰宅で学校を出たのを確認し、姉は『一三階段の呪い』を実行したのだそうだ。

ただし、素直には実行しなかった。

階段の数も数えなかった。

踊り場で手を叩き、小さな声で謳いながら、それを始めたそうだ。

「おにさんこちら、てのなるほうへ」

「おにさんこちら、てのなるほうへ」

二度謳って、昇り始める。

手は叩いたまま、童謡『はないちもんめ』の言葉を変えて。

「刈って嬉しい骨折れ花を、集え楽しき一三階段」

「あの子がほしい、あの子じゃわからん」

「この子がほしい、この子じゃわからん」

「集まれ、怪談のまじないご」

二階まで辿り着いたら、今度は降りで同じ事を。

「集まれ、階段の呪い子」

くるりと振り向いたそこには、数人の児童が音も無く立っていた。

感情の無い、人形のような眼差しがいくつもならぶ。

「お前達のやったことは他愛ない子供の遊びかもしれないが、被害が出たのにやめなかったお前達は今やおにの子だ。人を呪わば穴二つ。人の子の嫉妬、鬼の子の呪い、等しく還れ。業よ還れ」

柏手を高く二度打ち鳴らす。

「この場所に怪談は存在しない。嫉妬と妄信でできた七不思議『一三階段のおまじない』、宿り子はもう無い。お前も無かったのだから無きモノへ還れ」

踊り場を打ち鳴らすようにだんっと踏み、さらに柏手を一拍。

途端、ぐたりと力を失い、踊り場に集まった児童は姉の足下へと倒れ伏した。

俺が見つけたのは、ちょうど祓いが終わった瞬間だったらしい。

「秘密だよ」

口元に一差し指を当て、にやりと猫のように笑んだ姉。

その後は保健室へ行き、「怪談の踊り場で何人か倒れてましたよ」といけしゃあしゃあと報告し、慌てて見に行った保険医が職員室へ駆け込み、一時は騒然となった。

姉は当然事情を聞かれたが、「さあ、見つけただけなので何もわかりません」と平然と真実に蓋をしていた。

いや、この場合『クサいモノに蓋』だろうか。

踊り場に居た児童は自分たちがどういう状態かわからず、しかしきつく叱られるうちに、七不思議 『一三階段の呪い』のやったことを全員が自白したらしい。

「目的は美人でもてるYちゃんが妬ましかったから、少し不幸な目にあえばいいと思った、だろ。男子から人気があるのも考え物だ。嫉妬で複数の人間から同じ願いをかけられるとは」

「『一三階段の呪い』の話と違う。数が違わなかったから成功したってこと?だから願いが叶ったって?あなたは呪われるってのから無事逃げれたってこと?」

「違う。どうでもいいんだ、そんなことは。そもそも七不思議 『一三階段の呪い』ってヤツが、子供が考えたらしく、定義というか、ようはおまじないとしてのやり方が大雑把過ぎて、悪いモノが好き勝手し放題にできる、つけ込みやすい雑な作りだった。昇りと降りではどこから数えるかで段数が変わるんだ。ここで『あなたは呪われる』は確定。
次に、そもそも悪い願いをされたのなら悪いことを起こして、更に信憑性を増すことで力を蓄えるのが、 悪いモノのよくある性質。悪い願いは叶うし、必ず呪われるんだ。Yちゃんの家業が死に近いから、余計に悪いモノはつけ込みやすかったのかもな」

俺は精一杯食い下がる。

「呪いとおまじないは違うと思う」

そこで姉は、あのニヤリとした笑みを浮かべ辞書を指し示した。

【呪う】
①のろう。のろい。神や仏に祈り他人に不幸をもたらす。
②まじなう。まじない。

「『一三階段ののろい/一三階段のおまじない』。人が知識として知っているか、知らないかは問題じゃないんだな。知られてなくとも効果はある。怖いものが嫌いなYちゃん本人が、こんな事をやるわけはないから不可思議だったが、これでYちゃんにはもう同じ不幸は起こらない」

