これは、ある女性が語った話を元にしたものである。彼女の家族が以前住んでいたマンションの出来事だ。
その建物は古びていて、どこか陰鬱な雰囲気が漂っていたという。しかし、当時は家族で暮らせるという喜びが大きく、不吉な兆しなど全く気にしていなかったらしい。
ある日、小学生だった彼女の姉がマンションの下にある駐車場で遊んでいると、ふと上から視線を感じた。見上げた先、六階の廊下。そこには、長い黒髪で白いワンピースを纏い、青白い顔をした女が立っていた。その女は、見下ろすどころか、姉を睨みつけていたという。
姉が家に帰ってきてこの話をするとき、いつもならどんな怖い話も平然と語る姉が、明らかに震えていた。林間学校で見たという心霊写真を軽く語れるほどの姉が、だ。それが妙に引っかかった。
そしてその日から、姉に異変が起きた。真夜中、いきなり泣き叫ぶようになったのだ。泣いている間は決して目を覚まさず、起きてからも夢の内容を一切覚えていないという。そして、姉の性格は次第に荒れ始めた。優しかった姉は、暴力的になり、些細なことで怒りを爆発させるようになった。彼女は恐怖で泣きそうになりながらも、どうしても姉を見捨てられず、ただ耐え続けていた。
ある夜、姉が母親と大喧嘩をして暴れた。部屋中の物が散乱し、壁には拳を叩きつけた痕が残っていた。その日、姉は部屋に閉じこもった。彼女は姉を心配し、廊下を進む。しかし廊下の空気はいつもとは違い、冷たく重苦しかった。
姉の部屋に入ると、真っ暗な中、姉が窓の方を向いて座っていた。その姿には得体の知れない気配が纏っていて、全く姉とは思えなかった。話しかけても、笑いながら壁の穴を指差し、「殴ったらこうなったの」と、平然と語る姉。それでも、姉が振り向いた瞬間、表情は優しい以前の姉に戻り、翌日には夜泣きもなくなっていた。
しかし、それで終わったわけではなかった。
ある夜、彼女は夢を見た。幼稚園にいた。そこはかつて通っていた場所だが、どこか異質だった。空は紫色に曇り、空気はひどく重い。そして、どれだけ門をくぐろうとしても外に出られない。何度繰り返しても、また同じ幼稚園に戻される。
その時、後ろに知らない女の子が現れた。髪の長い少女は、薄暗い声で囁く。
「飛び降りたら、夢から覚められるよ。」
夢だとわかっていても、その提案には背筋が凍るものがあった。けれども、その言葉が耳にこびりつき、徐々にその言葉に引き込まれそうになった。
「飛び降りないと、一生ここから出られないんだよ。」
その言葉を繰り返し聞かされ、やがて彼女は意を決して飛び降りようとした。その瞬間、見知らぬ少年が現れた。かつてクラスメイトだった霊感が強いと噂の少年。彼は無言で何かを呟き、彼女の手を掴んだ。
次の瞬間、目が覚めた。
彼女は安心して母に夢のことを話した。「でも良かった!夢から覚められて!」と。だが母は、台所で動きを止め、低い声でこう言った。
「……覚めてないよ。」
その瞬間、母がくるりと振り向く。顔は母ではなかった。夢の中で見た少女の声とともに、甲高い笑い声が響いた。
彼女は全身を震わせたが、再び目が覚めた。今度こそ本当に現実に戻っていた。
家族はその後すぐに引っ越した。古いマンションは改装されたというが、彼女たちは誰ももうそこには近づかない。
今も彼女は思う。あの女、あの姉の豹変、そして夢の中の出来事。それらは一つに繋がっていたのではないかと。あの時、もし目覚められなかったらどうなっていたのか。
彼女の恐怖は、未だに終わっていないのだ。
[出典:346 本当にあった怖い名無し sage 2010/07/07(水) 10:27:54 ID:WCAPIlt+O]