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脳で視るもの r+1,858

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目が覚めた時、景色が……違って見えた。

いや、最初はそんな大げさなことを考えてたわけじゃない。ただ、あの朝、布団から起き上がったとき、天井の木目がやけに繊細で美しくてね。ああ、こんな細かい模様だったんだって、まるで初めて見たみたいに感じたんだよ。

でも本当におかしくなったのは、その数日前からだった。

後頭部の奥、こめかみの内側を針でこじ開けられるような鈍い痛みがあって、それがじわじわと目の裏に広がっていく。涙が止まらなくなって、ティッシュの山ができた夜もあった。病院に行くほどのことじゃないって、自分に言い聞かせてやりすごしてたんだけど……あの痛みが、視界をリセットしたんだと思う。

もともと俺は視力が悪かった。生まれつき、じゃない。子どもの頃に水ぼうそうをやってから、右目だけ視力がガクンと落ちたんだ。医者が言うには、ウイルスが視神経に入ったんだろうってさ。それ以来ずっと、世界の半分はぼやけたガラス越しだった。

それがね、ある朝、突然クリアになってた。

視力検査なんてしなくてもわかる。今まで読めなかった看板の文字が、数百メートル先からはっきり見えた。道端のアリが何かをくわえているのまでわかった。最初は夢でも見てるんだろうって、自分で自分をつねったよ。

でも、夢じゃなかった。

面白いのは、視力が戻ったのと同時に、耳も鼻も敏感になったってこと。隣の部屋で点けたテレビの音が、壁越しにちゃんと聞こえる。冷蔵庫を開けた瞬間、昨日の残り物のニンニク炒めの匂いが鼻を突く。それまでの俺は、鈍感な五感に囲まれて暮らしてたんだって、はっきり思った。

でさ、これは偶然なのかどうか知らないけど――ちょっと妙な経験をした。

大学時代の旧友にAという奴がいて、こいつは昔から視力が悪くて、牛乳瓶の底みたいな分厚い眼鏡をかけてたんだ。成績はいいんだけど、ちょっと浮世離れしてるところがあってな。卒業後は音信不通だったんだけど、去年の夏、ひょんなことで再会した。

小さな美術展の会場で、声をかけてきたのがAだったんだ。

……最初、誰だかわからなかった。

眼鏡、かけてなかったから。

「あれ?お前、目……」って聞いたら、奴は笑って言ったんだよ。

「見てるのは目じゃない。脳で見てるんだよ」

最初は何を言ってるのか分からなかった。でも、話を聞いてるうちに寒気がしてきた。どうやら奴、数年前に中南米を旅行した際に、現地の部族の儀式に参加したらしい。詳細はぼかしてたけど、キノコかサボテンか、何かの幻覚成分を摂取したらしくて、そのあと、景色が変わったという。

「理解したんだよ。目はただのデバイス。光を取り込むレンズにすぎない。脳がすべてを解釈してるってね」

Aはそう言いながら、向こう三〇〇メートル離れたビルの壁に貼られた紙を読んでみせた。こっちは目を細めても文字がつぶれて見えないのに、奴はさらっと内容を読み上げてきた。

その時点で、冗談だとは思えなかった。

「脳がね、補完するんだよ。見えない部分を“見る”ようにしてくれる。お前の視力が戻ったのも、同じ理屈じゃないのか?」

いや、違うと思う。俺は何かを摂取したわけじゃないし、儀式にも参加してない。ただ……あの痛みの夜、何かが頭の中で切り替わった気がしてならない。

Aとの再会からというもの、俺の感覚はさらに研ぎ澄まされていった。音の“方向”がわかる。匂いの“構成”が読める。香水を嗅いだだけで、その人がどういう暮らしをしているかまで想像がつく。

そして、何より恐ろしいのは、感覚の鋭さに反比例するように、現実の輪郭が曖昧になってきたこと。

部屋の中のモノが微かに歪んで見える。光の入り方が不自然に感じる。人の顔の“中身”が、ある時から透けて見えるようになった。骨格や筋肉ではなく、その人が抱えている感情や記憶の“影”のようなものが。

その影がね、ある時から、俺自身の影と重なるようになった。

気づいたら、鏡に映る自分の目が、まったく知らない他人のものに見えるようになったんだ。爬虫類みたいに冷たくて、光を吸わず、ただじっとこちらを見返してくる……。

この前、Aから連絡があった。

「お前、もう戻れないよ。俺と同じだ」

そう言われた瞬間、血の気が引いた。

俺は――何かを“見えるようになった”んじゃない。見てはいけないものに、アクセスしてしまったんだ。

今はもう、暗闇でも人の位置がわかる。壁の向こうに何があるかも想像できる。でも、怖いんだ。ある朝、目が覚めて“本当のもの”を見てしまうのが。

願わくば……もう一度、昔のぼやけた視界に戻りたい。

あの頃は、世界がまだ、優しかった。

[出典:586 :本当にあった怖い名無し:2021/03/26(金) 07:55:26.30 ID:zPVp5C0s0.net]

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