ぞっとして俺は乱暴に辞書を閉じた。

「七不思議『一三階段の呪い』は死んだ。今回はいい勉強になったよ」

夜空に瞬く星々を眺め、ぽつりと姉が呟いた。

投稿者「とうま ◆xnLOzMnQ」2014/08/20

6.かわき石

四つ上の姉の話だ。

何故かはわからないが『赤い鬼』にまつわる因果に深く関わりがあり、不思議な出来事によくよく遭遇する姉。

他人には見えないモノと聞こえない世界を知りながら、あっちとこっちの境界線を飄々と歩いている、そんな姉だ。

小学生の時に引っ越して、七不思議を初めとして通う小学校では色々あったが、たぶん当時の姉が最も嫌がった出来事が、小学校6年時に遭遇したこの事件だと思う。

俺も巻き込まれた形で、この件には直接関わっている。

小学校段階で降りかかった実害レベルも、あれが最大だったんじゃないだろうか。

『かわき石』 それがその石の名前だった。

正確な由来は知らない。

けれど校舎が尋常小学校と呼ばれていた頃から、その石は学校の中庭にあったという。

昔は信仰の対象であったとも、祖父母から聞いた。

母が通っていた頃にもその石はずっとあって、けれど詳しいことはだんだん忘れられていたという。

ただ、大事にしなさい、と先生達には教えられていたそうだ。

かつてはきっと大事にされていたんだろう。

俺達がの代ではそれは『呪われた石』として有名だった。

触れると呪われるて、必ず不幸に見舞われる。

その話のせいか、児童達も中庭にはあまり集まることはなく、昼休みでもそこはいつも閑散としていた。

中庭のすぐ近くが校舎裏の杉林で、うっそうと生い茂る杉が陰を落として、なんとなくいつでもうす暗い場所だったせいもあるかもしれない。

俺も『かわき石』と呼ばれるその石を、間近で見たことがある。

もちろん友達数人と一緒にだ。

大きさは横20cm、縦10cmぐらいだったと思う。

当然触ってないから重さはわからない。

石特有のゴツゴツとした感はあるものの、全体的につるりと光沢があるような石だった。

中庭にごろごろと転がっている具通の石とは一目で違う事がわかる。

赤と橙と黄色を混ぜたようなで色合いで、一番特徴的だったのが、滑らかな表面に年輪に似たはっきりとした模様があったことだ。

その時は格別嫌な感じも何もしなかった。

男子は面白がって、

「お前触ってみろよ」

「なんだよ怖いのか」

「じじばばが触ったらダメだってウルセーもん。先生も」

と集まっては冷かして、結局誰も触らないというのが日常だった。

怖くて不思議なことには子供は結構貪欲だ。

ところでうちの隣には、N君という姉の一つ下の学年の男子児童がいた。

一見細見なんだが、乱暴なことが好きというか、物や人に危害を加えるのが好きな、ちょっと問題行動のある子だった。

何かの拍子にキレて、教室の机を先生に向かって投げ飛ばしたり、同じクラスの女子を殴って、泣いて鼻血が止まらなくなるまで殴って、先生に押さえつけられたことがあるような子だ。

