立っているもの rw+2,141-2,518

二週間ほど前のことだ。

夜、犬の散歩中に、どうにも胸の奥に残るものを見てしまった。忘れようとしても、目蓋の裏から離れない。

クロという雑種犬を飼っている。これまでは息子が世話をしていたが、中学に上がって部活に入ってからは帰りが遅くなり、散歩は自分の役目になった。座り仕事の団体職員だから、運動不足の解消にもなると思い、四つほど散歩コースを作ってローテーションしている。

その晩は神社コースだった。

家から十五分ほどの場所に、某有名企業の工場がある。その横に企業所有の野球場があり、三塁側ダッグアウトの裏に小さな林がある。林の奥には祠がひとつ。昔は社殿だったらしいが、不審火で焼け落ち、簡素に建て直されたと聞いている。

クロは冷えた夜気を鼻先で嗅ぎながら、軽い足取りで前を行く。

球場の外周に差しかかったとき、小路から車が一台出てきた。ヘッドライトがフェンス越しに照らし、ネットの内側に何かを浮かび上がらせた。

一リットルのペットボトルが、立っていた。

口元まで液体が満ち、倒れもせず垂直を保っている。中には細長く折られた紙と、黒く渦を巻いた塊のようなものが見えた。街灯の位置が悪く、輪郭しか分からないのに、なぜか目が離れなかった。

その瞬間、リードが強く引かれた。

振り返ると、クロが歯を剥き、低く唸りながら後ずさっていた。普段はおとなしい犬だ。毛を逆立て、震えるような様子を見るのは初めてだった。

気味は悪かったが、そのまま歩いた。

しかしクロは落ち着かない。背を低くし、耳を立て、何かを避けるように進む。五十メートルほど行ったところで、声にならない唸りを漏らし、生垣の前で止まった。

枝に、またペットボトルが引っかかっていた。

近づこうとすると、クロが激しくリードを引き、どうしても足を向けさせない。仕方なく電柱に繋ぎ、一人で覗き込んだ。街灯の光が当たり、中身がはっきり見えた。

液体は透明で澄んでいる。

その中で、折りたたまれた紙と、内臓のような塊がゆっくり回っていた。魚か、カエルか、何かの生き物の臓物らしい。喉がひゅっと鳴り、思わず目を逸らした。見なければよかったと、はっきり思った。

その夜はそれで帰った。

翌日も、同じ時間に神社コースを歩いた。

最初に見た場所に、ペットボトルはなかった。一瞬、安堵しかけたが、球場沿いを進むうち、フェンスの内側に二本、林の縁に一本、生垣に一本。合計四本が、不自然に目につく位置に立っていた。

すべて、同じだった。

クロは終始、低い姿勢のまま進み、一定の距離以上は近づこうとしない。引き返すと、何度も後ろを振り返った。

三日目には、数が増えた。

祠へ続く小道の入口、鳥居の手前、球場の角、外周フェンスの内側。確認できただけで七本。どれも同じ一リットルの容器で、液体の量も、中身も変わらない。

立っている。

誰かの悪戯だと思おうとした。だが、風で倒れた形跡がない。足場の悪い場所でも、すべて垂直だった。

四日目、クロが散歩の途中で吐いた。

それからは神社の方向に向かうだけで足を止め、震えるようになった。その夜、餌に口をつけず、伏せたまま動かない。

翌朝、様子を見に一人で行った。

夜よりもはっきり見えた。ペットボトルは十本を超えていた。祠を中心に、円を描くように配置されていることに気づき、そこで初めて背中が冷えた。

紙の折り方も、臓物の形も、すべて同じだった。

それ以来、神社コースは歩いていない。

近所の人にそれとなく尋ねると、過去に二度ほどボヤ騒ぎがあったという。夜、遠くから炎が見え、通報が入ったが、消防が到着したときには燃えた痕跡は何も残っていなかったらしい。

今、あの場所に何本あるのかは知らない。

ただ、散歩の時間になると、クロが玄関でこちらを見る。その視線が、何かを数えているように感じることがある。

そして先日、家の近くの電柱の根元に、見覚えのある一リットルのペットボトルが一本、立っていた。