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短編 r+ 山にまつわる怖い話

山岳救助隊 r+7,650

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十一月の終わり、山が雪と氷に封じられる直前の、あの独特の静けさが好きだった。

空気が肌を裂くように冷たく、吐く息の音さえも雪に吸われてしまうような、そんな感覚が。

おれの名は伏せておこう。
ただ、おれには三ヶ月に一度は山に登るのを欠かさなかった祖父がいた。
齢七十を超えても、ひょいひょいと岩場を登っていく背中は、まるで山に生まれた動物のようだった。
この話は、そんな祖父が生前にぽつりとこぼした、ある冬山での出来事だ。

その日、祖父は東北の名峰──積雪期には命知らずでなければ登れないとされる山へ、単独で登ったという。
予定は朝四時登山開始、正午に山頂、夕方四時には下山という計画。
このルーティンは祖父の登山における鉄則だった。

暗がりの中、凍てついた登山道を登り始めると、祖父は独特の高揚感に包まれる。
緊張と歓喜が入り混じり、心拍数がほんの少し速まる。
冬山の朝、すべてが凍りついた無音の世界に、かすかな足音だけが響く。
「これが好きなんだよな」
祖父がそう呟いたのを思い出す。

その朝、山道を黙々と登っていると、前方から人影が現れた。
担架を担いだ四人組の男たち。山岳救助隊らしい格好だ。
が、担架には何も乗っていない。いや……
四人とも、まるで何かが乗っているかのように、慎重な足取りで担架を水平に保っている。
祖父は声をかけた。
「ごくろうさん」
男たちは黙って軽く頭を下げると、無言ですれ違っていった。
その背中に違和感が残ったものの、祖父はそのまま山頂を目指した。

頂上には正午を回ってから到着した。予定より二時間もオーバーしていたことに焦りを覚え、すぐに下山を開始したという。
冬山の午後は早い。中腹に差しかかった頃には、すでに日が傾き、山全体が藍色に沈みつつあった。
そんなときだった。
はるか下方の登山道に、オレンジ色のジャケットが見えた。
「また救助隊か……」
祖父はそう思ったという。だが、胸に妙なざわつきが広がっていた。
どこかで見たような姿……
そう、朝すれ違った四人と同じに見えたのだ。
同じ背丈、同じ動き、同じ無言の佇まい。

なにかが、おかしい。
祖父は自分の記憶を手繰った。
通常、救助隊は登山者に軽く声をかけたり、状況を確認したりするのが常だ。
それなのに、朝の四人は頑なに黙っていた。
まるで……こちらの存在に意味を持たせたくなかったかのように。

そして、今。
その四人が、担架を担いだまま、登ってくる。
しかも、今度ははっきりと……担架には毛布が巻かれ、その下に人らしき形があった。
「……おかしい。担架に人を乗せて登るなんてこと、あるわけない」
祖父はそう呟いたが、声にならなかったという。

恐怖が、足の先から背中まで這い上がってきた。
冷気とは違う凍えが、喉を詰まらせた。

四人の救助隊は、祖父のすぐ前まで来ると、またも無言で通り過ぎた。
その時、祖父は担架の毛布の隙間から、わずかに覗いた何かを見てしまった。
白い、皺だらけの手首。
それが自分のものにあまりに似ていて……息が止まったらしい。

「次は俺だ」
そう、祖父は直感したという。

あの救助隊が山頂に行き、戻ってくるとき、自分を拾い上げるのだと。
その瞬間から、祖父は文字通り死に物狂いで走り出した。
膝が壊れてもいい。心臓が止まってもかまわない。
とにかく、この山を降りきることだけを考えて。

だが、老いた身体はすぐに限界を迎えた。
呼吸は荒れ、足元はふらつく。
転べば即、滑落だ。
祖父はようやく冷静さを取り戻し、心の中で言い聞かせた。
「落ち着け。あれは訓練か何かだ。考えすぎだ……そうじゃないとおかしいだろ」

一歩一歩、慎重に下山を続けた。
空には、すでに星が瞬き始めていたという。

そのとき、ふいに背後から気配がした。

振り返ると、また……あの四人。
担架を担ぎ、ゆっくりと降りてきていた。

祖父は見ないふりを決め込んだ。
だが、心臓の鼓動が耳の奥で爆音のように響く。
彼らが近づくにつれ、脚が震え始めた。
ついには止まってしまい、彼らが横を通るのを見送ることしかできなかった。

すれ違った瞬間、風が止まった。
一陣の冷気が頬を撫でたと同時に、担架の上の毛布がめくれた。

白く、静かな顔。
血の気を失ったその顔が、祖父自身の顔に見えたという。

それ以上、祖父は語らなかった。

「その後、どうしたんだ」
おれが聞くと、祖父はただ、静かに酒を口に運んだだけだった。

あの救助隊が本物だったのか、あの顔が錯覚だったのか。
祖父は結局、最後まで教えてくれなかった。
だが、それ以来──祖父は一度も、冬山に登らなかった。

まるで……約束でも交わしたように。

(了)

[出典:599 :本当にあった怖い名無し:2008/01/23(水) 00:03:15 ID:PCndGtF20]

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