N君がどうしてそんなことをしてしまっていたのかは、未だにわからない。

普段は普通の性格だし、変な行動もしないのにどうして、と当時の俺は不思議に思っていた。

家が隣同士ということもあって、それなりに交流も持っていた。

姉も混ざって一緒に遊んだことも多い。

突然暴力をふるう以外は、わりとどこにでもいる小学生だった。

当時学校でオカルトがブームになっていた中では珍しく、N君はオカルト否定派だった。

N君曰く、

「幽霊いるとか信じてる奴らって全員馬鹿っじゃねーの。盛り上がって、実際みたことあんのかよ。連れてきてみろよ。お前らみんな嘘つきでバカ、バーカ、バーカ」

完全に馬鹿にしていた。

姉はその辺はどうでもよかったらしい。

そういう現象に関してどう思おうが個人の勝手、というのは姉が小学生の時からのスタンスだ。

信じたきゃ信じればいい。

否定したければ否定すればいい。

ただ、何かをしたら無関係ではいられない。

縁ができて、報いや恵みをもたらすこともあると、あまり小学生の段階ではオカルトに関して語ってくれなかった姉が、俺に教えてくれたのはそんなことだった。

それはいつもと何もかわらない日。

昼休みに騒ぎは起こった。

女子たちの悲鳴と、「やめなよ!」という焦った声、それから男子の「やれるもんならやってみろよ!」という、なんだか喧嘩でも起こってそうな声が聞こえてきた。

騒ぎとしてはまだ小規模だったが、体育館と中庭が近かったのでバスケをして遊んでいた俺にも偶然聞こえたという感じだ。

何事かと思って駆けつけてみると、『かわき石』を手にし、大きな庭石の上で仁王立ちしたN君の姿が目に飛び込んできた。

N君は叫んでいた。

「こんなもの信じてる奴が死ね!呪われて死ね!」

まずい、完全に凶暴なスイッチが入ってしまっている。

止めようと近づく誰かがいると、そいつに向かって石を投げつけるような仕草で威嚇する。

騒ぎを聞きつけた姉か先生がきてくれればと思ったが、それは少しばかり遅かった。

二階から駆け下りてきた姉が声を張り上げる。

「N、何する気だ!!」

「俺は信じてねーから!お前ら馬鹿なやつらとは違うんだ!!呪われて死ぬとか、絶対ありえねえんだよっ!」

「誰もお前が死ぬなんて思ってない!やめろ!それ以上口にするんじゃない!」

姉の制止を振り切って、N君の両腕が地面に向かって振り下ろされる。

ばきっ、と乾いた音が響いた。集まっていた児童が静まり返る。

『かわき石』は渾身の力で固いコンクリート地面に叩きつけられたにも関わらず、粉々になることはなかった。

ただ、ありえないほどきれいに、真ん中からばっくりと二つに割れていた。

「ああ……」

姉の苦渋に満ちた溜息が聞こえた、瞬間だった。

地面に割れた断面をさらしたままの石から、黒い靄のような何かが空へと立ち昇っていくのが、俺にも見えた。

目をこすってみたが、消えることはない。

そして、他の児童には黒い靄は見えていないようだった。もちろんN君にも。

「ほらみろ、何も起こらないじゃねーか!呪いなんか嘘っぱちなんだよ!!」

N君は大きな石の上で勝ち誇った表情をしていた。

なーんだ、と言わんばかりに興味を失った児童たちが中庭から数を減らしてゆく。

その間も、黒い靄、というか煙に似た何かは空に昇り続けた。

おおよそ一分ほど、風で消えることも揺れることもなく、ただ真っ直ぐに空に吸い込まれていった。

やがてN君もどこかへと昼休みを満喫しに姿を消し、残ったのは俺たち姉弟だけになった。

姉は昼休みの時間ぎりぎりまで、その場所にとどまって『かわき石』を見つめていた。

「今後一切何があっても、あの割れた石には触るんじゃないぞ」

強い口調だった。

「何か起こるってわかってるなら、ねーちゃんに何とかできないの?」

一瞬姉は悲しそうにして、

「信じていない者は、謝ることもできないからな。何もしてやれない。『存在』を受け入れていない者が禁忌を犯して、それなのに報いを回避するっていうのはほぼ不可能だと思う」

何やら難しいことを言っていた。

昼休みの騒ぎなど嘘だったように午後の授業が始まり、放課後を迎えても何も起こらなかった。

ただ、N君が『かわき石』を割ったという事は、ほぼ学校のみんなが知るところとなっていた。

若い先生たちは石を一つ割ったぐらいならと、逆に楽観的な空気だった。

年を重ねた用務員さんだけが、難しい顔をしていた。

帰り際、用務員さんが姉に声をかけてきた。

「『とや』のぉ、あんたどうするつもりだね」

「どういった形で起こるのかわからない以上、待つしかないです」

「難儀だな」

「本当に」

軽い会釈をして、用務員のおじさん(おじいさんに近い)は仕事に戻っていった。

俺たちは家に戻り、いつも通り次の日の学校の準備をして、夜九時過ぎには眠りについた。

バリバリバリバリイイイイィッ!!

聞いたこともない音に驚いて目が覚めたのは真夜中。

暗闇に目が慣れるまで時間がかかるはずなのに、外がいつもより明るかった。

時刻は二時過ぎ。ちゃんと真夜中だ。

二階で一緒に寝ている両親の姿がなかった。

姉はその頃には自分の部屋を与えられていたから、俺一人が部屋に取り残されている。

寝ぼけた目をこすって、一階に降りると明かりがついていて、玄関も開いていた。

 

