俺は建築関係の仕事をしている。
先日、岩手県のとある古い寺を解体することになった。今では利用者もおらず、ひっそりと廃れている寺だ。解体作業を始めてしばらくしたところ、同僚が俺を呼んだ。
「ちょっと来てくれ。」
現場に向かうと、同僚の足元に黒ずんだ長い木箱が置かれていた。全長2メートルほどの箱で、古ぼけて木が腐りかけている。
「これ、なんだと思う?」と同僚。
「本堂の奥にあった密閉された部屋で見つけたんだけど、業者に確認してみるよ。」と言って彼は電話を始めた。
箱の表面には白い紙が貼られていた。古い文字と梵字らしきものが書かれていたが、ほとんど読めない状態だった。かろうじて読み取れたのは、次のような内容だ。
「大正○○年○○七月、呪法をもって両面宿儺を○○に封ず」
箱には釘が打ち付けられており、簡単に開けられるような代物ではなかった。その日は木箱を現場のプレハブに置いておき、業者の指示を待つことにした。
翌日、現場に向かう途中で業者から電話がかかってきた。
「あの木箱のことですが、元住職が『絶対に開けるな!』とものすごい剣幕で怒ってまして……。自分で引き取りに行くから、とにかく触らないでください、と。」
だが、嫌な予感がした俺は念のため現場監督にも電話を入れた。
「昨日の木箱の件なんですが――」
監督の返答は予想外だった。
「ああ、あれ!うちで雇ってる中国人バイトの二人が夜中に勝手に開けたぞ!とにかく急いで来てくれ!」
プレハブに急行すると、そこには人だかりができていた。例の中国人バイト二人が放心状態で座り込んでいる。監督が寄ってきて低い声で言った。
「昨日の夜中、ふざけ半分で開けたらしい。それで……ちょっと中を見てくれ。」
嫌な予感が的中した。木箱の中に収められていたのは、人間のミイラだった。しかし異様だったのは、その形状。両手をボクサーのように構えた姿勢で、頭が二つ。しかも、腕は左右に二本ずつ、足は普通の人間と同じく二本だった。
双子がくっついた奇形か、それとも何かの作り物なのか。俺はそう考えたが、形相はまさに狂気そのものだった。
監督がポツリと漏らした。
「これを見てショックを受けたんか何か知らんけどな、この二人、まったく喋らんのよ……日本語は話せるはずなのに。」
ミイラの異様さもさることながら、放心状態の二人に誰も手を付けられない状況だった。
その日の午後、元住職が到着した。車から降りるなり、開口一番叫んだ。
「開けたんか!馬鹿たれどもが!開けたらしまいじゃ!」
住職の剣幕に呆然とする俺たちを尻目に、彼は激怒した岩手訛りで息子を叱り飛ばした。
「あのとき京都の○○寺に送るって言ったのに!送らんかったんか!」
さらに、開けたバイト二人について「もうダメだろうが、一応祓ってやる」と言い放ち、俺たち全員に経典を唱えながら強めに肩を叩く儀式を行った。約30分の祓いが終わると、住職は木箱を車に積み込んで立ち去る際にこう言った。
「可哀想だが、あんたら長生きはできんよ。」
その後、事態は悪化の一途をたどった。バイトの一人は病院で心筋梗塞で亡くなり、もう一人は精神病院へ。俺も足を釘で踏み抜き5針縫う怪我を負い、他の作業員も次々と体調を崩して寝込んだ。
俺は住職に何度も連絡を試みたが、完全に無視され続けた。しかし、息子の連絡先を手に入れ、ついに話を聞ける機会を得た。
住職の息子は50代半ばの不動産経営者で、わりと気さくな雰囲気だった。電話越しに彼は申し訳なさそうに切り出した。
「オヤジに言われちゃってさ。本当は電話もヤバいんだけど……。」
俺は息を詰めて質問をぶつけた。
「あの木箱って、結局何だったんですか?」
しばらく沈黙が続いた後、彼が口を開いた。
「あれはね、大正時代に見世物小屋に出されていた奇形の人間だよ。」
「生きていたんですか?結合したまま?」
「そうだ。最初は岩手のある部落で育てられたけど、親が生活に困窮して人買いに売ったらしい。それで見世物小屋に流れたってわけだ。」
「でも、どうしてあんなミイラみたいな状態に……?」
息子は静かに答えた。
「正確に言えば、即身仏だ。だけど、進んでなったわけじゃない。無理やり、ああされたんだ。」
その言葉に、俺の背筋が凍った。
息子が語った話は、想像を絶するものだった。当時、カルト教団が存在していたという。その教祖――「物部天獄」という偽名を名乗る男が、見世物小屋で複数の奇形を大金で買い取り、人間の「蠱毒」を行ったのだという。
蠱毒――虫を密閉した容器に閉じ込め、生き残った一匹に呪力を宿らせる古い呪法。その方法を人間で行った。狭い密室に奇形数人を閉じ込め、最後に生き残ったのが、あの二つの頭を持つ奇形児だった。
「ただし、それも仕組まれていた。」息子は言う。
「教祖の天獄は、最初からその双生児が生き残るよう細工してたんだ。他の奇形には致命傷を負わせた状態で閉じ込めたらしい。」
そして、最終的に生き残った双生児は別の部屋に監禁され、餓死。腐敗を防ぐ処理が施され、即身仏――呪仏として完成させられたという。
「あれはリョウメンスクナって呼ばれてたんだ。」息子が言う。
リョウメンスクナ――二つの顔と四本の手を持つ怪物のような存在。日本の古い伝説にもその名は現れるが、教祖の天獄はそれを模して作り出したという。
天獄の目的は、「国家への呪詛」だった。
「リョウメンスクナの腹にはね、大和朝廷に滅ぼされた古代人――いわゆる朝廷から見た反逆者の骨の粉末が入れられてる。骨は古代遺跡から盗んだものだそうだ。」息子は淡々と語った。
さらに、リョウメンスクナが移動した場所では、なぜか災害が相次いだという。1914年の桜島の噴火、1917年の東日本大水害、そして1923年の関東大震災。リョウメンスクナと教団が存在した地域でこれらの大災害が発生していたというのだ。
「偶然だとは思うけどね。」息子は笑った。
だが、大正12年9月1日、関東大震災が発生する直前、教祖の天獄は自殺したという。リョウメンスクナの前で喉をかき切り、血文字で遺書を残していた。
「日本滅ブベシ」
息子の話を聞き終えた俺は言葉を失った。リョウメンスクナがどのような経緯で岩手の寺に移されたのか、なぜ京都に送られるはずだったのか、その謎は解けないままだった。
最後に息子がこう言った。
「オヤジがあのとき言ってたろう?“可哀想だけど長生きできん”ってな。あれが全てだよ。」
息子との会話が終わった数日後、元住職とも連絡がつかなくなった。彼が木箱を持ち帰って以降、妙な車に後をつけられるようなことが続いていたらしい。
リョウメンスクナが今どこにあるのかは誰にもわからない。だが、俺の中には今も妙な不安と疑問が残り続けている。
俺たちが長生きできるかどうか。それは、これから先にわかることなのだろう。
(了)
[出典:http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/occult/1126696345]