これは、ある警察関係者から聞いた話だ。
若い女性の部屋で見つかったのは、一人の男の信じがたい形の遺体だった。遺体はバラバラにされ、その破片が無数の卵殻の中に詰め込まれていたのだ。
事件の中心にいたのは「英子さん」という女性。彼女の幼馴染、一樹さんがその犠牲者だった。
英子さんと一樹さんの関係は、両家の母親が幼馴染だったことから始まる。二人は小中高をともに過ごし、大学も同じ道を選んだ。その中にはもう一人、坂木という友人がいた。三人はごく普通の友人関係を保っていたが、高校時代、坂木が英子さんに恋をして付き合い始めた。
しかし、大学入学から半年後、坂木は突然この世を去る。デート中、ダムに転落したのだ。目撃者はおらず、事故として処理されたが、英子さんはこの出来事をきっかけに心を壊してしまった。彼女は家に閉じこもり、会話も成り立たなくなる。大学を退学し、日常生活すら母親の手を借りなければならない状態だった。
閉じこもる日々の中、英子さんはひたすら「卵細工」に没頭した。卵の殻に小さな穴を開け、中身を抜き、洗浄する。そこに布を張り付け、紐で天井から吊す。それが日課となり、部屋の天井はカラフルな卵で埋め尽くされた。
そんなある日、母親は英子さんの妊娠を疑い、混乱する。すぐに一樹さんの母親に相談し、一樹さん本人にも真相が伝わった。英子さんの体調の異変は、一樹さんとの関係が原因だった。
この事実を知った一樹さんは「責任を取る」と宣言して家を出る。そして翌日、彼は英子さんの部屋で無残な姿で発見されたのだ。
英子さんの部屋には異臭が立ち込め、卵殻が床に散乱していた。母親はその臭いを「血のような臭い」と感じながらも、卵をよけて歩くうち、その異様な重さに気付いた。割れた殻の中をのぞき込み、赤黒いモノを目にした瞬間、母親は悲鳴を上げた。
警察が駆けつけると、卵の中からは人間の遺体の断片が次々と発見された。DNA鑑定の結果、それが一樹さんであることが判明する。問題はその状態だった。
遺体は生きたまま粉々に引き裂かれていた。しかし、刃物を使った痕跡はなく、全て手で引きちぎられたような痕が残っていた。そして、何百もの卵に一つ一つ丁寧に詰められ、布で飾られていた。
英子さんは警察に連行されたが、何も話さなかった。どこか虚ろな目をして、部屋の天井を見上げているだけだった。
この事件にはいくつもの不可解な点が残る。
卵殻に開けられた穴より大きな骨片が、どうやって中に詰められたのか。
短時間で一樹さんをバラバラにし、卵に詰めることが物理的に可能だったのか。
現場となるべき大量の血痕や遺体を切断する音の痕跡がどこにも見つからないこと。
警察は英子さんが異常な力を発揮し、一樹さんを殺害したという結論を下した。だが、それを証明する物的証拠はなく、事件は真相不明のまま終わった。
英子さんはその後、精神病院に送られたという。彼女がかつて口にした「卵は守り神」という言葉の真意は、今も誰にもわからない。
彼女の中で何が壊れ、何が蠢いていたのか。その謎は、ひび割れた卵の殻の中に封じ込められたままだ。
(了)