少し離れた場所に、祖父母と両親、姉の姿がはっきり見えた。

違和感を覚えながらも外へ出て、俺は音の正体がなんだったのかを知り、驚愕した。

隣家との境には五メートルほどの敷地があり、そこにはN君の家の人が何本も木を植えては世話をして、わりあい立派な木庭があった。

N君の敷地へはそのまま繋がっていて、一番傍には立派な松の木が枝を伸ばしていた。

その松が、真っ二つに割けて燃えている。

ようやく俺は違和感の正体に気付いた。

こんな真夜中に、玄関のあかりだけで家族の姿があんなにはっきり見えるわけがないのだ。

轟々と燃える炎に照らされていたから、全員がくっきりと見えたんだ。

姉の側に駆け寄ると、「シルシだ」と呟いたのが聞こえた。

怯えた隣の住人も全員出てきていて、燃える松の大樹を眺めている。

燃え盛る火の勢いはかなりのもので、ほどなくして消防車が到着し、消火活動を始めた。
だが、これがなかなか消えない。

普通ならばすぐに鎮火しそうものなのに、まったく火の手は衰えることなく、ついには家の端に燃え移った。

煙は昼に見たものによく似た黒い煙で、それでいて立ち上る量は比べものにならないほどだった。

応援を要請する緊急連絡が出され、結局3台の消防車で鎮火にあたり、結局N君の家は半焼した。

雨も降らない、雷の気配も無い、そんな夜の出来事だった。

火事の後、N君はますます乱暴になり、それが原因でみんなが怖がって近寄らないようになっていった。

数日後、やはり放課後に用務員さんに行き会った。

「災難だったな」

「えぇ、まあ。即座に『シルシ』が来るとは思いませんでした。せめてもう少し時間がかかるかと思っていましたが、見通しが甘かった。さすがに容赦が無いですね」

「神様は本来恐ろしいもんだ。仕方ない」

「あの!」

俺は思い切って二人の会話に割り込んだ。

「『かわき石』ってなんだったんですか?用務員さんは知ってるみたいだけど、火事と関係あるんですか?それに『シルシ』ってなんなんですか!?」

俺の問いかけに、用務員さんはおっという顔をして、「何も教えてないのか」

「必要があることと、聞かれたことには答えてますよ」

「じゃあ何も知らんのと一緒だな」

にか、と用務員さんが親しげに笑った。心なしか側にいる姉の空気も柔らかい。

「用務員さんはね、前に私がこの土地の伝承とか、風習とかを社会の勉強で調べた時に一番お世話になった人だよ。この土地のことにとても詳しい」

だから親しげだったのか。

姉が民俗学者みたいなことをしているのは、大人たちの間で結構知られていることだ。

子供がフィールドワークらしきことをしていると、年寄たちは面白がってお茶によんで話を聞かせる。

「とやの坊主、『かわき石』ってのはな、元は学校に通う子供たちを守って下さいって神様にお願いする時の道具だ。人間が使ってるもので言えば電話みたいなもんだ」

「電話?」

「『彼我来石』と、本来はこう書く。彼は神様。我はお願いする人。神様が自分のところへ来る石っていう意味だな。学校の子供を守って下さい、それだけのものだ」

守ってくれるなら、やはり割ったのがいけなかったのかと問うと、

「割ったことも悪いが、学校の子供達を守るための神様だからなあ。その子供らみんなに『死ね』って言って割ったのがまずかったんだろうなぁ」

「『シルシ』っていうのは?」

「この神様は陽に属する神様なんだ。坊主には難しいか?陽は火に転じて、正しく来ると玄関に蝋燭の灯りみたいに小さい炎の印が残る。今回はN君が悪いものと判断されたんだろう。松は神様が宿るもんだって言われるから、割られて燃えたなら、N君の家は神様に守られる資格無しって罰が来ちまったのかもなあ。火勢は神様がそんだけ怒ってたんだろう、たぶん」

「しかしこれで、本当にこの学校を守るものがなくなってしまいましたね。私が最後の卒業生で良かった。新校舎の着工も順調みたいですし」

「あぁ、玉串捧げたんだってなぁ。お前さんが地鎮にいったなら、新校舎はまず問題ないだろうさ」

用務員さんの話は難しかった。俺は半分も理解できたかどうかといったところだ。

そしてあの日と同じように、会釈して「さようなら」と帰り道を進んだ。

「用務員さんも見える人?」

「あの人は感覚が鋭い人だ。気になるなら本人に話を聞くといい」

「ねーちゃんは本当に何もできなかった?」

納得できてない部分だったので、直接聞いてみた。

少し黙ってから姉は、

「無理だな」

言い切った。

今までいろいろな事柄をどうにかしてきたことを知っている俺としては、何故今回に限って駄目だったのかがわからない。

「用務員さんは電話みたいなものと言ったが、正確にはあれは神様と自分の間に縁を繋ぐものだ。縁を繋いで一時的に強くし、子供たちを守るという願いを届け、神を招くもの。けれど神様でなくとも縁は繋げる。ましてすでに繋がってる縁があるなら」

意味がわからない。

「石にはちゃんと魔除けの印があったが、それでも私があの石に触っていたら、もっと酷いことが起きていただろうさ。『赤い鬼』との縁を深めるなんて死んでもごめんだ。絶対に嫌だ。それこそ何が起きるかわからん。お前は大丈夫だろうが、間違っても石の欠片に触るなよ」

すとんと、語られた理由が収まるべきところに収まったような気がした。

それで絶対に無理なのか。

「石の魔除けって何だったの?」

すでに失われたものは確かめようがない。

「なんだ、気付いてなかったのか。さんざん眺めに行ってたのに」

バレていたらしい。それでも基本的に放任してくれるのがありがたい。

「石に年輪みたいな模様があっただろう」

「うん」

「中心がくっきりとした濃丸型。石の形は菱形に近くて、中心の丸を取り囲むように年輪上の模様が広がっている。もう一度頭の中で模様を思い出してみろ、何かに似てないか?」

「えー」

何かと言われてもと考えて、俺は記憶を探って石の模様を思い出す。似てるもの。似てるもの。

「!!」

「わかったみたいだな。あれは『目』だよ。あの目を通して、神様と言われるナニカは全て見ていたんだ。目は魔除けになるというけれど、割れたその中には良くないモノが溜まっていた。お前も見たんだろう?家が燃えていた時とよく似た黒い煙が石の中から出ていったのを。私たちは本当はナニに見られていたんだろうな」

