ある資格試験を受けた帰り道、車で山中を走っていた時のことだ。
ぼんやり考え事をしていたせいか、曲がる道を一本間違えたらしい。するとカーナビが自動で経路を再検索し始め、見たことのない道を案内してきた。
「新しいルートの開拓だな」と気軽に指示通りに走り出すと、道はどんどん山の奥へと進んでいく。おかしい、そろそろ町に着いてもいい頃だ。なのに、到着予定時刻を見ると二時間と表示されていた。最初に道を間違えた時は、家まで三十分もなかったはずなのに。
その後もナビの指示に従い進むと、舗装のない細い山道に入り込んでしまう。画面に表示されている道は舗装部分までだが、ルートの太いラインだけはその先も続いていた。不気味に思いつつも、勢いで車を進めてしまった。
真っ暗な山道を登り切った時、ナビは沈黙し再検索を繰り返すばかり。そして表示された到着予定時刻は、八時間を超えていた。
「そんな馬鹿な!」と車を停めたが、操作は効かず、周囲を見回すと目に飛び込んできたのは草むらの中に立つ無数の墓石。
朽ちかけた無縁墓地。ゾッとして、パニックになりながらも車を出し、無我夢中で走った。気づくと外灯が灯る神社の前に出ていて、そこでナビを再起動すると、今度は素直に家まで二十五分の道を案内してくれた。
無事に帰宅したものの、道を間違えてからの二時間が、どうしても気になって仕方がない。
その夜、寝ていると「ガラリッ!」と網戸が開く音で目が覚めた。慌てて窓へ駆け寄るも、外には誰もいない。音も立たないはずの砂利道なのに。
翌朝、眠い目を擦りながら洗面台で髭剃りを探していると、後ろから剃刀が押し出された。そして、視界の隅に黒く細い“手”のようなものが一瞬映った。
振り返ると誰もいない──。
その日の仕事は山中での配管修理。相棒が材料の買い出しに出かけ、一人で作業をしていると、肩を叩かれた。振り向くが、そこには誰もいない。
その後、帰宅すると家に居着いている猫が玄関で待っていた。しかし、近づくと猫は毛を逆立てて逃げてしまう。さらに飼い犬に散歩へ行こうと近づくと、今度は犬が私の背後に向かって唸り始めたのだ。
「まさか、背後に何か……?」
動けないまま立ち尽くしていると、犬はやがて唸りを止め、普段通りに戻った。
翌晩、窓には鍵をかけ、網戸にはつっかえ棒をした。それでも夜半、「ガラリ」という音で目が覚める。窓と雨戸の鍵は下りたままだが、網戸だけが半分開いていた。
翌日からも奇妙な出来事は続いた。トイレで聞こえる女性の鼻歌、携帯電話越しに聞こえる笑い声、後部座席に誰かがいるという友人の指摘……。
さらに極めつけは、眠っている時に目に映る“揃えられた裸足の爪先”や、枕が冷たく抜き取られていたという謎の現象だ。
こうした不可解な出来事が続いたが、地元の祭りの日を境に、何も起こらなくなった。御輿を担ぎ終えた後、親戚が「お前の後ろに誰か見えた」と言うが、祭りの後には姿が消えたらしい。
あの祭りが浄化の役割を果たしたのだろうか。それとも、何かが私から離れていったのだろうか──。
今振り返ると、すべてが偶然重なっただけかもしれない。しかし、あの山中で道を間違えたことから始まった一連の出来事を考えると、そう簡単には片付けられない気がしてならない。
それでも、今は穏やかな日常が戻っている。
(了)
[出典:831 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :04/07/21 04:14 ID:ZISvVn9x]