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同じ苗字の家 rw+4,353

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ポストに入っていた一通の封筒が、間違いだったと気づいたのは、開封してからだった。

昨年のことだ。ある住宅街では同じ苗字の家がやけに多く、番地も似通っているせいで誤配送が日常茶飯事になっていた。彼女の家にも、ときどき他人宛の封書が紛れ込む。いつもは差出人も中身も確かめず、そのまま本来の宛先へ入れ直す。それが暗黙の了解だった。

その日だけ、違った。

自分宛だと思い込んで、封を切ってしまったのだ。

中に入っていたのは結婚式の招待状だった。ただし、折り目ではなく、はっきりと力を込めて引き裂かれた痕があった。台紙は真っ二つに割れ、裂け目の繊維が毛羽立っている。祝いの文面は途中で途切れ、祝福の言葉は無残に分断されていた。

さらに、メモ帳の切れ端が一枚、同封されていた。

「犬畜生 お母さんに謝れ」

震えた筆跡だった。怒りか、悲しみか、それとも別の何かか。文字は太く濃く、紙を破りそうなほど強く押しつけられている。

宛名は、彼女と同じ苗字の女性。差出人も、同じ苗字の女性。

血縁なのか、偶然なのか、そこまでは分からない。ただ、他人の私情がむき出しのまま自分の手元に届いたという事実が、妙に重たかった。

封筒を閉じ直し、彼女はそれ以上読まなかった。郵便局へ持っていき、誤配送として届け出た。事情を説明する声が、自分でもわずかに上ずっているのが分かった。

その夜。

激しい雨音で目を覚ました。窓を叩く音が異様に大きい。だが、次の瞬間、奇妙な違和感に気づく。雨は窓ではなく、自分の身体に直接降りかかっている。

冷たい水が頬を打つ。髪を濡らす。衣服に染み込む。

彼女は暗闇の中に立っていた。

足元はぬかるみ、どこまでも黒い空間が広がっている。自分がどこにいるのか分からない。それでも喉が勝手に震え、声が飛び出した。

「〇子ー!〇子ー!」

その名前に覚えはない。それなのに、胸の奥から搾り出すように叫んでいる。

遠くから応える声がした。

「オカァサーン!オカァサーン!」

子どもの声だった。泣き叫ぶような、かすれた声。

二つの声は次第に重なり、絡み合い、やがて不自然な調和を生み出した。母と子の呼び声が、互いを求めるというより、互いを責め合うように響く。

その瞬間、空間を引き裂くような低い音が鳴り渡った。

グワァァァァァン。

目の前に仏壇が現れた。闇の中にぽつりと浮かび上がる木目。中央でリンが揺れている。誰も叩いていないのに、鈍く、長く、震えている。

自宅に仏壇はない。

そう思った瞬間、ベッドの硬さを背中に感じた。天井。隣で眠る夫の寝息。現実に戻ったのだと理解し、息を吐いた。

そのときだった。

左側に、もう一つの気配があった。

耳元で、低い女の声が囁く。

「くやしい……お母さんがどれだけ苦労したか……」

肩に、冷たい手が置かれた。

重みはない。ただ、確実に触れている。

彼女は目を閉じたまま、動けなかった。

翌朝、部屋はいつも通りだった。夫も何も気づいていない。ただ、空気だけがどこか湿っている気がした。

それは三日ほど続いた。背後に立たれているような感覚。ふいに呼ばれる、聞き覚えのない名前。夜中に目を覚ますと、枕元がわずかに濡れていることもあった。

四日目の朝、すべては消えた。

誤配送の相手と顔を合わせることは、結局なかった。結婚式がどうなったのかも知らない。謝罪があったのか、なかったのかも分からない。

ただ、彼女はそれ以降、誤って届いた封筒には決して触れなくなった。自分の苗字が印刷されていても、まず疑う。

あの夜、自分が呼んでいた名前は誰のものだったのか。

そして、誰が「お母さん」と呼んでいたのか。

封筒は返したはずなのに、何かだけが、まだ戻っていない気がしている。

(了)

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