空に吸い込まれていった黒い靄を思い出す。

わかるか?と問いかけられたが、当然答えることはできなかった。

投稿者「とうま ◆xnLOzMnQ」2014/09/07

7.つかまる

四つ歳上の姉の話だ。

もうこの話に関しては、書くべきではないのかもしれないと何度も悩んだ。

全てが終わったのだと思っていたからこそ書き始めた姉にまつわる話が、その後別な形でその片鱗を見せることになるなんてこと、俺は正直考えてすらいなかった。

自分が体験したことすら、未だに半信半疑で、正直、今でも書き記すかどうか悩んでいる。

全ての人に同じような体験が起きるわけがないと思っているが、一応断り書きをいれさせてもらおうと思う。

俺の姉にまつわる『赤い鬼』は、その存在自体はもう無いものの、知った人間の一部に残滓のように影響を与え、時には災厄に巻き込むそうだ。

俺自身は姉と共に乗った車で事故に遭い、その時たまたま姉が同乗してくれていたから今もまだ生きている。

雪の吹きすさぶ中、自分も事故に遭ったというのに平然と笑っていた姉。

深夜も過ぎた午前一時過ぎ。

国道とはいえぽつりぽつりとしか道路照明灯の無い、それでも通い慣れた道。

月も無く、等間隔にともった道路灯の頼りない光と、車のヘッドライトだけの寒く暗すぎるほど暗い夜の中、

「とうま、お前『赤い鬼』に関して何かしてるだろう?ずいぶんと思い切った真似をしたもんだ」

姉は若干呆れたような眼差しで、それでも責めることすらせず、ただ口の端を少しばかりつり上げて苦笑するだけだった。

高い高い橋の上。

事故で車ごと落下死しなかったことが不思議なぐらいの状況で、まるで恐怖も無いように普通の態度だった姉が、その時初めて何か恐ろしい存在に思えた。

のぞき込んだ橋の下は、ひたすら黒い暗闇で、一歩間違えばあの下でぐちゃぐちゃになって死んでいたんだと思うと、寒さよりも恐ろしさで背筋が冷えた。

生きた心地がしなかった。

「興味があるなら、誰でもが覗く権利がある。幽霊だろうが、怪異だろうが、鬼だろうが、ナニモノだろうが」

あの夜の姉の言葉が今でもはっきり耳に焼き付いて聞こえる気がする。

「ただし……『かたればさわる』ぞ。暗がりをせいぜい楽しむといい」

俺が死ぬかと思ったあの車事故の話も、機会があればいつか書こうと思う。

これらの話を投稿し始めてから、立て続けに遭遇した様々な怪我や病、機械の故障に果ては事故も、読んでいる人に

『ただの偶然だ。怖い話なんか知ってるからって、何でも結びつけて考えるなよ、馬鹿らしい』と、笑い飛ばしてほしい。

いっそそうしてもらえると、俺も気が楽だ。

かたればさわる。

ただそれが大事だ。

今後俺が書く話を読む人は、ナニカに自分もさわられることがあってもいいという人だけにしてほしい。

そして、俺の記した話をもし誰かに話すなら、そこに決して嘘を混ぜないでほしい。

『かたればさわる』からだ。

前置きが長くなって申し訳ない。

それでは、いつも通り四つ年上の姉にまつわる話をしようと思う。

姉が小学校の六年になって半年ぐらいの事だ。

当時、母方の実家での父の我慢は年を経るごとに限界に近づいており、祖父と父との仲はかなり険悪な状態になっていた。

祖父が歩み寄ろうとしても、父が受け付けない。

どこの土地で住むにしてもそうだが、その土地の人間とうまくやっていくには相応の風習というか、暗黙の了解のようなものがある。

父は近所付き合いですら田舎の因習として忌み嫌い、四件先の小さな工場で働くことも自分にふさわしくない恥としていたらしく、

表面上はものわかりのよいような態度をとって生活しつつも、深夜になれば今住んでいる場所がどれほどくだらない因習に縛られた時代遅れの低俗な町であるか、つのる不満を全て母にぶつける日々が続いていたそうだ。

俺は当時小学校中学年にようやくなった頃。

学校の男友達と毎日遊ぶのが楽しく、毎日体力の限界まで遊んでは夜にはすぐ熟睡していて、同じ部屋で起こっている両親の修羅場にはまるで気づいていない、ある意味では幸せな生活をしていた。

