これは、私が診察室で直接聞いた話だ。
語ったのは三十代半ばの男性。いまは健康そのものだが、小学四年の頃は慢性的な疾患で、季節が変わるたびに入退院を繰り返していたという。学校よりも白い廊下の方が身近で、同年代の友人よりも点滴スタンドの方が長くそばにあった時期だ。
彼の記憶に強く残っているのは、病棟裏の小さな庭園だった。コンクリートに囲まれた四角い空間で、低い柵の向こうには外来用の駐車場が広がっている。入院患者が外気に触れるための、申し訳程度の場所だったらしい。
そこで彼は「お兄さん」と出会った。
年齢は二十代前半くらい。患者なのか見舞い客なのかもわからない。ただ、決まって同じベンチの端に座り、タバコを指に挟んでいたという。少年を見ると、口元を歪めて「吸うか?」と笑う。もちろん本気ではない。子ども相手の軽口だ。
その軽さが、少年には救いだった。病室では常に「安静に」「無理しないで」と管理される側にいる。だがその男は、彼をひとりの対等な相手のように扱った。学校の話や、退院したらやりたいことを話すと、くだらない冗談で茶化しながらも最後まで聞いてくれたという。
少年は、病棟の看護師にも家族にも、その「お兄さん」の話をよくしたらしい。だが誰も具体的な反応を示さなかった。忙しさに紛れて聞き流されたのか、本当に知らなかったのかはわからない。
ある日、男は姿を消した。
前触れはなかった。ベンチに座る影も、灰皿の吸い殻もない。少年は寂しさを覚えたが、入院患者なら退院するのが当たり前だと自分に言い聞かせた。自分もいずれ出ていく側なのだ、と。
それから一週間後、少年にも退院の許可が下りた。荷物をまとめる合間、最後に庭園へ行ったという。柵越しに外を眺めると、アスファルトの照り返しがまぶしかった。
そのときだ。
駐車場の端に、あの男が立っていた。
距離はあるが、間違えようがない。こちらを見て、はっきりと手を振っている。少年の胸が跳ね上がる。会いに行かなければ、と反射的に思った。正面玄関から回れば遠回りになる。だが柵は低い。乗り越えればすぐだ。
彼は躊躇なく足をかけた。
次の瞬間、背後から強い力で腕を引かれた。振り返ると看護師がいた。顔色を変え、「何してるの、落ちたらどうなるかわかってるの」と怒鳴ったという。庭園と駐車場の間には段差があり、下は車道だ。
少年は必死に指さした。「あそこに、お兄さんがいる」と。
看護師はその方向を見た。数秒、黙って視線を走らせたあと、きっぱりと言った。
「誰もいないわよ」
彼はその場で動けなくなった。さっきまで確かに振られていた手が、もうどこにもない。車はある。白線もある。だが、人影だけが抜け落ちている。
それから退院まで、男は現れなかった。
数年後、成長した彼はふと思い出して愕然としたという。顔が思い出せない。目の形も、髪型も、声の調子も、輪郭がない。ただ「お兄さん」という存在だけが、空洞のように残っている。
さらに奇妙なのは、当時の病院の写真を家族が保管していたことだ。庭園で撮られた写真が何枚かある。しかし、彼が「いつも一緒にいた」と語ったベンチの位置が、記憶と微妙にずれている。柵の高さも、乗り越えられるようなものではなかった。
話を終えた彼は、最後にこう言った。
「あのとき、あの人がいなかったなら、僕は何に向かって柵を越えようとしたんでしょうね」
私は答えなかった。
駐車場に誰もいなかったのか。それとも、あの庭園の内側にいる者にしか見えない誰かが、確かに手を振っていたのか。
少なくとも一つだけ確かなのは、彼が今もなお、柵の向こう側を思い出すたびに、わずかに足の裏が浮く感覚を覚えるという事実だ。
[出典:802 :本当にあった怖い名無し:2021/07/05(月) 10:35:00.41 ID:tYCt477Z0.net]