これは、昨年、ある女性が体験した話だ。
その地域では、同じ苗字の住人が多いせいか、郵便物の誤配送が頻繁に起こるという。女性も時々、似た住所の同姓の人宛の封書が自分のポストに届くことがあった。通常は中身を確かめず、そっと本来の宛先に投函し直していた。しかし、その日はうっかり、誤配送された封筒を自分宛だと思い込み、開封してしまったのだ。
中には結婚式の招待状らしきものが入っていた。だが、その紙は真っ二つに裂けており、明らかな破壊の跡があった。そして、添えられたメモ帳には震えるような筆跡でこう書かれていた。
「犬畜生 お母さんに謝れ」
宛名も差出人も、どちらも同じ苗字の女性だった。気味の悪さに封筒を閉じ、さらに中の手紙を読み進める勇気はなかった。怨念めいた文字に恐れを感じた彼女は、封筒をそのまま郵便局に届け出ることにした。
それから数時間後。真夜中の静寂を破る激しい雨音に目を覚ました。だが、雨音のはずが、自分の身体に雨が直接降り注いでいる感覚に襲われた。気がつくと、彼女は暗闇の中に立ち尽くし、狂ったような声で叫んでいた。
「〇子ー!〇子ー!」
その声は自分のものだったが、名前にまるで心当たりはない。そして、遠くからもう一つの声が応える。
「オカァサーン!オカァサーン!」
次第に二つの声は狂気じみた調和を生み出し、その瞬間、鼓膜を破らんばかりの音が空間を震わせた。
グワァァァァァン!
気を失う寸前、目の前に仏壇が現れた。そこには薄暗い光の中でリンが一つ、低く響いていた。しかし、自宅に仏壇など存在するはずもない。
現実へと引き戻されたのはベッドの硬い感触だった。右隣には夫の寝息が聞こえる。安堵のため息を漏らしたその瞬間、左隣にも何かがいることに気づいた。耳元から聞こえる中年の女の声。
「くやしい……お母さんがどれだけ苦労したか……」
冷たい手が肩に触れた瞬間、彼女の意識は闇に沈んだ。
朝、部屋の中にはなおも薄暗い影が漂っていた。三日ほどの間、得体の知れない空気が彼女を包み込んだが、やがてそれは消えていった。
後日、彼女はただ漠然と考えた。あの封筒に関わる結婚式――それは、何か複雑なしがらみに満ちたものだったのだろうと。
誤配送の相手とは結局、顔を合わせることもなく、時が流れていった。
(了)