新入社員のNさんは、就職と同時にアパートを借りて念願の一人暮らしを始めた。
686 居留守 2009/05/30(土) 14:48:48 ID:koO7bPF30
ちょっと古めのアパートだが、風呂とトイレは別になっており六畳くらいの部屋だし、駅から少し遠い事を除けばまあまあの物件だった。
一人暮らしを始めて一か月ほどたった日。
日曜の昼ごろ、ドアをコンコンと叩く音がする。
(なんだろ?)
Nさんは、ドアを開けると郵便局の配達員が立っていた。
「いらっしゃったんですか?すいません、インターホン鳴らしたんですけど」
全くインターホンなど鳴らなかったので、電池切れかな、と思って電池を入れ替えてみた。
ためしに玄関からインターホンを押してみた。
部屋の中ではチャイムは鳴らない。
(くそ、壊れてやがる)
Nさんは管理会社へ連絡しようと思ったが、ついつい忘れてしまってそのままになっていたが、インターホンが鳴らないという事の不便さを思い知った。
管理会社へ連絡すると、有料での修理になると言われたのでムカついて放っておいた。
又、日曜日にドアがノックされるので、開けてみると新聞の勧誘だった。
かなりしつこい男で、追い出すのに相当疲れた。
インターホンなら相手と対面せずに、追いはらう事が出来る。
しかし郵便とかピザの出前とかと、不要な相手とを区別するにはインターホンが使えない以上、覗き窓で見るしかない。
ただし玄関のこちら側にいて、覗き窓から見ている事に気付かれるのは嫌なので、自然とNさんは忍び足で玄関へ向かう様になった。
そして招かれざる客には、そっと居留守を使うようになった。
ある夜の事だった。
トイレに行こうとしたNさんは、トイレのドアを開けようとしてふと気が付いた。
ドアの外で靴音がするのだ。
覗き窓で外を見ると、男が歩いてくる。
男はNさんの部屋の前へ来るとインターホンを押した。
男は宅急便の制服を着ていないし、荷物を持っている様子もない。
(こんな夜に面倒な勧誘などお断りだよ)
息を殺して見ていると、男は二度三度とインターホンを押していた。
(早く帰れよ)
男は、インターホンを押すのを止めたと思ったらポケットから何かを取り出し、カギ穴へ差し込んだ。
(え?え?)
Nさんは、瞬時には目の前の出来事が理解出来なかった。
見知らぬ男はカギ穴に何かを差し込んで、カチャカチャとやっているのだ。
状況に気が付いたのは、目の前でカギがターンしようと動き出したのを見たときだった。
ゆっくりとターンしている。
ハッとして手を伸ばし、まわり始めたカギをカチンと元に戻した。
あわてて覗き穴を見ると、男が走り去って行くのが見えた。
(了)