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立っている人 rw+6,062-0126

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僕が住んでいるのは、大阪にある古い団地だ。

低所得者しか入れない場所で、十四階建ての同じような棟が何棟も並んでいる。その中で、なぜか僕の棟だけ、自殺がやけに多い。三年に一度か二度、必ず誰かが落ちる。事故だとか病気だとか、そういう話はあまり聞かない。落ちる、という言い方だけが残る。

母と二人で暮らしている。周囲の住人は外国人か高齢者か、あとは学校にも来なくなったヤンキーばかりで、子供の頃からそれが普通だった。ここで生まれて、ここで育ったから、違和感がどこから始まるのかも、正直よく分からない。

ただ、音だけは覚えている。

最初にそれを聞いたのは、僕が十一歳のときだった。家でファミコンをしていた。夕方で、母は台所にいたと思う。突然、下から「ズドドーン」と、空気が潰れるような音が響いた。雷とは違う。地面が鳴ったような音だった。

廊下に出ると、近所の人たちも同じように顔を出していた。みんな無言で中庭を見下ろしている。七階から覗くと、若い男が倒れていた。人の形をしているのに、どこか組み立てを間違えたみたいな姿勢だった。

近くのおばさんが「見たらあかん」と言って、僕の肩を押して部屋に戻した。視線を逸らしたのは一瞬だったはずなのに、その男の顔だけが、妙にはっきり頭に残った。目を閉じると、輪郭も、目の開き方も、口元も思い出せる。知らない人のはずなのに、なぜか「知っている顔」みたいに感じられた。

それからしばらく、夜になると、あの音が耳の奥で鳴るようになった。実際には何も起きていないのに、床が一瞬震えた気がして、目が覚める。母に言っても、「夢やろ」と言われるだけだった。

次に強く覚えているのは、エレベーターのおばあちゃんだ。

その人は、僕が物心ついた頃から団地にいた。いつも決まった場所に立って、壁に額をつけるようにして、何かをぶつぶつ呟いている。誰に話しかけるでもなく、ただ同じ高さの壁を見ていた。子供心に気味が悪くて、目を合わせないようにしていた。

十七歳のとき、友達を家に呼んで夜通し遊んでいた。深夜二時頃、コンビニに行くことになり、じゃんけんで負けた僕が一人で降りることになった。エレベーター前に行くと、そのおばあちゃんがいた。昔と同じ姿勢で、同じ壁に頭をつけている。時間も、場所も、昼間と変わらない。

嫌な感じがして、急いで別のエレベーターに乗った。買い物を済ませ、帰りも念のため別の号機を使った。

ところが、その夜、また腹が減って、もう一度行くことになった。今度は、最初に使いかけたエレベーターの前に立った。扉の前には、やはりおばあちゃんがいた。姿勢も、位置も、呟き方も、さっきとまったく同じだった。時間だけが進んでいるはずなのに、そこだけ止まっているみたいだった。

声をかけることも、横を通り抜けることもできず、その場で立ち尽くした。結局、友達に迎えに来てもらったが、その間、おばあちゃんは一度もこちらを見なかった。

その後、おばあちゃんの姿を見なくなった。いつの間にか、という感じだった。

団地にはヤンキーも多かった。中でも特に荒れていた一人が、ある朝、飛び降りて死んだ。普段の様子からは想像できない最期だった。数日後、幼馴染の女の子から、妙な噂を聞いた。中国人の住人が何人も集まって、夜中に何かをしていたらしい、という話だ。あのヤンキーは、それに関わっていたのではないか、と。

廊下で中国語が聞こえるたび、胸がざわついた。でも、本当に怖かったのは噂そのものじゃない。誰かが落ちると、その前後で、必ず「立っている人」を見かけるようになることだった。壁に向かって、何かを数えるように呟いている人。階数の違う廊下で、同じ姿勢をしている人。

七階の廊下には、歩き回るおじいちゃんがいた。毎日のように、同じルートをぐるぐる回っていた。運動だと思っていたが、ある夏休み、間違えて僕の家のドアを開けて入ってきたことがある。無言で、部屋の中を一歩だけ覗いて、何事もなかったように出ていった。

今年の初め、そのおじいちゃんの姿が消えた。しばらくして、夜中に足音だけが戻ってきた。廊下を引きずるような、一定のリズムの足音だ。

母に聞くと、「あの人なら亡くなったで」と言われた。年明けすぐだったらしい。その夜も、足音は聞こえた。

最近、気づいたことがある。夜中に目が覚めると、廊下側の玄関ドアの前に立っている感覚がある。実際には布団の中にいるはずなのに、頭の中では、冷たい床の感触と、目の前のドアノブの高さが分かる。

ときどき、自分が何階にいるのか分からなくなる。七階のはずなのに、見下ろしている感覚がある。下を見ているのか、下から見上げているのか、その区別が曖昧になる。

あのとき見た男の顔を、最近よく思い出す。思い出すたびに、少しずつ輪郭が近づいてくる。目の位置、鼻の形、口元。鏡を見ると、一瞬だけ似ている気がする。

夜中、廊下で足音が止まることがある。止まる場所は、いつも決まっている。玄関の前だ。ノブが回る音は、まだ聞いたことがない。

ただ、ドアの向こうで、誰かが壁に向かって立ち、何かを呟いている気配だけが、確かに残っている。

(了)

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