姉はといえば、五年になった段階で一階にある小さな部屋を自室として与えられ、そこで寝起きしていた。

祖父母もまた一階で寝起きしていたが、それでも深夜に大の男が怒鳴り散らせば、一階にいる誰もが二階の物々しい罵声には当然気づいていたそうだ。

今振り返ってみれば、父が暴れる声も音も、俺だけには覚えがないというのもおかしな話だ。

子供だから気づかない、ですまないレベルだったのは、母にも姉にも祖父母にも確認したから間違い無い。

不自然に抜け落ちているといってもいいほど、ごっそりと俺にだけその体験が失われている。

どうしてなのかは、いまだにわからない。

眠っていたのか、あるいはナニカに眠らされていたのか。

ともかく、俺の気づかないうちに俺の家族の関係はぎしぎしと歪んでいっていた。

たぶん、姉が誰よりも敏感にそれを感じ取っていた。

何せ、もうその頃には父の足下には常に『赤い鬼』がまとわりついてまわっていたそうなのだ。

姉自身には手を出さず、けれど姉の生活の基盤を鬼達は少しずつ削ぎ取っていた。

父の足の後ろから、隠れんぼをしながら悪意に満ちたくすくすという忍び笑いを向けてくる鬼達。

決して顔は見せず、細い手足にずんぐりとした腹、餓鬼に似たその鬼が、徐々に自分との間隔を狭めているのを、姉は感じていたらしい。

『秘密の友達』が教えてくれた、いつかの言葉。

「赤い鬼に殺されては駄目よ。赤い鬼と同じモノになっても駄目」

それをその都度思い出して、どうしたらあの鬼を退けることができるのか、そして父を元に戻せるのかを意識しない日はなかったそうだ。

自分はあの鬼らしきモノにとってどんな意味があるのか。

何が鬼の目的で、何を求めているのか。

父方の家筋にまつわり、曾祖父は自らが死ぬ前に『資格』があると言っていた。

資格とは何か、直系の長女にナニがあるというのか。

姉は学校で起こる説明しがたい心霊現象の問題を、人に知られないよう注意しつつも片っ端から片付け、(何故俺がそれを知っているかと言えば、幽霊退治?の現場に面白がってついて行っていたからだ)

古い文献などを調べ、博識な老人達の元に足繁く通い、打開策を模索していた。

だが、ちょうどその頃から、姉は徐々に体調を崩すようになっていた。

もともと喘息をもっている上に母方の貧血も継いだらしく、普段はは快活に過ごしていたが、目眩や貧血を起こしぐったりとした姿を見ることも頻繁だった。

そもそも姉は多忙だった。

五年の終わりから当選して引き継いだ学校の児童会長の仕事に、姉の代での校舎閉校、新校舎設立の行事のあれこれ、一年を通して行われる朝と放課後の運動強化訓練、それから家の手伝いに、オカルト関係の雑事と研究。

小学生のする量ではない労力を姉は日常的に続けていた。

姉なりに必死だったと、いつか酒を飲んでいた姉が珍しく自分から話してくれた事がある。

自分の家に降りかかる災難だけを、何もできずに過ごすことが歯がゆい。

人に視えないものが見えて、交流をとり知識を得たり、あるいは誰かに災厄をもたらしているモノを排除したりできても、肝心の自分の家族に纏わり付く鬼をどうにもできないならば意味が無いだろうと、子供なりに研鑽を積めばいつかどうにか出来るだろうと、信じていたのだそうだ。

