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中編 r+ 洒落にならない怖い話

途中で止められた夜 rw+7,998-0105

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兄の家に泊まった夜のことだ。

古い木造で、ふすま一枚を隔てた隣の部屋に兄が寝ていた。時計の音も聞こえないほど静かで、外からは虫の声だけが薄く流れ込んでいた。布団に横になると、旅の疲れもあって、意識はすぐに沈んだ。

どれくらい眠っていたのか分からない。

胸の中央に、硬いものを置かれたような感触で目が覚めた。押されている。体重をかけられている。そう思った瞬間、息がうまく吸えないことに気づいた。肺が途中までしか膨らまず、喉の奥で空気が止まる。

体を起こそうとしたが、動かなかった。腕も脚も、指一本すら動かせない。寝ぼけているのだと思おうとしたが、意識は妙に冴えていた。部屋の暗さや、ふすまの輪郭、天井の染みまで、はっきり見えている。

部屋の入口のあたりに、何かがいる。

姿は見えない。ただ、そこだけ空気の密度が違う。冷たいというより、重い。音もなく、その重みがこちらに寄ってくる。胸の圧迫が強まり、喉からかすれた音が漏れた。

それは布団の周囲を回り始めた。

一定の距離を保ち、一定の速さで。足音はない。だが、確かに歩いている。円を描くように、何度も、何度も。意味の分からない行為なのに、どこか手順をなぞっているような感じがした。

息が苦しい。視界の端が暗くなり始める。声を出そうとしたが、口が開かない。頭の中で助けを呼んでも、音にならない。

そのときだった。

「何してやがる!」

ふすまが激しく開く音と同時に、兄の怒鳴り声が部屋を裂いた。

次の瞬間、胸の圧が消えた。体が自由になり、反射的に上体を起こす。喉に溜まっていた空気が一気に流れ込み、咳き込んだ。兄は部屋の入口に立ったまま、こちらを見ていなかった。視線は、俺の布団の周囲をなぞるように動いている。

「今の……見えたか」

そう聞くと、兄はゆっくり首を振った。

「いや……もう、いない」

明かりを点けても、部屋には俺と兄しかいなかった。

兄はそのまま動かず、しばらく沈黙してから、低い声で言った。

「お前の布団の周りを、変なのが歩いてた」

どう変なのかと聞くと、言葉を選ぶように間を置いた。

「山伏みたいな格好だった。笠をかぶって、装束みたいなのを着てて……顔は、よく見えなかった」

なぜ飛び出してきたのかを尋ねると、兄は首筋を押さえた。

「お前が、息できてない音がした。苦しそうで……でも、それだけじゃない。あれを見て、怒鳴らずにいられなかった」

翌日、兄の勧めで知人を介し、ある人物を訪ねた。霊能者と呼ばれる人間だったが、本人はその呼び方を嫌った。話を一通り聞くと、少しだけ黙り込み、こう言った。

「あなたは、何かに触れましたね」

呪われているとか、助かったとか、そういう言葉は使わなかった。ただ、昨夜の出来事を細かく確認し、兄が見たものについても何度も聞いた。

「昨夜、完全には終わっていません」

それだけ言って、何かをしてくれたのかどうかは分からない。低い声で言葉をいくつか口にし、帰り際にこう念を押された。

「昨夜のことを、誰かに決めつけて話さないほうがいい。意味づけをすると、形が固まります」

それからの日々は、表面上は穏やかだった。金縛りも起きなかったし、奇妙な気配を感じることもない。兄もあの件については口を閉ざした。

数か月後、会社の同僚が急死した。

健康診断でも異常はなく、前日まで普通に仕事をしていた男だった。心不全だと聞かされたが、あまりに唐突で、実感が湧かなかった。

通夜の帰り道、ふと兄の家での夜が頭をよぎった。

あのとき、兄が怒鳴ったのは、正しかったのか。
あれは追い払ったのか。それとも、途中で止めただけなのか。
そもそも、布団の周りを回っていたのは、俺に向けたものだったのか。

意味を考えないようにしても、考えは勝手に浮かぶ。

最近、眠りに落ちる直前になると、胸の奥が重くなることがある。息はできる。ただ、深く吸うのを、体がためらう。目を閉じると、布団の周囲を一定の距離で回る何かを想像してしまう。

あの夜、兄は確かに何かを見た。
だが、あれが何だったのか。
そして、あのとき途中で遮られたものが、今どこにあるのか。

考えないようにしても、円を描く足取りだけが、頭の中で止まらない。

[出典:583 名前:あなたのうしろに名無しさんが…… 投稿日:2002/11/25 22:40]

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