俺は建築関係の仕事をしている。
数年前、岩手県の山間部にある古い寺を解体する仕事に就いた。檀家もなく、長く放置されていた寺で、本堂の床は抜け、仏具も持ち去られ、ただ埃と湿気だけが溜まっている場所だった。地元でも「もう誰も近づかない寺」として扱われていたらしい。
解体に入って三日目、同僚が珍しく険しい顔で俺を呼んだ。
「奥、見たほうがいい」
本堂の裏手、壁で仕切られた小さな部屋だった。間取り図にも載っていない。そこに、長さ二メートルほどの黒ずんだ木箱が置かれていた。木は腐り、釘は錆び、蓋の隙間から乾いた埃がこぼれている。
箱の上には白い紙が貼られていた。墨は滲み、文字は崩れていたが、かろうじて読める部分があった。
「大正○○年七月
呪法ヲ以テ
両面宿儺ヲ封ズ」
同僚は気味悪そうに言った。
「業者に確認してる。今日は触らんでいいらしい」
箱はそのまま、現場脇のプレハブに移された。
翌朝、業者から電話が入った。
「あの箱、絶対に開けないでください。元住職が、触るな、動かすな、何があっても開けるなって」
その声は明らかに怯えていた。
嫌な予感がして、現場監督にも連絡を入れた。だが返ってきた言葉は最悪だった。
「もう遅い。夜中にバイト二人が勝手に開けた」
プレハブに戻ると、人だかりができていた。箱の前で、中国人バイトの二人が床に座り込んでいる。目は開いているが、焦点が合っていない。声をかけても反応がなかった。
監督が低い声で言った。
「中、見てくれ」
木箱の蓋はこじ開けられていた。中には、人間だったものが収まっていた。乾き切った皮膚、縮んだ筋肉。だが形がおかしい。頭が二つあり、両腕は左右に二本ずつ、胸の前で固く曲げられていた。足は二本だけで、不自然なバランスで折り畳まれている。
作り物には見えなかった。骨格も皮膚も、すべてが人間のそれだった。
その日、元住職がやって来た。車から降りるなり、怒鳴り声を上げた。
「開けたんか。開けたら終わりだと言ったろうが」
誰も言い返せなかった。住職は箱の前で経を唱え、俺たち一人一人の肩を強く叩いた。祓いだと言ったが、痛みの方が印象に残った。
最後に住職は言った。
「可哀想だが、長生きはできん」
それだけ言って、箱を車に積み、去っていった。
その後、現場では妙なことが続いた。バイトの一人は数日後、急性の心臓発作で亡くなった。もう一人は精神を病み、退職した。俺は釘を踏み抜き、他の作業員も理由のわからない不調で次々と休んだ。
住職には何度連絡しても繋がらなかった。代わりに、息子だという男と話す機会を得た。
「あれが何か、聞きたいんでしょう」
彼はそう言った。
「あれは人間ですよ。大正の頃、見世物として生きていた」
それ以上、詳しい説明はしなかった。ただ一つだけ、奇妙なことを言った。
「生きている間、あれはずっと、箱に入れられていたそうです」
電話はそれで切れた。
数日後、元住職も連絡が取れなくなった。箱がどこへ行ったのか、誰も知らない。現場は予定通り解体されたが、あの部屋だけは、最後まで誰も近づこうとしなかった。
今も、ときどき思う。
あれを開けたのは、本当にバイト二人だけだったのか。
あの箱の前に、立ち止まって中を見た俺たちは、どこまで関わってしまったのか。
長生きできるかどうか。
それは、まだ決まっていないだけなのかもしれない。
(了)
[出典:両面宿儺(リョウメンスクナ)http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/occult/1126696345]