いとこの桂子の家で起きた奇妙な話だ。
桂子の家では「タビー」という犬を飼っていた。秋田犬の雑種で、人懐っこく愛嬌のある犬だった。全身が薄茶色で、後ろ脚だけが白く靴下を履いているように見えるのが特徴だった。
この不思議な模様は、犬を譲り受けたときから話題になっていた。桂子がまだ五歳の頃、伯母が近所から仔犬をもらってきた際、その白い足を見て「靴下を履いているみたい」と微笑んだのが始まりだ。
その時、譲り主が申し訳なさそうに「白足袋が不吉だと言われていて……」と呟いた。しかし、伯母は占いや迷信を好都合に解釈する人で、「イギリスでは幸運の象徴と言われている」と聞いてそのまま連れて帰った。
最初は「スバル」や「シリウス」といった立派な名前をつけようとしていたが、伯母が「シロタビ」と呼び続けた結果、犬はその呼び名に馴染み、「タビー」となった。

タビーは通りすがりの人々にも懐くほど人懐っこい犬で、郵便配達員にも愛されていた。「防犯にはならないな」と笑われるほどの穏やかさだったが、家族にとっては愛される存在だった。
しかし、桂子が大学受験のために京都に滞在していたとき、タビーは突然姿を消した。伯母は内緒で探し回り、保健所に何度も足を運んだが、見つけることはできなかった。
戻った桂子は必死に手書きのポスターを作り、街中に貼ったが、それでもタビーが戻ることはなかった。その悲しみから、家族は二度とペットを飼うことはなかった。
それから七年が経った。桂子は大学を卒業し、就職し、結婚を控えていた。式の準備のため一時的に実家に戻ったある日、玄関先で凄まじい勢いで犬に吠えられた。驚く桂子のもとへ伯母が駆け寄り、「タビーが戻ってきたよ!」と嬉しそうに叫んだ。
しかし、その犬の姿はタビーそのものだったものの、吠え方や表情が別人のようだった。タビーの特徴である白足袋も健在で、首輪も昔のままだ。だが、桂子はすぐに「これはタビーではない」と感じた。
念のため獣医に診てもらったところ、犬の年齢は12~13歳程度だと言われた。それでも伯母は「タビーだ」と言い張り、家族以外に凶暴な一面を見せるその犬を可愛がり続けた。
数ヶ月後、その犬が散歩中に事件を起こした。
ベビーカーに乗る赤ん坊に向かって激しく吠え、突進したのだ。止めようとしたお祖母さんが肩を噛まれ、結果的に大怪我を負った。
赤ん坊は軽傷だったものの、お祖母さんは入院後に体調を崩し、半年後に亡くなった。この事件の後、犬は首輪を抜け逃げ出してしまった。伯母は近隣から非難を受け、家族とも気まずい空気が続いた。
そして、事件から三ヶ月後、伯母自身も突然行方不明になった。桂子は現在妊娠中で、伯母の帰りを待ち望んでいる。しかしその一方で、もし戻ってきた伯母の姿が本当に「伯母そのもの」だったとしても、桂子の心に不安は消えないようだ。
奇妙な因果の連鎖がどこへ繋がっているのか、答えはまだ見つかっていない。