必死で、ある意味盲目的だったと、姉は言った。

だから気づかなかったのだろうと、その時は陰鬱な表情だった。

俺達が通っていた学校の裏通りには、気さくなおじさんの経営する魚屋があった。

魚屋といっても魚を中心として様々な食品を取り扱い、トラックで地区の端から端まで売りに来てくれるような、重宝されていた店だった。

田舎といっても、小さいがそれなりに店はあった。

特に学校裏が一種商店街のようになっていて、パーマ屋から燃料店、駄菓子屋に魚屋と様々に、それなりに活気があった。

魚屋のおじさんは恰幅が良く、日に焼けた浅黒い肌もあいまって、ガハハと大きく口を開けて笑う豪快な人だった。

子供が好きで、よく大きな手でがしがしと撫でてくる人だった。

六年の教室を出てすぐの廊下から、その魚屋はよく見える場所に経っていた。

夏が終わって秋が来て、赤トンボやススキなんかが目にとまるようになった季節。

その日は六時のサイレンよりも早く、パトカーのけたたましい音で目が覚めた。

朝の五時頃だ。

たぶん三台ぐらいが連続で通って、もの珍しさにパジャマ姿で眠い目をこすりながらわざわざ外に出たのを覚えている。

せっかく起きてパトカーを探したのに、音だけで車が見れなかったことにずいぶんとがっかりした。

姉は具合が悪いらしく、七時近くになってようやく身支度を調え起きてきた。

朝から貧血らしく、頭を押さえながら青白い顔で食卓につく。

父の食事の時間に父の姿は無い。

ずいぶん前から、父は生活の主体を二階で行うようになっており、団らんの席についたことが無かった。

そもそも父は朝食が遅いのだ。

俺は起きてきた姉に、興奮しながらパトカーが来たらしいことを伝えた。

具合が悪く生返事で、話の半分も聞いていないようだった。

「とうま。パトカーが来るのは何か事件があった時なんだから、喜んだらダメだよ」

「だってかっこいいじゃん!パトカーとか消防車とかパワーショベルとか」

「男子はそういうの好きだよねー」

朝食をとりながら他愛も無い話をして、いつも通り学校に向かう。

学校に近づくにつれて、普段なら出勤しているはずの大人達が道で立ち話をしている姿が増えていくのを奇妙に思った。

学校の真向かいには公民館がある。パトカーはそこの駐車場に止まっていた。

険しい顔をした大人達が行き交い、辺りが物々しい空気にあふれている。

校門には複数の先生が立ち、通学してきた児童ををまっすぐ校内に誘導していた。

明らかに何かが起こり、それに近づけさせまいとしているのだと嫌でも伝わってきた。

全校児童がしばらく体育館に待機させられ、みんなが「なんだろうね?」と口々にざわめき合っていた。

普段なら開けているはずの体育館の扉も全て閉めてあり、教室へと続く渡り廊下の前には常に二、三人の先生が立って、生徒が体育館から出て行かないよう見張っている。

授業が始まらないのをいいことに、みんなは集められた体育館でいくつかの仲の良いグループでまとまり、子供らしい雑談をして賑わっていた。

三十分ほどして、学年ごと担任の先生に付き従って教室に移動が始まった。

窓際の席だった俺は、教室に入ってすぐにまだパトカーがいるかと公民館側に視線をやったが、パトカーもいなければ大人の姿も無い、ただの退屈な光景が広がっているだけだった。

がっかりしてふてくされて、自分の席に着こうとした時だった。

にわかに廊下が騒がしくなった。

「あ……あああ……なんで……なんでっ!うそ……あああああぁーっ!!」

奥の廊下から聞こえてきたのは、紛れもない姉の叫びだった。

「姉ちゃん!?」

あんな悲鳴じみた叫びなど聞いたことも無い。

だいたいにして落ち着いて、それこそ他の児童が問題でも起こさない限り騒ぐことなど無い、あの姉が。

ランドセルや運動着の入った袋は廊下の窓側にかけておく。

六年の教室の廊下側からは、あの魚屋がよく見える位置にあった。

「どうしたんだよ!!」

荷物も取り落とし、姉は一点を凝視したまま悲鳴を上げていた。

駆け寄って姉の腕を掴んで強く揺さぶるが変化は無い。

姉の視線の先を辿ってごく平凡な田舎の風景の中に、ぶらり、と垂れ下がったモノを『視て』、俺も硬直した。

見慣れた魚屋の二階。

ベランダにだらりと垂れ下がって、舌をだらしなく出し、日焼けた浅黒い肌が妙な紫じみた色になって、苦しさに限界まで開かれたまぶたから目玉がこぼれそうな、あの姿は。

魚屋の二階まではそれなりに距離があるはずなのに、それは妙に鮮明に近くで視えた。

首に太い縄。おじさんの体は若干透けていて、体の向こう側にある窓やベランダの景色が重なって見えた。

これが姉の視ている世界なのかと、幽霊となっても首をくくったまま、時折強風に揺れる魚屋のおじさんのだったモノを俺は初めて鮮明に視て、知っている人の死後、幽霊となってもグロテスクな有様に吐きそうになった。

突然バランスが崩れ、俺はその場に転んだ。

姉が気絶し、引っ張られて俺も転んだのだ。倒れた姉の顔色は蒼白で蝋のようだった。

騒ぎ出す児童をそれぞれの担任がなだめて教室へと押し込む。

姉は先生におぶられ、保健室へと運ばれて行った。

掴んでいた姉の腕はもう離れている。

魚屋の二階のベランダには何もない。

もう何も、視えなかった。

昼休み。保健室で目を覚ました姉は、保険医が早退を勧めてもそれを断り、あまつさえ家への連絡も拒否していた。

朝から貧血気味だったところに登校して変な騒ぎだったから、頭痛と目眩がした時に今朝見た怖い夢を思い出してパニックになっただなどと、口からでまかせもいいところな言い訳をしていた。

家に連絡がいって変に大事になるのが嫌だと担任と保険医に頼み込んで、とりあえず落ち着いた様子だしと不問になった。

普段から真面目の皮をかぶっていたのが幸いしたのだろう。

俺はもう呆れ果て、姉の言い訳にテキトーに話を合わせて終わった。

それから、姉の知っている世界と自分の知っているせかいのあまりの違いに、今更気後れしたのもあった。

姉があまりに普通にしていたから、気づかなかった。

あの時、俺がもう少し物を知っていて、何か力になれたり、せめて相談に乗れていれば、何か変わっていたことはあったのだろうかと、今も時折思う。

思えば俺は、姉のことについてもう少し考えるべきだったんだろう。

自分が年下であるというのを差し引いても、色々とオカルト的なことに関しては一緒に経験していたのだから、ただただ聞くだけに終わらせず、姉のように色々と考えてみれば良かったのだ。

