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孤独が生む《負》の形 r+3414

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これは、ある教会で働く神父の息子から聞いた話だ。

信者の田中さんが、ホームヘルパーの仕事で訪れる家があるという。その家は薄気味悪く、一人では心がまいってしまうからと、一緒に行ってほしいと頼まれた。神父である父親に相談すると、「困っている人を助けるのは信仰の務めだ」と言われ、彼は渋々了承した。

訪れたのは、古びた県営住宅の四階。ほとんどが空き家で、隣の敷地には新しいマンションが立ち並んでいる。老朽化でいずれ取り壊される運命なのだろうと彼は思った。田中さんが案内するのは501号室。その前に立つと、半開きの向かいの部屋のドアが音を立てて閉まった。空き家ではない住人がいるのかと訝しんだが、田中さんは気に留める様子もなく鍵を取り出して扉を開けた。

中は暗く、汚物の臭いが鼻を突いた。寝室の布団には、一人暮らしの老人が横たわっていた。田中さんは慣れた手つきで換気し、シーツを取り替え、老人の世話を始めた。彼も指示を受け、窓を開けたり換気扇を回したりと手伝ったが、どうにもいたたまれない気分になる。老人は「あうあう」と曖昧な声を出すばかり。田中さんが車に新しいシーツを取りに行く間、老人に話しかけると、驚くべきことが起きた。

「殺してくれないか!」

低く重い声が、老人の口からはっきりと発せられた。その瞬間、背筋が凍りついた。あの「あうあう」と呻いていた声とは明らかに違う。五十代の男のような声だった。何かを言い返すこともできず立ち尽くしていると、田中さんが戻ってきた。彼女は汗だくで息を切らしている。訳を尋ねても「なんでもない」と繰り返すばかりだった。

その後は淡々と作業を終え、老人に食事を与え、挨拶して帰った。帰り道、彼女に「あの声」の話をすると、田中さんの口が重く開いた。

「あの部屋ではいろんなことが起こるの。見えるんだ、おじいさんが飛び降りるところが。」

彼女が語ったのは異様な光景だった。501号室の窓から老人が飛び降りる姿が、田中さんの目にだけ映るのだという。何度も目撃し、慌てて駆けつけても、下には何もなく、老人は部屋で静かに寝ている。それは田中さんだけではなく、前任者や他のヘルパーたち、さらには近隣住民の間でも知られた現象だった。そのせいでマンションの住人は次々と去り、空き家ばかりが増えていく。

教会に戻り、神父である父に話をすると、「それは生霊だろう」と淡々と言われた。願いを叶えることもできない。だが、このまま放置していいものだろうか。老人が亡くなれば、生霊は完全な霊となり、この世に定着してしまうのではないか――。

彼は考えた。老いて動けなくなり、孤独に耐え続けるその苦しみと悲しみは、人間性をも破壊する。そこに生まれる怨念は、この社会の中で避けられないものなのかもしれない、と。高齢化の進む現代。自分たちの未来もまた、同じ道をたどる可能性を考えると、深い恐怖が心を覆った。

(了)

[出典:937 神父の子 ◆/TT.ge0EVs sage 2007/11/08(木) 16:29:00 ID:6d6EaP690]

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