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短編 r+ 洒落にならない怖い話

停止後の画面 rw+1,873-0408

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大学四年の夏、友人と妙な実験をした。

題して「幽霊はデジタル化されるのか?」。

今にして思えば、あれは実験なんかじゃなかった。ただ、見てはいけないものを、記録できるか確かめに行っただけだ。

向かったのは八木山橋だった。仙台で育った人間なら、深夜にわざわざ近づく理由がある場所だと分かる。橋の下は竜の口と呼ばれる深い谷で、夜になると風の音まで底へ吸い込まれていくように聞こえる。

八月の夜だった。空は妙に澄んでいて、街の灯りが遠くにきれいに見えていた。その明るさのせいで、かえって橋の上だけが暗かった。

午前一時過ぎ、俺たちは橋の手前に車を停め、三脚にビデオカメラを固定した。フェンスを背にして友人がふざけたポーズを取り、俺は撮る側と映る側を適当に入れ替えながら笑っていた。最初の十分ほどは楽しかったが、すぐに飽きた。煙草を吸い、夜景を見て、意味もなく大声を出して、三十分もしないうちに録画を止めた。

何も起きなかった。少なくとも、その場では。

友人のアパートに戻ると、すぐに撮った映像を再生した。画面の中には、間抜けに騒いでいる俺たちがいる。見返す価値もない映像だった。笑いながら早送りしかけた時、友人が「あれ」と声を出した。

画面の右端に、白いものが立っていた。

最初は光の反射だと思った。だが、それはゆっくりとこちらへ動いてきた。白いワンピースを着た女だった。長い髪が顔を隠していて、裸足だった。俺たちのすぐ横を通ったはずなのに、映像の中の俺たちは誰ひとり気づかない。ただ女だけが、音もなく俺たちの間を抜けていく。

そのままフェンスの前で止まり、両手をかけた。

次の瞬間、女は向こう側へ消えた。

登ったようにも、飛び越えたようにも見えなかった。ただ、そこにあったはずの身体が、ふっと谷の側へ移って、そのまま見えなくなった。

俺も友人も、そこでようやく息をした。

冗談じゃなくなった、と思った。

巻き戻してもう一度見た。やはり女がいる。俺たちは気づいていない。女は通る。フェンスの前で止まり、消える。

その直後だった。

また画面の右端に、白いものが現れた。

同じ女だった。

今度は、白いワンピースの裾が黒く濡れていた。髪の隙間から見える顎の線が崩れていて、片脚を引きずっていた。落ちたあとの姿だと、説明されるより先に分かった。

女はまた、俺たちの間を通った。

その時、画面の中の俺が、ほんの一瞬だけそちらを見た気がした。

気のせいだと思いたかった。だが停止して確認しても、俺の顔は確かにカメラではなく、その女の方へ向きかけていた。見えていないはずなのに、何かに反応しているような角度だった。

友人が無言で再生した。

女はフェンスの前まで行ったところで、今度は消えなかった。

ゆっくりと首だけがこちらへ回った。

顔は見えなかった。髪に隠れているはずなのに、見られた、と分かった。画面越しなのに、向こうがこちらを見つけた感じがした。

そのまま女は、フェンスではなくカメラの方へ歩いてきた。

音声はそのあたりからおかしくなった。俺たちの笑い声が遠のき、ざらついたノイズが重なった。砂嵐の奥で、誰かが細い声で喋っている。女は画面いっぱいまで近づいてきて、髪の隙間に何もない顔のくぼみだけが見えた。

口元だけが動いていた。

聞き取れた言葉は、一つだけだった。

「見てたよね」

そこで映像は切れた。

停止ボタンを押した覚えはない。録画時間も、そこで途切れていた。俺たちはしばらく何も言えず、もう一度再生することもできず、そのまま別々に布団へ入った。

眠れたのかどうかも曖昧だ。

次に意識が浮いた時、部屋はまだ暗かった。枕元の時計は三時台を指していた。身体が動かなかった。金縛りだと分かるまでに少しかかった。目だけが動いた。

視界の端に、白い裾が見えた。

布団のすぐ脇に、誰かが立っていた。

髪の先から水気のあるものがぽたぽた落ちる音がした。血だ、と思ったのは、匂いのせいだった。鉄のような、生ぬるい匂いが鼻先まで降りてきた。声を出そうとしても喉が閉じたまま開かなかった。

やがて、それはゆっくりしゃがんだ。

髪の向こうにあるはずの顔が、俺の目の前まで下りてきた。目がある位置だけが暗く抜けて見えた。何もないのに、のぞき込まれている感じだけがはっきりあった。

口が動いた。

「見てたよね」

今度は、はっきり聞こえた。

責めるような言い方ではなかった。確認する声だった。ずっと見られていた側が、ようやくこちらを見返してきた時の声だった。

そこで意識が飛んだ。

気づくと朝の四時を回っていて、部屋には何もなかった。匂いも消えていた。だが、顔のすぐ前に誰かの息があった感覚だけは消えなかった。

慌てて友人の部屋へ行くと、あいつは壁際で膝を抱えていた。俺の顔を見るなり、「来た」とだけ言った。

友人も動けなかったらしい。布団の足元から、濡れた手が入ってきた感触があったという。脛を撫で、膝を越え、腹の上まで這い上がってきたところで、目を開けた。布団の中に人の頭の形があって、それが胸元まで来た時、顔の真上に女がいた、と。

あいつにも声は聞こえた。

ただし、俺と違って、言葉は最後まで聞き取れなかったらしい。

翌日、知り合いの教授にビデオを送った。映像解析が専門で、こういう悪ふざけを面白がってくれる人だった。事情は伏せて、とにかく見てくれとだけ頼んだ。

返事はその日のうちに来た。

「何もないぞ」

教授の話では、映っているのは俺たち二人だけだった。途中でノイズも入らないし、録画は最後まで普通に続いているという。女なんか最初からいない。画面の端に妙な影もない。俺たちが笑って騒いで、飽きて、カメラの前からいなくなる。それだけの映像だった。

俺と友人は黙って顔を見合わせた。

あの夜、同じ画面を見ていた。女がいたことも、その声を聞いたことも、お互いに確認している。それなのに、ビデオには最初から何も記録されていなかった。

じゃあ、あれは何だったのか。

カメラが映したものじゃないのなら。

俺たちは、何を見たんだ。

それ以来、あの女は現れていない。妙なことも起きていない。友人はビデオをまだ捨てずに持っているが、もう二人とも見返していない。

ただ、録画した映像を止めた直後だけは、今でも暗くなった画面をすぐに見られない。

あの時、女が最初に現れたのは、再生中の映像の中じゃなかった気がするからだ。

俺たちが、自分たちの姿を覗き込んでいた、その暗い画面のほうだったのではないかと、今でも思う。

だからときどき、動画を止めた黒いモニターに、自分の顔が映ると息を止める。

自分のすぐ後ろに、まだ白いものが立っていないか確かめるために。

[出典:2005/08/02(火) 05:46:06 ID: fIW9/HvJ0 Be:]

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