そうすれば、あの時姉が弱っていたことにも気づけたかもしれなかったのに。

三日もすると姉は完全に調子を取り戻し、放課後の運動強化練習にも普通に参加していた。

秋は学校対決の陸上競技大会があるから、練習時間も長くなる。

夕焼けが眩しく、秋風が気持ちいい。

俺はわりあい短距離走が得意なので、タイムを上げる筋力強化メニューとやらに励んでいた。

対照的に姉は短距離走が嫌いだ。

「すぐに終わるから楽しくない」と、真面目に短距離で走らない意味不明な理由を聞いたことがある。

そもそも運動が全般的に得意な姉が、競技大会に向けて取り組まされているのは走り高跳びだった。

もともと身長が高いという長点と、「空が見えて面白い。蒼いから好きだ」と、これまた意味不明な理由で割合熱心に記録を伸ばしていたから、競技選手に選ばれていた。

夕日が陰ったような気がして、俺は空に眼をやった。

雲も無く、陽はちゃんと差しているのに、何かが妙に薄暗い気がする。

目をこすってみても何も変わらない。

急に日陰になったわけでもないのになんだコレと首をひねって、100m走のコースを眺めるような位置にある学校向かいの墓に目がいった。

そういえば、墓地の上に学校を建てたんだよと姉が教えてくれたことがあったなと思い出して、妙な不安感にかられた。

姉の姿を探して、ちょうど高跳びで飛んだ瞬間の姿を見つけ、地面から姉に向かって伸びる何本もの腕を視て、その腕の中にあの魚屋のおじさんの妙な紫じみた腕がもがくようにすがるように伸びているのを視て、何本もの腕が宙にある姉の足に絡みつき、引っ張り、マットの無い場所へ落とすのを視ていた。

何もかもが一瞬だった。

170cmのバーを落とさず跳んで、その位置から固い地面に叩きつけられた姉が声も出せずにもがいている所へ、俺はこれ以上無いスピードで走った。

一番早く走れた気がするが、そんなことはなんの救いにもならない。

すぐに大騒ぎになって、今度こそ姉は病院送りになった。

背中から腰までを強く打ち、しばらく姉は歩けない日々を送ることになった。

「すぐに治るからだいじょうぶだよ」

「うそだ。一つも大丈夫なことなんかない」

「………何か視えでもしたか?」

「……………」

「言いたくないなら答えなくていい。怖いなら離れてろ。視ず、聞かず、知らずにいろ。それなら安全だ」

ベッドの上で痛々しい姿で身を横たえたまま姉は言ったが、安全などないことを俺は知っていた。

あの時校庭で呼吸もままならず、痛みに身じろぐ姉の手に触れた時、俺にもそれははっきり聞こえていた。

『あーし、あーし、つかまえたー』

『かーんど、かーんど、つかまえたー』

姉の語る赤い鬼が、その日は俺にも視えた。

甲高くザラついた、ビデオテープか何かの音を無理に引き延ばしたような、不快で間延びした鬼の声。

姉は痛すぎて落ちたと時のことは覚えてないと言う。

俺はあの日視たもの、聞いたものを何も伝えなかった。

すがられていたよと教えて、いいことが起きるわけもないと嫌でもわかってしまった。

墓の上に建てた学校には幽霊が移り棲むのだ。

プールに七不思議が産まれた時に、そう言っていたのは他ならない姉だ。

気さくなおじさんも、あの学校の土地に棲むモノに引き込まれたんだろうか。

けれど、あのおじさんが自殺後に、赤い鬼を呼び込んで好きにさせた引き金になったのだと、それは確信できていた。

『やぐそぐ、ど、ぢがううぅうううううう』
赤い鬼は痛みにうめく姉の周りで、おじさんを貪り喰っていた。

死んだ後にも痛みがあるなら、本当に地獄だとそんな風に思った。

生前の気さくな面影はなく、恨みの言葉を吐きながらかじられていくその姿に同情はできなかった。

後日の話だ。

無事に歩けるようになったは良かったが、姉の小学校卒業と同時に、慣れ親しんだ母方の実家を出る事が決まった。

中学校に近い場所に家を借りて、そこで父の治療院も開始するとのことだった。

喜色一杯に、「不自由の無いところへ行けるぞ。とうまも町の大きな学校の方が設備もいいから楽しみにしてろ」

祝杯だと機嫌良く酒をあおる父に

「わかった。住む場所は決まってるの?」

「家を借りる金はきっちり準備できたし、何も心配いらないぞ。ゆくゆくは家を買ってやるからな、いい家があれば」

すぐに背をむけ、自分の部屋へと戻る姉が階段で漏らした呟きを、俺は聞き逃さなかった。

「つかまったか。この間の足のぶんだとでも言いたいか……馬鹿鬼共が『カンド』になぞ、誰がなるものか」

呪いじみた重い響きだった。

痛みで覚えていないはずの姉が、何故鬼の言った『かんど』というものを既に知っていたのか。

知る度に、より謎も因縁も深みへはまっていく。

中学、高校とさらのその先も、その縁は続いていく。

どんどんと深みへ。暗がりへと……

投稿者「とうま ◆xnLOzMnQ」2015/03/04

(完)

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