これは、知人が小学生の頃に体験した話。
彼が通っていた塾では、毎年夏になると八ヶ岳の別荘地で合宿が行われていた。とはいえ、ただ勉強をするのではなく、自然を学び、体験することが目的のものだった。小学校六年生の年も、例年通り塾仲間とともに八ヶ岳へと向かった。
その日、彼らは別荘地周辺の散策をすることになり、それぞれ自由に森の中へ分け入っていった。塾はもともと危機管理の意識が薄く、集団行動はほとんど取られていなかった。ただ一つだけ、責任者から注意があった。
「この辺には怪しい新興宗教の団体がいるから、もし見かけても絶対に近づかず、そっと逃げてくるように」
彼はその話を聞き、「気持ち悪いな」と思いながらも、仲間と二人で山菜や花を求めて薮の中へと入っていった。予想以上に道は険しく、枝に腕を切られたり、転んだりしながら進んでいくうちに、いつの間にか三十分ほどが経っていた。
やがて目の前が開け、ぽっかりと広がる草地に出た。そこにはマツムシソウがちらほらと咲き、ヤマブドウの実る立ち木もある、なかなかの収穫スポットだった。だが、一つだけ異質なものがあった。
それは、草地の奥にぽつんと建つ粗末な小屋だった。
「新興宗教のやつじゃないか?」
「いや、別荘だろ?」
「儀式とかやってたりして……」
冗談めかしてそんなことを話しながら、彼らは花を摘んだり、果実を探したりしていた。気づけば、小屋のすぐそばまで来ていた。
「うわ、やべえ……」
二人とも不安を感じながらも、好奇心には抗えなかった。カーテンもかかっていない小屋の窓を、そっと覗き込んだ。
中には、白いシーツが敷き詰められた床。奇妙な機械。薪の山。そして、写真。
無造作に配置されたそれらの物の組み合わせが、不気味でならなかった。だが、それよりも異様だったのは、彼が視線を森の奥へ向けたときだった。
白い服を着た男二人と、Tシャツ姿の女が、じっとこちらを見ていた。
瞬間、責任者の言葉が蘇る。
「この辺には怪しい新興宗教の団体がいる」
言いようのない恐怖が背筋を駆け上がった。彼は仲間の腕を掴み、無我夢中で草地を駆け出した。足元のぬかるみに足を取られ、泥だらけになりながらも、なんとか宿泊所まで逃げ帰った。
泥まみれの彼らを見て、責任者は大笑いしたが、二人は決して笑えなかった。
その小屋と、不気味な人物たちについては、誰にも話さないことにした。なんとなく、口にしてはいけないような気がした。
……というよりも、その晩のバーベキューで、すっかり忘れてしまったのが正直なところだった。
だが、数年後——。
某宗教団体によるテロが発生し、ニュースで彼らの本拠地があの別荘地の近くにあったことを知る。たびたび放映された道場の内装、信者の服装、教祖の写真。
その映像を目にした瞬間、彼の中でカチリと記憶が噛み合った。
あのとき見たものは、まさしく……。
ぞっとした。
[出典:228 名前:クワズイモ ◆mwvVwApsXE [sage] :04/06/28 08:40 ID:8YJquAg/]