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ぼおおおー r+5,139

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一九九五年の一月、初旬の冷たい空気をいまだ思い出せる。

あの震災の一週間前のことだった。小学生の俺は、冬休みの気の緩みと無駄な元気をたっぷり蓄えていた。

あの日、俺は友達のタケシ(仮名)と、その姉ちゃんに連れられて、山奥の自然公園へ行った。タケシが、お年玉で買ってもらったばかりのカメラを自慢したいらしくて、試し撮りをしたいと言い出したのがきっかけだった。

姉ちゃんは高校生だったか大学生だったか、当時はそこまで詳しくなかったけど、とにかく免許を取って半年くらいの初心者で、まだ自信なさげな運転だった。今考えると、あの山道に慣れてない姉ちゃんがよう運転してくれたもんだ。家から直線距離で十キロほどとはいえ、くねくねと曲がる細い道、しかもその日は朝から霧が出ていて、アスファルトはしっとり濡れて滑りやすかった。

「なんか、山ってより……谷やな」
助手席のタケシがポツリと呟いたのを覚えている。後部座席から外を眺めていた俺は、それにうなずくだけで応えた。

途中、小さな滝を見つけた。崖の斜面を伝うように水が流れ落ち、下にちょっとした滝壺ができていた。木々の間から灰色の空が覗いていて、陽の光はまったくなかった。何もかもが湿って、苔だらけで、時間が止まっているみたいだった。

姉ちゃんは「ここなら車停められるし、ちょっと撮ってきな」と言って自分は車に残った。

俺とタケシは二人で斜面を下り、滝のそばに降り立った。なんというか、あの光景は……どこかで見た気がした。ずっと後になって「メタルギアソリッド3」というゲームで似たような場所を見たとき、妙に心がざわついたのは、その記憶が引っかかっていたんだと思う。

ただし現実の滝は、ゲームみたいに明るくも開けてもいなかった。曇天、ぬかるみ、濡れた岩、腐った葉。滝壺の脇には、小さな御堂があった。黒ずんだ木の骨組みは傾き、瓦の落ちた屋根から雨水がぽたぽたと垂れている。赤い布らしきものがボロ切れになって風に揺れていた。

「なんかヤバくね? これ……」
タケシは御堂を見て顔をしかめながら、カメラを構えた。シャッターを切る音がカシャッ、カシャッと響いた。

俺はと言えば、その異様な空気も気にせずに滝の写真ばかり撮っていた。白く煙る水しぶきが面白くて、使い捨てカメラのフィルムを半分以上、あっという間に消費してしまった。

その時だった。滝の水音に混じって、人の声のようなものが混じって聞こえてきた。

「おーい……」

最初はそう聞こえた気がした。てっきり姉ちゃんが俺たちを呼んでいるのかと思って、振り返った。でも、車の方からではなく、滝の上の方から聞こえたようだった。

タケシと目が合う。彼も聞こえたらしく、首を傾げたまま言葉を失っていた。

「……気のせいか?」

タケシはそう言いながらも、カメラを構え、最後の一枚を滝壺の近くから撮ると決めて、足場の悪い場所をそろりそろりと歩き始めた。

俺はふと御堂の中に目をやった。中には何も無い。が、入口の隅に朽ちた柄杓が置かれていた。

子供のいたずら心で、それを手に取って滝壺に水をすくい、ひと口飲んでみた。冷たさで舌が痺れた。思わず吐き出した俺を見て、タケシが「バカじゃねーの」って笑いながらも、やっぱり真似してきた。柄杓を渡すと、彼は滝の際でしゃがみこみ、水をすくおうとしていた。

その瞬間だった。

「ぼおおおお……ぼおおおおお……」

低く、腹に響くような女の声。オペラ歌手が息を吸い込んで放つような、唸るような、でも明らかに言葉ではないその音が、滝の上から響いてきた。

「……ヤバい。ヤバいぞこれ……」
声にならない声で、俺はタケシにそう言った。叫びたくても喉が凍りついて、うまく音にならなかった。呼吸が浅くなる。冷や汗が背中を伝っていく。

振り返ると、タケシは柄杓を滝壺に浸したまま、動かなくなっていた。まるで凍ったように。肩が震えているようにも見えた。

「おい……タケシ……」

何度も名前を呼んだけど、まったく反応がなかった。耳を塞いでいるわけでもなく、顔は滝壺を見つめたまま、目を見開いている。雨がぱらぱらと降り始め、すぐに本降りになった。

俺たちは、ずっとその場に立ち尽くしていた。どれくらいの時間が経ったのか分からない。ふと背後で「パアアッッ!」とクラクションが鳴り響いた。姉ちゃんの車だった。

俺は我に返り、タケシの肩を掴んで揺すった。その瞬間、彼の指から柄杓が滑り、水の中へ沈んでいった。まるで、何かから解放されたみたいに。

二人とも無言で走り出し、車に戻った。びしょ濡れの俺たちを見て、姉ちゃんは「なにしてたんよアンタら!」と怒っていた。でもその怒鳴り声も、どこか遠くに聞こえていた。

帰りの車内、沈黙が続いた。自然公園は当然中止。俺もタケシも、もう一秒もそこにいたくなかった。

後日、タケシに話を聞いた。あの時、柄杓を水に浸した瞬間、何かが下から引っ張ってきたという。冷たい手のような、水の塊のような……とにかく力を加えてくる何かがいて、手が固まって離れなかったと。

俺が呼ぶ声も、滝の女のような声も、全く聞こえなかったそうだ。

写真には、何も写っていなかった。ただ――タケシのカメラのフィルム室に、どうしても説明のつかないものが入っていた。

とても、とても長い、濡れた黒髪が数本、絡まっていたのだという。

俺は今でも、時々思うんだ。
あの水の中にいた“何か”が、柄杓を通じて、タケシを連れて行こうとしていたのかもしれないって。

柄杓じゃなかったら、タケシ自身の手首を掴んでいたんじゃないかって。

震災の前のあの冬の日、谷の奥で聞いた「ぼおおおお……」という声が、今でも、夢の中で鳴っていることがある。

……次は、誰が応えるんだろうな。

[出典:132 :本当にあった怖い名無し:2012/11/27(火) 17:17:03.43 ID:RAUx7cQr0]

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