これは、大学時代の友人から聞いた話だ。彼の父親にまつわる、一族の奇妙な通過儀礼とその代償の話である。
その家系では、男がある年齢に達すると必ず行われる儀式があるらしい。
「通過儀礼」と呼ぶには、あまりにも厳しく、ほとんど荒行のようなものだという。
決められた土地を白装束で巡りながら、先祖代々受け継がれる「念仏」のような言葉を一心不乱に唱える。それは、一晩かけて終えるもので、道中には荒れた山道や、ほとんど足場のない崖沿いの道まで含まれる。何かに試されるような過酷さだ。
儀式を終えることで、その一族の男性たちは「何か」から解放されるのだという。ただし、儀式に失敗したり、そもそも行わなかった場合、どんな罰が待つのか――それは誰も詳しく語らない。
ただ「生きていけなくなる」とだけ言われているそうだ。
友人の父親は、そんな一族の慣習を馬鹿げていると一蹴した。高度成長期で地方から都市部への移住が盛んだった時代、実家を離れて仕事に没頭していた彼は、儀式の年齢に達しても一族の地には戻らなかったのだ。
その後、彼の人生は奇妙なまでに転落していく。
まず、理由のわからない失明。病院では何も異常が見つからないのに、左目の視力を失った。続いて仕事を失い、家計は崩壊。若くして結婚し子供を授かったものの、妻はやがて彼を見限った。頼るべき実家からはすでに勘当同然の扱いを受けており、心の支えもない。
精神を病み、生活保護を受ける暮らしになった頃には、日中は家に寄り付かず、夜中に泥酔して帰宅するのが日常だった。彼の怒声は近隣に響き渡り、やがて家族からも完全に見放された。
友人曰く「父の容姿は一族の中でも特に特徴的だった」とのことだ。陶器のように白い肌と整った顔立ち――その家系の「血の濃さ」を思わせる美形だった。しかし、その外見がかえって彼を追い詰めたのではないか、と友人はぼそりと漏らした。
友人自身も、一族の女性に代々受け継がれる強い霊感を持つというが、「私は女性だから平気」と笑っていた。だが、彼女の兄たちについて尋ねると、表情が曇った。兄弟の一人は「儀式を行ったが、以降の消息がわからない」とだけ語ったのだ。
一族の習俗が何を守るためのものだったのか、今となっては定かではない。ただ、一つだけ確かなのは、それを破った者の運命が、何かに絡み取られるかのように転落していくということだ。
友人は最後に、こう付け加えた。
「儀式ってね、自分のためじゃなくて、周りの人のためにするものなんじゃないかって思うんだよ」
それが何を意味しているのか、彼女は語らなかった。
(了)