ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 後味の悪い話 ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間 意味がわかると怖い話

山に棲むもの r+8,769

更新日:

Sponsord Link

ウィンドウズ九五が発売されて、都会が浮かれていたころの話だ。

俺はまだ小学四年だった。場所は山形の、さらに山の奥。ひとが少なくて、時間の流れが古墳時代で止まってるんじゃないかってくらい、何も起きない土地だった。

戸締りの習慣もないような村で、顔を見りゃ誰の家の孫だか分かる。道を歩けば「おらが育てたかぼちゃ食ってけ」なんて声が飛んでくる。牧歌というより、むしろ閉じていた。

事件が起きたのは、そんな冬の終わりのことだった。白い雪の端が薄茶に変わり始めたころ、沢で死体が見つかった。発見したのは隣の竹内のおじさん。朝早くにわさびを採りにいったら、上流で女が仰向けに倒れてたらしい。

亡くなってたのは、ひとり暮らしの八十過ぎの婆ちゃんだった。名前は伏せるけど、うば車を押してよく歩いてた人だ。朝なんかはいつも、にこにこして「今日は気持ちがいいねえ」なんて話しかけてくる。俺もよく、缶ジュース買ってもらった。田舎特有の、距離感の壊れたやさしさを持った人だった。

なのに、ある朝、沢で冷たくなっていた。首にナイロンテープが食い込んでいたと聞いた。こんな田舎で殺人が起きるなんて。テレビの向こうでしか知らなかった現実が、いきなり教室の横にやってきたようで、世界が歪んだ。

村じゅうが騒然とした。大人たちが蜂の巣を突いたみたいになって、誰がやった、通りすがりか、それともあの独身の男か、噂ばかりが走った。

俺はその日から夜にトイレに行けなくなった。家の裏には竹藪がある。その奥に沢がある。布団に潜っても、枕元であの婆ちゃんが「気持ちのいい朝だねえ」と囁いてくる気がした。

事件の捜査は、村に駐在していた巡査さんが中心だった。少し猫背で、目が笑ってない人だった。俺の家にも来た。俺の母親に何か聞いていた。けれど、その顔を見た瞬間、妙な既視感に襲われた。

あの婆ちゃんがにらんでいた。……俺が一度だけ、交差点で見た、まるで鬼のような婆ちゃんの顔。口角を引き裂かれたように歪んだあの顔が、巡査さんの顔に重なっていた。

それから三ヶ月、事件は迷宮入りしかけていたが、突然、逮捕者が出た。

巡査さんだった。

理由は金銭トラブル。土地のことで揉めて、口論になり、近くにあったナイロンテープで首を絞め、死体を沢に落とした……というのが新聞の話だった。

けれど、それだけじゃないことを、俺は子どもながらに感じていた。

巡査さんは、村で色んな人から金を借りていた。家の建て替えだとか、親の葬式だとか、理由はいくらでも作れた。ギャンブル癖があるなんて話も出てきたけど、誰も本気で咎めなかった。なにせ、見回りも、事件処理も、祭りの警備も全部やってくれてたから。外から来た人間を、唯一「自分たちのほう」に引き込もうとしていたのが、この巡査さんだったのだ。

だけど、婆ちゃんは違った。あの人は、村の土地を無償で貸していた。田んぼや畑、そこかしこ。しかも、ある日ふと思い立ったように、その土地を県外の業者に売る準備をしていたという話を後から聞いた。

もしそれが実行されていたら、村の何割かは生きていけなかったはずだ。

殺されたことで、その土地は宙に浮いた。ところが、婆ちゃんの死後に見つかった書類には、「永久借地」の文言があった。つまり、村人は今もその土地を使っている。そして、事件のあと、誰もその土地の所有について口にしようとしない。全員が、最初から何も知らなかったふりをしている。

あの巡査さんが本当に一人でやったのか、今となっては誰にもわからない。

一度だけ、婆ちゃんの家に遊びに行ったことがあった。奥に仏間があって、そこの襖の模様が、なぜか人の顔のように見えて怖かったのを覚えてる。あの時、婆ちゃんが「誰にも言っちゃダメだよ」と言った。何を言うなというのか、まったく覚えていないのに、その口調と手の冷たさだけは、今もはっきり残ってる。

十八で東京に出てから、実家には帰ってない。

帰れない。あの村には、もう入れない。

夜になると、夢に婆ちゃんが出てくる。沢の底に立って、にこにこしながら言うんだ。

「今日は……気持ちのいい朝だねえ」

……でも、空は真っ黒なんだ。

(了)

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 後味の悪い話, ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間, 意味がわかると怖い話
-,

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.