ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

聞こえる家 nw+

更新日:

Sponsord Link

私たちが引っ越してきたのは、地方都市郊外の緩やかに起伏する新興住宅地の一角だった。

真新しい家と古い二階建てが混在し、夜七時を過ぎると幹線道路の低い走行音か、遠くの貨物列車の振動だけが空気を裂く。静かという言葉が、ここでは重さを持つ。

線路沿いの日当たりの良い家で、日没後は急に冷える。真夏でも二階の自室はしんと冷たく、窓を開けても湿った夜風が入るだけで温度は変わらない。八月十日過ぎの夜、家には当時十歳の弟と高校生の私だけが残っていた。弟はリビングでアニメを見て、私は自室でヘッドホンをかけていた。

外した瞬間、首筋に微かな違和感が走った。
外の静寂が整い過ぎている。列車も虫も聞こえない。透明な厚いガラスに包まれたような圧迫感が耳に残る。

沈黙を破ったのは、腹の底に響く低い音だった。
ドンドン。
不規則だが、一定の間隔を保とうとする土を叩くような響き。太鼓だ。遠くから薄く広がる祭り囃子の太鼓。

弟が顔を出した。
「兄ちゃん、お祭り?」
私は一階の窓を開けた。湿気を含んだ熱気がぶつかる。太鼓に混じって、聞き取れない笛のような高音がある気がした。方角は坂を下った駅の方だ。

この町に祭りがあるなら、町内会の掲示で必ず知る。八時を過ぎて始まる賑わいも聞いたことがない。理性が細く震えた。
「行ってみるか」
弟がサンダルを引っ掛けた瞬間、玄関の鍵が回り家族が帰宅した。弟は叫んだ。
「太鼓がする」
父も母も姉も、理解できないものを見る目で私たちを見た。姉は言った。
「耳おかしくなったんじゃない?」
外を歩いていた家族に聞こえない音が、家の中でこれほどはっきり聞こえる。その事実だけが、体の基準を壊した。

一週間後、私は一人で留守番をしていた。音楽はかけない。静寂を選んだ。
やがて、低い音が戻ってきた。
ドンドンドン。
前より小さいのに、存在感は強い。今回は床板の下から肋骨へ直接来る。振動に近い。

私はサンダルを履き、玄関を出た。夜気は少し冷たい。音は駅の方角からだ。坂へ踏み出そうとした瞬間、腕を掴まれた。錆びた輪で締められるような力。

隣家のお婆さんだった。
血の気のない顔で、私だけを見ている。
「お祭りの音が、聞こえるのかい」
私は頷いた。
「いってはいけないよ」
掠れた声だった。
「ここらでお祭りはやらない。だから、いっちゃダメ」
理由は言わない。長く抱え続けた重さだけが声に残っていた。
「音は無視しなさい。人に話してもいい。でも、あっちへは行くな」
私は頷いた。解放された瞬間、逃げるように家へ戻った。腕を掴まれた箇所が熱を持っていた。

それから数日、音はしなかった。
今日、また一人だ。
戻ってきたのは、さらに低い響きだった。
ズン……ズン……
音というより、振動だ。足の裏から背中へ流れ込む。私はキーボードを打ちながら、それを感じている。

弟は聞こえないという。家族も気づかない。
私だけだ。

窓の外は月が高い。
ふと手のひらを見る。腕に、米粒ほどの肌色の違う痕がある。古い火傷の跡のようだ。いつからあったのか思い出せない。触れると、熱が残っている。

その瞬間、耳元で笛の高音が鳴った。
キィン。
太鼓ではない。

ズン……ズン……
振動は続く。外か内か、判別がつかない。鼓動に意識を向けると、間隔が合っている気がした。確信に届く前で、思考を止めた。お婆さんは理由を言わなかった。それでいい。

私は窓を閉め、布団に入る。
ズン……ズン……
夜は、静かに続いている。

[出典:187 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/06/13(土) 15:03:59.44 ID:SKt4LeYX0.net]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚, n+2025

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.